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響きをみがく [音響設計]

コンサートホールの音響については、クラシックやオーディオのファンの間で、どこそこのホールの音響はどうだ、とか、どこそこの座席だといい音がしないのだけれど、このホールならこの座席がいいなどの議論はとても盛んなのだが、自分からすると「木をみて森をみず」的な感覚があって、どうも気に入らなかった。


どこか断片的なのだ。


ホール音響についてもっと土台・基本となるような俯瞰したものの立場から全体を語れないであろうか、という願いがずっと自分の中にあった。


また自分はホール音響の分野を極めたくて建築音響の本を十数冊買い込んで徹底的に勉強してみたのだけれど、建築音響の世界は、まさに数学・数式の世界なので、読解がかなり難しく、ホールでの実体験の聴衆の立場になって書かれているものは皆無だった。


自分が求めているようなものが書かれている書物は、まったく皆無と言っていいほど世の中にはなかった。自分が知りたいと思うことを書いてある本が世の中にない場合は、自分で書くしかないということなのであろう。


数学・数式の建築音響の世界を、もっと自分の言葉で語り、誰が読んでもわかりやすく、イメージがしやすい。ホール音響をクラシックやオーディオファンなら、誰もが聴衆体験でイメージしやすい文章で語り尽くす、そんな手引書みたいなものがあったら、という願いがあった。


それはある意味、自分が欲しいものだった。


海外や国内のコンサートホールやオペラハウスなどの体験を積み重ね、いろいろなホール音響の聴こえ方の実体験、なぜそう聴こえるのかなどの考察を重ねていくにつれて、これはなにかきちんと書き留めておかないといけないかな、と思うようになった。


それが2017年に自分が書いた”コンサートホールの音響のしくみと評価”の日記の連載シリーズであった。これを書くことによって、自分の中にあった漠然とした理解がとてもクリアになったように思う。


スッキリしました。


そういう近寄りがたい建築音響、ホール音響の世界をとてもわかりやすいイメージで書かれた新著が発売された。



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響きをみがく
音響設計家 豊田泰久の仕事

石合力著



朝日新聞社の記者 石合力さんによる力作で、いまや日本が誇る世界の音響設計家 豊田泰久氏のいままでの仕事や音響についての考え方について書かれている内容だ。


石合さんは、2009年頃に豊田さんと知り合い、そこから密な関係を築き上げてきたのであろう。豊田さんのインタビューなど、そんな密な関係にないと拾えないとてもディープな内容が書かれていて結構ショッキングだ。


自分が、この本を読んでとても感心したのは、石合さんがコンサートホールの音響について、とてもよく勉強されていると感じるからだ。


本職は朝日新聞社の記者で、外交、紛争地取材のかたわら、クラシック音楽と政治、社会に関する取材などを本業とされる中で、ホール音響についてかなりの専門性をもって書かれていることにとても感心する。


それは自分が読んでそう感じるからだ。”同じ釜の飯を食う”ではないけれど、ホール音響について同じようなことを勉強してつかみとった内容は、やはり読んでいて、あ~この人はよくホール音響について勉強されているな、ということが直感でわかるものなのである。


自分も同じ道を歩んできたからである。
だからどうしてもピンと来てしまうのである。


使用されているTechnical Term(技術専門用語)やそんなホール音響についての考え方、説明など、う~ん、これは勉強されているな~という実感である。


本書の形態は、豊田泰久さんが書いているわけではない。あくまで石合力さんが書かれているのであって、その中に豊田さんとのインタビューを挟んでいき、石合さんが肉付けをしていく、という形である。


だから豊田さんの響きの考え方や、いままでの実績、経験、音響設計家としての人生は、すべて石合さんの文体で紹介されているのである。そのエビデンスとして、その間に豊田さんのインタビューが挟んである、という形式である。


自分は、いままでこの類の本は、たくさん読んできたが、満足したものはほとんどなかった。自分の知りたいところとは微妙にピントがずれていて、内容も表面的で浅いものが多く、どこか欲求不満になることが多かった。


そういう意味でも、ホール音響というジャンルの本では、とても自分の欲求を十分なまでに満たしてくれる読み応えのある本だった、と言えると思う。


石合力さんとは、僕も居酒屋で一杯やりたいです。(笑)



内容のことはネタバレになるので、ここではもちろん言及しないが、自分が興味のあったポイントは何点かピックアップして紹介しておきたい。


自分は、昔から、豊田泰久さんは、ホール音響設計の技術的なことは絶対インタビューでは語らない、とずっと感じていた。豊田さんがインタビューで語る内容は、とても概念的で、抽象的で、なにかに例えて表現することがとてもお好きのように思えた。それは決して技術の核心のポイントに触れることはなく、オブラートに包んだように、初心者でもわかるようにイメージ概念で例えて語るのがお好きなのだ、と思うのである。


自分のような理系人間からすると、その浅い内容ではものすごい欲求不満でストレスなのである。(笑)


自分は、それはやはり豊田さんからするとそこは企業秘密なのであろう、とずっと思っていた。音響設計家の仕事の世界は、建築家とともにコンペ(そのホール建設における入札)で勝ち抜いていかないといけない訳だから、そんな企業秘密をポンポンと大っぴらにしたら、自分の生活に支障が出てしまう。


それは当然と言えば当然のことであろう。


だから豊田泰久さんのインタビューや対談が掲載されるという記事などを読むときは、自分が求めているような内容は、大体あまり期待していない。(笑)


これはあくまでいままでの自分の予想だったのだけれど、今回の本書を読んでそのことが確信となったのは、石合さんが、”いい響きとは具体的にどのようなものなのですか?”とかなり技術的に突っ込んだ質問をするたびに豊田さんは、歯切れが悪くなり、はぐらかすような感じになる、という記述を読んでからであった。


あっやっぱりそうだったんだ?(笑)
そこは企業秘密なんだから、それは仕方がないのではないでしょうか?

プロ中のプロ、それも世界中で大活躍する第一人者なのであるから、それは当然と思うべきです。


でも自分のようなホール音響愛好家のようなファンからすると、”響きがいい”、というのは技術的にどのような条件下のときのことなのか、ということを技術的な理解をしたいという欲求はあるものなんですね。


でもいままでそのようなことをなんとなく概念的に抱いていたのだけれど、確信になってちょっとよかったです。


ただ、この”響きがいい””いいホールの条件”という条件に、豊田さんが唯一明解に答えているところがあって、それは、直接音、初期反射音(1次反射音)、残響音(2,3次反射音などの高次反射音)がいっぺんにやってくること、と答えているところであった。


自分はある意味、ちょっとショックであった。


自分の経験学でいうと、実音(直接音)に対して響きが遅れて到着するタイミング如何によって、結構聴こえ方のイメージが随分変わってくると思っていたからだ。


実音に対して、あまりに響きが遅れすぎて到着すると、それはロングパスエコーであまりに耳障りな音になってしまい、それはあきらかにNGだけれど、そうはならない程度で、実音と響きがやや分離気味に聴こえたほうが、聴こえ方として、立体的で3D的、大きな空間で聴いているというようなスケール感が出やすくオーケストラのような大編成のものにはいいのではないか、と考えていた。


実音と響きの分離の程度は、ホールの容積に起因するものである。


でも実音と響きがいっぺんにやってくることによって、凝縮された濃密な音空間が実現するイメージもよくわかるので、ちょっともう一回よく考えてみたいです。


あと、豊田さんは”クリアーな音であること”を第一前提としていましたね。



この本著でも書かれているように、ホール音響とは、ホールの形状、容積、材質ですべて決まってしまう。これらを最初に決めるのは建築家であるけれど、そこに音響設計家がどのように絡んでいくのか、一緒になってタッグを組んで相談しながら進めていく、そんなことも書かれている。


シューボックスであるウィーン楽友協会の音響が素晴らしいのは既知の事実であるが、この同じような時代にたくさんの同じシューボックスのコンサートホールが設計されたにも関わらず、なぜ楽友協会の音響だけがずば抜けて優れているのか?


それは内装の輝かしい装飾画の凹凸による反射音の乱反射の影響もあるが、じつは、そのホール容積の寸法比(縦×横×高さ)にあると考えられている。


この寸法比の如何によって、内部の反射音の反射パターンが違ってきて、もっとも適切な濃厚な反射パターンを得られる寸法比があるのである。


楽友協会のホールの寸法比がそれが最適であった、ということ。


それはオーディオルームについても言える。


オーディオルームの場合、ワインヤードや扇型はあり得なく、通常はシューボックスであると思うが、オーディオルームを新しく自前で造るとき、この最適の寸法比を算出しないといけない。


この最適の寸法比を黄金比という。


高さはどうしても4m欲しいと思ったら、それにあう縦×横のサイズが一義的に決まってくるのである。形状がシューボックス、容積は黄金比、そして材質は、どのような天井、壁、床構造にするかではあるが、すくなくとも表面は漆喰塗でしょう。(床は木)


あとは定在波対策などの凹凸、吸音対策でしょうか。


それぞれの考え方がありますが、自分の場合、部屋はライブな響きで造りたいです。


ライブ過ぎれば吸音すればいいだけですが、もともとデッドだったらそこから響きを生み出すことは不可能だからです。


最初に作るんならやはりライブに造るべきです。


スタジオは編集上余計な音が入ることを嫌い、デッドな環境にしますが、自分のようなプライベート・ユースなら、自分は絶対ライブに造ります。


部屋固有の響き、大歓迎です。(笑)


自分はコンサートホールもそうですが、デッドな空間が好きじゃないです。
響きが豊かな空間が好きなのです。


あ~宝くじ当たらないかな~。(笑)
男のロマンとして、やはり専用のオーディオルームが欲しいです。
それも一から自分で設計したいです。


瀬川冬樹氏のリスニングルーム理論を参考にしながら、エム5オーディオルームをデッドコピーして・・・夢は果てしなく続きますが、果たして実現することはあるのでしょうか?(笑)


すみません、話がソレてしまいました。本著に元に戻しましょう。


世界中で大活躍する豊田泰久さんであるが、当然世界の巨匠、マエストロとも関係が深くなる。本著では、ゲルギエフ、ヤンソンス、バレンボイム、ラトルとの濃厚な関係についても、豊田さんのインタビューを交えながら紹介されている。


本当に感動するばかりである。


コンサートホールの新設プランがある場合、建築家、音響設計家のコンペ(入札)があり、それに選び抜かれ勝ち取らないといけない訳だが、そこにあるドラマも大変面白かった。特にコンペは公平性を必要とされることから、メディアを通しての宣伝など返って不利になるなど、いろいろ勉強になることも多かった。ヤンソンスはそこら辺の事情がよく理解しておらず苦手だったということも。(笑)


パリのフィルハーモニー・ド・パリの複雑なコンペ事情も大変興味深かった。


あと、特筆すべき点は、コンサートホール、器の響きはオーケストラが造る、ということを力説されている点であろうか。


新設のコンサートホールは、大体オープン当初は、音響の評判がすこぶる悪い。オーケストラのメンバーが、実際自分で演奏してみて、その響きをどのように自分のものとして体感するか、ということに慣れていないからである。


サントリーホールのオープン時はそれこそ大変であったらしい。奏者は大体自分の付近の奏者の音を聴きながら演奏する訳だが、その音がよく聴こえないとか散々な悪評であったという。


サントリーホールができる前までは、東京文化会館が東京のメインホールであったから、そこでの響きの聴こえ方とずいぶん違ってダメだとか・・・。でも数か月、数年経過すると、奏者はいっせいに”響きがよくなった、改善された””なにか音響の仕組みを改善したのか?”と言ってくる。


でもなにもやっていません。(笑)


奏者がそこのホール空間の響きを体感することに慣れて、その弾き方を自分でコントロールできるようになったからである、と豊田さんは言う。


あのハンブルクのエルプルフィル・ハーモニーでのカウフマン事件についても書かれている。(カウフマンが熱唱中に、観客から聴こえない!という野次を浴びて、カウフマンはこのホールでは二度とやらないとは言わないけれど音響に問題がある。木材を使うべきだ、と語った事件)


豊田さんはこの事件でドイツのラジオ局やインタビュー対応で大変だったらしい。


そこには、やはり新設まもないホールであるから、その後演奏者側でいろいろ慣れてきて問題対応していくことになるであろう、としている。


極端な例として感心したのは、


①ウィーン楽友協会でアマチュア・オーケストラが演奏する。
②どこかの学校の体育館でウィーンフィルが演奏する。


究極の選択として、どちらを選ぶか、とした場合は、豊田さんは②を選ぶという。


それだけ、オーケストラが、じつはそこのコンサートホールの音響、響きを造っているのだ、ということを主張したいのであろう。


ホールでのいい響きは、じつはそこで演奏するオーケストラ、奏者が造るもの。コンサートホールはよくオーケストラが育てるもの、というのは昔からの格言で有名な言葉であるがう~ん、と納得させられたものである。


以上、散文でつらつらと書き連ねてきたが、ホール音響愛好家としても、そしていちクラシック&オーディオファンとしても大変興味深く、内容も濃くて深いのでぜひ一読することをお勧めします。


音響設計家 豊田泰久の世界
コンサートホール音響設計のビジネスの世界
いい響きとは


など、とても着目点が素晴らしい本だと思いました。


このコロナ禍で豊田さんはいま現在どうしているのか、も興味のあるところだが、長年の海外生活から日本への帰国をして、そこからさらに海外ホールに関与していく方向性を考えていたそうだが、このコロナ禍でそこもきちんと方向づけができない現状のようである。









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