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男の顔は50歳代から [クラシック雑感]

自分は、男性指揮者や男性アーティストは、女性の場合とは、やはりちょっと違うのではないか、といつも思うところがある。男性には厳しいと言われるかもしれないが、やはり同じ同性の男として求めるもの、期待するものはそれだけ大きいということでもある。
                                                   
最近の例を挙げるとしよう。
                                                  
フィンランドの指揮者、1996年生まれの若干27歳の若さで彗星のようにクラシック音楽界で現れたクラウス・マケラ。
                                                   
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の次期首席指揮者にも就任予定。世界中で引く手あまたで熱い熱視線を浴びており、日本での初演でも圧倒的な名演だったそうで、その評判も狂信的だ。
                                                   
自分は、まだ一度も実演に接していないので、なんとも評価のしようがない訳だが、またYouTubeでも拝見してみようとは思っているもののいまひとつ乗り気がしないのも確かだ。
                                                   
というのも、クラシック界のいわゆる世界の巨匠といわれるお馴染みの指揮者たちは、もう高齢化が進み、また長年に渡る君臨で、新しい次世代のスター、新しい顔の登場、世代交代を必要としていることはあきらかな状況だ。
                                                   
そこにマケラの登場は、願ってもいないタイミングだったのだろう。そして非凡なその音楽的センスなどがそれに拍車をかけているのだろう。これを業界が放っておくはずがない。
                                                   
彼の造る音楽を実際聴いていないのだから、あれこれ言う資格はないと思うが、自分にはどうしても時期尚早と思うところが多い。
                                                   
指揮者という仕事は、まさに年輪が必要な仕事。長年に渡る体験、経験、そして勉強が必要な仕事だと思うからだ。あるときは挫折を味わい、苦渋をなめながら、苦労をしてこないといけないだろう。
                                                   
そんなトントン拍子に進むわけがない。
                                                   
仮に進んだとして、それはある程度歳とったときに、つまり成功しか知らない人、エリートの道しか味わったことがない人ほど、人間としてつまらない人はいないのではないか、と思う。
                                                   
指揮者こそ、そんな勉強、たくさんのオーケストラとの実演、体験、世界中を駆け回って、学んでいき、そして男として50歳代の頃になったときこそ、男として、指揮者として1番いい顔になっているはずで、指揮者として頂点、最高のときなのじゃないか、と思う。
                                                   
指揮者って息の長い、人生かけての一大仕事なのだ。
                                                   
べつにこれは指揮者だけの話じゃない。
男の人生、そのものについても同じことが言えて、50歳代になると、人生の仕組み、社会の仕組み、会社の仕組みなんかが見えてきて、そして自分がいままでやってきたことも含め、人生の年輪が熟してきて、人間として一番いい顔をしているのは50歳だと思うのだ。
                                                   
男は50歳代の顔が一番いい。
                                                   
男は50歳代の顔が一番カッコいい。
                                                  
                                                   
自分は小澤征爾さんの指揮者人生の中で一番好きだった頃は、食道がんが発覚して記者会見をしていたあの頃。
あの頃の小澤さんの顔が一番好きだ。
                                                  
                                                   
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30年余りのボストン時代は、小澤さんにとっては、まさに成長期。そして日本人として初のウィーン国立歌劇場の音楽監督に就任し、そしてベルリンフィル、ウィーンフィルなどヨーロッパを客演指揮として駆け巡り、・・・このときの小澤さんが一番好きだ。
                                                   
そしてこのときの小澤さんの顔が一番好きだ。
                                                   
まさに長年、世界中の指揮者としての道を極め尽くして、その頂点に達していたとき、男の顔として最高だと思うのだ。これぞ、男のいちばんいい顔だと思うのである。
                                                   
この頃から松本の当時の呼び方のサイトウ・キネン・フェスティバル松本の小澤人気もちょっと狂信的で、神がかるというか異常な人気状態に変わっていった。
                                                   
小澤さんがサイトウキネンで振るのをなんとか実演に接したいとずいぶん苦労した。
                                                   
このときの小澤さんの顔こそ、何十年と指揮者として修羅場をくぐってきて、指揮者とはどういうものなのか、そういうものを体験、勉強してきて、その年輪が自然と顔の表現に現れたものなのだろう。そして、たぶんその時点も指揮者の勉強はつねにオンゴーイングなのだろう。
                                                   
指揮者って、たぶんつねに勉強なのだろうけど、本当に指揮者としてわかってくるのは、そういう経験を重ね、真価を発揮するのは50歳代からなのではないのか、と思うのである。
                                                   
そしてそのときこそ、指揮者、男として一番いい顔なのだろうと思う。
                                                   
それだけ指揮者という仕事はいつも勉強、経験が血となり肉となっていくものだと思うからである。指揮者は経験がものをいう仕事なのである。20歳代、30歳代でそれを求めるのは無理だし、どんなに頑張ってみせてもそれは表層的なものでしかないように思う。
                                                   
でもクラシック業界としてはけっして間違っていないし、正しいある意味お決まりのスタンダードな戦略なのであろう。自分は昔は若かったので、そのことをよくわかっていないところもあったが(いまでもであるが。。笑笑)、きわめて妥当で正しい戦略だということもよく理解できる。
                                                   
指揮者、アーティストを育てていくということは、これは!という光るものを持っている人は、やはり若い時代からメディアで注目してあげていっしょに育てていってあげる。それはお互いにとってプラスの相互作用をもたらすし、業界としては至極当然の常識なのである。
                                                   
山田和樹氏がセンセーショナルにデビューしたとき、自分は同じような印象を持った。指揮者には経験が必要。まだまだ若すぎる。。。みたいなことを言っていた記憶がある。
                                                   
でも将来有望な人、指揮者は、ほんとうに若いときから、メディアとしては、いっしょになって育てていってあげよう、それがメディアの役割なのだ。自分にはそのことがよく理解できていなかった。
                                                   
山田和樹氏は、あれからずっと活躍を見てきて、自分がすごく感心しているのは、日本人の作曲家を積極的に取り上げていること。いろいろ勉強、経験の年を重ねつつ、最近、メディアで拝見する山田氏の顔は男としてほんとうにとてもいい顔になってきていると思う。
                                                   
やはり男の顔は、年輪とともにいい顔になっていくのである。
                                                   
                                                   
クラウス・マケラのことを熱狂的に狂信するのはべつにいいと思うが、自分は彼が指揮者のこと、指揮のことを本当に分かってくるのは、これから20年後、30年後なのだろう、と思っている。いま現在指揮のことをほんとうに分かっているというよりは、自分が持ち合わせているずば抜けた音楽的本能でさばききっている。指揮者としては、まだまだ勉強不足で未経験で知らないことも多い。
                                                   
男として経験、年輪を踏まえ、いちばんいい顔になるのは50歳代になってからだと思うのである。
                                                   
これからの人なのだ。
そして世界中のメディアとして、彼をいっしょに次世代のスターとして育てていこうとしていることもよくわかった。
                                                   
彼がその最高にいい顔をしているとき、そのときは、すでに自分はこの世にいないことは確かである。(笑)
                                                   
                                                  
                                                  
                                                   

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今年の芸術の秋 [クラシック雑感]

今年は、東京・春・音楽祭、ラ・フォル・ジュルネ、ディアナ・ダムラウ、ヒラリー・ハーン、水谷×大陸と例年にはないハイペースでコンサートに行って、もうすでに予算的に毎年の年度予算に到達。(笑)


やっぱりハイペースだった。今年はもう無理です。。。という感じなのだが、今年に限ってもうちょっと頑張ってみることにした。


まだ夏にも入っていないけど、早くも今年の芸術の秋の抱負を語ってみたい。


●小山実稚恵 以心伝心2023


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小山実稚恵さんの最愛のピアノ協奏曲と、運命のパートナーの指揮者とともにお届けするサントリーホールでの5年間のシリーズ。


去年はその開幕として、大野和士と東京都交響楽団で、まさにライフワークのラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番を聴いた。上皇后美智子様ご臨席という思ってもいなかったサプライズがあって、会場はちょっと異様な興奮と緊張感に包まれた。


あれは震えたね~。あんな緊張感、ドキドキの中でラフ3を聴き、正直なところを告白すると、早く無事になにごともなかったかのように終わってくれないか。ミスタッチなく名演として終わってくれないか。そればかりを願っていた。長かった、本当に長く感じた。。。


場内の興奮は極限に達し大変な喝采、聴衆全員スタンディングオーベーションだった。もちろん美智子様もお立ちになられ拍手を贈る。もう場内全員、一種異様な雰囲気と興奮状態である。


小山実稚恵さん、最高にカッコよかったな~。ピアニスト冥利につきる、というか最高に幸せな瞬間だったと思う。


自分は小山さんのラフ3で、ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番を勉強してきた人なので、それをこのような最高のシチュエーションで聴けてクラシック人生の中で一生の記憶に残る忘れられない名演になったと思う。


自分は、この以心伝心シリーズ。5年間コンプリートすると宣言した。

今年2年目も行くのである。


小山実稚恵 以心伝心2023


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今回は小林研一郎と日本フィルハーモニー交響楽団と共演する。

ベートーヴェン ピアノ協奏曲第3番とベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番「皇帝」


自分はベートーヴェンのコンチェルトというと、実は4番が一番好きなのであるけど、3番なんですね。(笑)メインディッシュはやっぱり5番「皇帝」だと思います。いい曲ですよね~。


自分はじつは日本フィルの公演に行くことが普段あまりなく、この日はとても楽しみにしています。


自分は小山実稚恵さんのチケットをぴあで取るとき、いつも思うことが、小山さんって本当に年間すごい公演量をこなす人なんだな、と思うことです。もうリサイタル、コンチェルト、室内楽に至るまで、年間のかなり遠い先まで、もうびっしりと埋まっていて、チケット販売が羅列しているのである。全国津々浦々、駆け回ってコンサートをやっていらっしゃる。ご自身のSNSでもその公演の様子(終演で舞台袖に下がってくるときの写真)を毎日のようにアップされている。


自分は数年前と違って、いまや年間に行くコンサートは数少なくなってしまったけど、いろいろなアーティストのチケットをぴあで取るけど、それに比較すると小山実稚恵さんのチケットを取るとき、毎回驚くんですよね。うわっこんなにコンサートが控えているのか!という感じで。


もう大ベテランの域に達するピアニストであるが、いまだに全国いろいろな所から需要があるということ、そしてオーガナイザーの人たちからしても小山実稚恵さんのコンサートであれば、確実に集客できる。外れることがない。安定した収入源という絶大の信頼があるからなんでしょうね。


まさに日本のピアニストを代表する大スター中の大スター。至宝と言ってよい。

長いキャリアのもと、築き上げてきた信用、ブランドなのだと実感する。

ベテランになってもいまだ勢い衰えず。大躍進中である。



●阪田知樹 ラフマニノフ ピアノ協奏曲全曲演奏会


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今年はラフマニノフの生誕150周年の記念イヤーなのであるが、驚くべきチャレンジングで、大変な演奏会が9月にお目見えする。

それが阪田知樹氏のラフマニノフ ピアノ協奏曲全曲演奏会である。

ラフマニノフのピアノ協奏曲第1番、第2番、第3番、第4番、そしてパガニーニ主題による狂詩曲。

これを1日で演奏しきるマラソン演奏会である。


まさにピアニスト冥利に尽きるというか、体力的、精神的にもかなり極限中の極限であろう。よく決断した、と思う。


自分の世代でいうと、ラフマニノフ ピアノ協奏曲全曲演奏会、1日で5曲を全部弾くというと、もう完璧に清水和音さんなんだよね。


清水和音さんの代名詞でもあった。


いまから12年前の2011年8月6日にサントリーホールで、その清水和音 ラフマニノフ ピアノ協奏曲全曲演奏会を実演に接したのだった。高関健さんと東京交響楽団だった。


最前列で聴いていて、ピアノがこんな位置に見える席。

こんな位置なので、ピアノの胴鳴りがよく聴こえました。(笑)


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このときのコンサートレビュー日記はきちんと書きました。


あれから12年。

伝説は継承する。・・・である。


神話、伝説、偉業は偉大なる先人から若い世代へと受け継がれ、後世へと語り継がれていくのである。


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阪田知樹氏といういま若手ピアニストとして脂の乗り切ったもっとも輝いている若者が、この偉業に挑む。阪田知樹氏はご覧のように大変イケメンのかっこいい美男なピアニストで、そして音楽、音源にも深い知識を兼ね備えた知性派ピアニストとしても有名で、そこがまた本人の大きな魅力になっていて、本人の個性を一種独特で輝かせている部分でもあると思っている。


もう去年から今年にかけて、大変な公演量をこなし、いわゆる若いときに突っ走る全盛期とでもいうか、需要と供給がマッチした、ピアニストとしていま最高に旬な時期にある人なんではないか。


自分はじつは阪田氏の実演は接したことがまだ1度もないのだ。若手ピアニストの中でも、自分の感性に合うというか、グッとくるピアニストで、ぜひ実演に接してみたい、とかねてよりずっと思っていて、ラフマニノフ ピアノ協奏曲全曲演奏会というまさにこんな大偉業で、初の実演に接するなんて、これ以上のない晴れ舞台であろうと思うのである。


どんなピアニストなのか、とても楽しみにしている。

もちろんこの大演奏会のトリは、3番である。


阪田知樹氏のラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番はどんな感じなのだろうか。。。持ち前の若さ溢れる3番を期待しているし、とても楽しみしている。


「伝説は受け継がれていく。」


自分は、今回の阪田知樹氏のラフマニノフ ピアノ協奏曲全曲演奏会を迎えるにあたり、ひとつの自分からプレゼントを考えてみた。


12年前に、自分にとって初めてこの大偉業を体験した清水和音さんの公演のレビュー。mixiには掲載したのだけど、その頃はまだノンノンのブログをやっていなかったので、ブログ掲載はしていなかった。mixiだけの公開。ずっとそのままになっていた。


でも今回の阪田氏の大偉業を迎えるにあたって、この12年前の清水和音さんの大偉業のレビューをノンノンのブログにデビューさせようと思っているのである。1語1句編集なし、改訂なしのあの当時のあのままの写真と原稿で。ブログに再掲載である。


そして引き続き、阪田知樹氏の大偉業のコンサートレビューを、「伝説は受け継がれていく。」というタイトルで、清水和音さんレビューと隣り合わせで、連続投稿しようと思っているのである。


これが自分なりの花道のつけ方である。




●内田光子&マーラーチェンバーオーケストラ2023


ベルリンフィル(BPO)、ウィーンフィル(VPO)、コンセルトヘボウ(RCO)。。。無理です。(笑)

彼らは若いときに十分堪能しました。もう年寄りになると、あの値段はキツイな~。


でもプロモーターさんはけっして間違っていないです。

彼らの高額の出演料を守りつつ、渡航費、宿泊費、交通費などの必要経費をオーケストラ団員全員分算出し、そこにさらに本公演の利益分をアドオンして捻出する。そうするとどうしてもこのチケット金額にならざるを得ないのだ。これは必然にそうなってしまう。


外来オーケストラを海外から招聘する、ということはそういうことなのだ。

それでも尚、外来オーケストラは、日本ではドル箱ビジネスでお客を間違いなく集客できる。

日本人はそんな高いチケットでも、彼ら見たさに、彼らを堪能したいがために、その高額チケットを買ってくれる日本人は大変クラシック音楽を愛好する国民なのである。


ちゃんとビジネスが成り立つのである。


クラシック音楽はやはり西洋音楽だな、と思うとともに外来オーケストラがもつブランド力の強さを心底実感する。もちろん日本のオーケストラも現在では実力的に全然遜色ないくらい進歩していると思うのだけど、日本のオーケストラでもう全然満足と思うのだけど、やっぱりブランド力なんですよ。


クラシック音楽界は、外国人アーティスト、海外オーケストラのブランド力が非常に強く、とくに日本の場合、彼らへの依存度が高く、コロナ前では圧倒的なシェアを誇っていた。コロナ禍になり外国人が来日できなくなる中、日本人のみというときもあったが、ようやくコロナも収まり、日本入国に縛りがなくなってきて、またこの海外勢に依存という風潮が戻ってきた。今年2023年は、BPO,VPO,RCO以外にも軒並みビッグな海外オーケストラが来日する。


でもいいじゃないですか?自分なんかは、なんか普通に戻った感じがするし、やっぱり海外アーティスト、海外オーケストラが来日すると、パッと華やかになるというか業界の雰囲気が高揚しますよね。悔しいかな。ブロンドヘア、体格の良さ、ルックスなど派手な見栄え、肉食派ともいえる体育会系の演奏力や歌手なら声量などのパワー。スケールがやっぱり大きいと思う。


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自分にとって、今年の最大のコンサートとなる立ち位置が内田光子&マーラーチェンバーオーケストラ。

ひさしぶりに外来オーケストラに大金を費やした。


今年のメインイベントとしてこのときに気持ち的に最頂点に達したいと思う。ひさしぶりにどうしてもミューザ川崎に行きたかった。もちろん奮発してS席にしました。


ミューザ川崎は本当に近代的な空間デザインで最強の音響を誇る最高のコンサートホール。いいホールですよね~。もう最高に大好きなホールである。ミューザは久々だったので、どうしても、という想いが強かった。楽しみ~。


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今回の内田光子&マーラーチェンバーオーケストラ2023では、サントリーホール、ミューザ川崎、札幌コンサートホールKitara、愛知芸術劇場コンサートホールなど全国を廻るツアーのようですよ。いいですね~~~。


内田光子&マーラーチェンバーオーケストラの来日は、もともと2020年に企画されていた。そのときも自分はサントリーホールの公演のチケットを買っていた。でもコロナ禍で残念ながら中止。今回仕切り直しという感じである。


マーラーチェンバーオーケストラ、マーラー室内管弦楽団は、1997年にクラウディオ・アバドとグスタフ・マーラー・ユーゲント管弦楽団のOBにより設立された。世界各地でコンサートやオペラ公演を行う傍ら、ルツェルン音楽祭ではルツェルン祝祭管弦楽団の中心メンバーとなっている。


アバドのオケです。クラシック界において、近代マーラー解釈者としてマーラーを普及させることで名を馳せてきて大きな業績を残してきたアバド。


いまでこそ、マーラーは普通に世界中どこのオケでも演奏されるメジャーな演目になりましたけど、ベルリンフィルとか世界のビッグネームのオケが大舞台でマーラーを堂々と演奏することで、クラシック界においてマーラーに対するアレルギーをなくし堂々とスタンダードナンバーの立ち位置を勝ち得た、そういう評価を与えたのが、アバドであり、ラトルだったと思います。


もちろんクラシック界でマーラーを商業的に大成功させたのはレナード・バーンスタインであることは間違いない。アバドやラトルは、そんなバーンスタインの後の世代のマーラー使徒だったように思う。マーラー指揮者などの呼び方も誕生し、アバドやラトルは率先してそう呼ばれた。


自分の時代は、マーラーといえば、やっぱりアバドとラトルなんだよね~。

彼らの音源、実演でマーラーを学んできた。


マーラーチェンバーオーケストラは、そんなアバドのオケである。

いまはダニエル・ハーディングが音楽監督だったっけ?


そんなマーラーチェンバーオーケストラは、内田光子さんと大変深い関係にあり、お互い強力な絆で結ばれてきた間柄である。指揮者を置かず、中央にピアノを設置し、内田光子さんが引き振りという形でオケをリードする。


自分は、内田光子&マーラーチェンバーという組み合わせでは、実演としては今回初めて体験するのである。どんなケミストリーが起こるのか、大変興味深く期待している。


またマーラーチェンバーの首席オーボエ奏者を吉井瑞穂さんが務めている。

吉井瑞穂さんは、アバドにその才能を見出され、ベルリンフィル、ルツェルン祝祭管弦楽団、そしてマーラーチェンバーと、アバドとともに、ヨーロッパで輝かしい活躍をしてきたオーボエ奏者である。いまは日本に活動の場を移しているが、マーラーチェンバーの首席であることで、ヨーロッパでの活動も両立している、そんな立ち位置だ。


ひさびさに吉井さんのあの嫋やかなオーボエの音色を聴けるのもとても楽しみである。


演目は、内田光子さんと共演するときはモーツァルトのピアノ協奏曲ですね。

モーツァルトのコンチェルトは、内田光子さんの最高に得意とする十八番でありますので、このコンビでどんな名演が奏でられるのか本当に楽しみです。


この公演が、本年度の自分の海外オーケストラにおける最大のエンターティメント・ショーになります。

けっしてBPO,VPO,RCOに負けていないと思います。(笑)



いま確定しているのは、この3公演のみです。もちろん他にも曽根麻矢子さんのチェンバロ・バッハ無伴奏リサイタルや茂木大輔さんののだめコンサートは予定に入れています。チケットが発売次第、ゲットしたいと思います。


他にもこれは!と思うものは、これからも追加でどんどんゲットしていきたいです。


あと、これはクラシックではありませんが、「演劇の街」下北沢でお芝居、舞台を観劇してきたいと思っています。


下北沢本多劇場です。


この演劇の街 下北沢を代表する下北沢本多劇場をどうしても体験したくて。


いろいろ悩んだ結果、これを観ることにしました。


●カモメよ、そこから銀座は見えるか?


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M&Oplaysプロデュースで、岩松了さん作・演出。黒島結菜さんらが出演します。


自分は映画・ドラマはふつうに観ますが、じつはお芝居、舞台というのをほとんど経験したことがないのです。記憶を辿っても渋谷の劇場で観た1回しか覚えていない。


舞台というのは、役者さん、俳優さんのそのままの素が全部観客に見えてしまう勝負の場所のように思います。映画やドラマですと、カメラというフィルタを通して視聴者に届き、その途中の経過でカット割り含め監督、編集者の意図で役者さんたちの演技、見え方に加工をすることもできます。でも舞台は自分そのものがそのままリアルタイムで観客に見えてしまう。そこでの芝居は、まさに役者さん、俳優さんのその人が全部現れてしまう勝負処なんだと思います。だから役者、俳優としての下手さ加減もリアルで露呈してしまう。そういう意味で舞台は難しいし、勝負の場所なんだと思います。


これは何を隠そう、三谷幸喜さんのコラムから拝借したものです。(笑)


自分はそんな舞台を体験してみたく、ぜひ「演劇の街」下北沢の下北沢本多劇場でそれを体験したいと思っているのです。



2020年以降のコロナ禍、そして脳疾患で在宅勤務中心のワークスタイルになりましたが、ふつうに会社のオフィスに通っていたときと比べてなにが1番違うかと言いますと、在宅勤務はほんとうに精神的、体力的にも楽で、会社を休まなくなったこと。


1時間半の満員電車による通勤往復がなくなっただけでも本当に肉体的、精神的にも快適になりました。


在宅勤務ができるかどうかは業種によって違うと思いますが、会議などもWeb会議スタイルになり、PCで資料を共有して見れますし、日本中、世界中どことでも会議をすることが可能になりましたね。会議室でプロジェクターに投影していた時代は、見づらかったですよね。(笑)PC画面に共有はすごく見やすいです。Web会議の普及で、もう国内、海外の出張はあまり必要ないように思います。(でもPC画面を通してでなく、どうしてもリアル対面のほうが、信頼を得やすい、気持ちがグッとくるなどの違いはやはりあります。)


コロナ禍は不幸な出来事でしたが、反面、在宅勤務やWeb会議など働き方改革も一気に加速して進み、世界中ガラ変したと実感します。


反面在宅勤務のデメリットもあります。

自分が一番感じるところは、就業時間と夜のプライベートな時間の切り替えができなくなったことです。通勤で会社が終わったときは、なにせ自分は5時半から男、定時で帰ります男だったので、定時のチャイムと共に、速攻で帰宅する訳ですが、1時間半の電車の中での通勤時間の中で頭が仕事モードからクールダウンしていくんですね。そして家に帰ったら、自分の趣味の世界のお楽しみモードに切り替わり、楽しさ全開。家の中では、自分の世界で楽しんで生きて来れました。


でも在宅勤務になると、そのオンオフの切り替えができないんですね。

就業時間以降でも、頭の中はヘビーな仕事モードがずっと余韻で残っていて、楽しい自分のお楽しみ時間に切り替えできない。結局その日はそのまま過ごすという日が多くなったような気がします。


頭が切り替わるのは、週末のお休みの日になってからですね。

歳のせいなのか分かりませんが、ここ最近、平日は頭の切り替えができなくなりました。クールダウンの時間が昔と比べて長く必要になったんですね。


いろいろ日記で書くことがたくさん溜まっていて、それをなかなか書く気が起こらないのは不幸なことです。先日急用で北海道に緊急帰省したのですが、グルメを始め、そのときの体験記もいろいろ溜まっています。写真がそのまま録りっぱなしの放置状態。


マリクレール フェスティバルもそう。写真撮りっぱなしの放置状態。日記にするには、もうちょっと時間が必要です。


でもイベントは次から次へとやって来て、こなしていくので、日記だけが溜まっていくという感じでしょうか?


在宅勤務の思わぬ罠に嵌って意外な点で苦労しています。(笑)











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Englishman in Leipzig [クラシック雑感]

今年の6月、コロナ禍もあって何年ぶりになるのかな?


ライプツィヒ バッハ音楽祭

ライプツィヒ バッハフェスティバル

Bachfest Leipzig


バッハの故郷はいろいろあるけれど、聖トーマス教会でトーマスカントールを長年に渡り務めたドイツ・ライプツィヒで行われるバッハ音楽祭。


間違いなくバッハ音楽祭の中では最高権威の音楽祭である。


コロナ禍で、2020年から開催中止になって、その間、ネット配信での音楽祭という試みはあったにせよ、本当にリアルで音楽祭が開催されるのは、4年ぶりということになるのだろうか?


もういま音楽業界の方々、全員現地に飛ばれて、4年ぶりのリアル音楽祭を堪能されていて、いまもう旬です。(笑)音楽祭も、ここに来てようやく閉幕を迎えようとしている訳ですが、今年の聖トーマス教会でのラスト公演(ロ短調ミサ)は、鈴木雅明&BCJなのだそうです。


すごいですね~。ここ数年のBCJの立ち位置はどんどん上昇していていま最高潮なのではないでしょうか?自分も2014年に、このライプツィヒ バッハ音楽祭行きましたけど、そのときは、ケヴァントハウス大ホールで鈴木雅明&BCJ聴きましたよ。


あれから10年。やはり地道な活動の積み重ねが、そのアーティストの立ち位置を上へ上へと変えるものですね。


さて、そんな4年ぶりのリアル音楽祭となったライプツィヒ・バッハ音楽祭2023。


なんと!!!スティングがギタリストのDominic Millerとともに聖トーマス教会に現れて、この音楽祭のトーマス少年合唱団のコンサートを楽しまれたようだ。そしてひとこと。”バッハは偉大だ!”


Englishman in NewYork ならぬ、Englishman in Leipzigである。


Bachfest LeipzigのFacebookが伝えていた。


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聖トーマス教会に眠るバッハのお墓の前で。

コンサートが終わった後に、このバッハのお墓をじかに自分の手で撫でながら、”バッハ、我々はともにファミリーだ!”と思わず呟いたとか。


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そうだったのか~。まさに驚きである。でもスティングファンであれば、べつにそんなに驚くことでもない。


スティングは、ロック・ミュージシャンとなる前からバッハには特別の敬意を持っており、それはいままで当人たちの言葉で、いろいろ語り継がれている。


ポリスのギタリストのアンディ・サマーズが自叙伝で言うには、


「スティングと僕が音楽を一緒に始めたころ。共通の接点となったのがクラシックギターだった。彼はクラシックギターのファンで、僕はいくつかの曲を弾けた。だからバッハやヴィラ=ロボスを弾いてくれないかと彼が言ってきたのだ。ロックの世界でこういう音楽が好きな奴はめずらしいので、僕は嬉しかった。ジャンルが違っても音楽を好きな奴をみつけるのは喜ばしい。こうやって僕らの曲の方向性も定まっていった。」



スティングは2009年にDGから、J.S.Bachの無伴奏チェロ組曲第6番の「サラバンド」 “You Only Cross My Mind In Winter” をアルバム「ウィンターズ・ナイト」に入れている。


この「ウィンターズナイト」というアルバムでは、クラシックの原曲が3曲も入っている。それもベートーヴェン、ショパン、ラフマニノフといった耳あたりのいい曲ではなく、ヘンリー・パーセルの歌劇「アーサー王」から「コールドソング」を、シューベルトの歌曲集「冬の旅」から あろうことか「辻音楽師」(Huedy-Gurdy Man)を、さらに J.S.バッハの無伴奏チェロ組曲第6番から「サラバンド」(You Only Cross My Mind In Winter)をセレクトするという、スティングの選曲センスったら やはり普通じゃないないよね、という感じである。


スティングのアルバムがDGから出ること自体驚きだが、初回は、2006年のイングランドのジョン・ダウランドの歌曲集を出したことに発すると記憶する。これは日記にも書いたし、松本市音楽文化ホールで、川本嘉子&吉野直子デュオ・リサイタルで演奏もされ拝聴した。


スティングはもともとクラシックに造詣が深いアーティストなのだ。


スティングの音楽的ルーツが イギリス北部の出身と判るようなアプローチをすることも多く、もはやポップスでもロックでもなく、クラシック的要素もトラディショナル・フォーク的な要素も ジャズをも兼ね備えた、何か新しい音楽を創造したい、という考えにどんどん変わっていった、というように認識している。


まっいろいろ研究熱心でいろいろ考え抜くタイプの彼らしいと言えば彼らしいよね。

マンネリ、単調というのは彼が一番嫌うところではないかな。


音楽は最初の8小節を聴いて、驚きがなかったら、それでお終い。つまらい音楽である。。と言い切る人だからね。


そのためにはクラシックをはじめ、いろいろな音楽の要素を勉強し、自分の音楽に取り入れてきた。そういう音楽人生じゃなかったのかな?スティングのソロ時代というのは。


でもファンって単純だから、自分みたいな単細胞は、じつはやはりロックをやっていたポリスの時代が一番好きだったりする。(笑)


ファンなんて、そんなもんだ。


だからスティングはクラシック音楽に対して素養もあるし、また敬意も表している。とくにバッハについてはかなりの親交を表明していたインタビューも読んだことがある。


だから今回のライプツィヒ音楽祭参加のニュースはなんら驚かないし、すごく自然の流れだと思っている。

でもやっぱり嬉しいね。


ライプツィヒ・バッハ音楽祭、自分は2014年に行ったのですが、いまでも鮮明に覚えています。聖トーマス教会、聖ニコライ教会、ケヴァントハウス大ホール・小ホール、ドレスデン・ゼンパーオパー(ザクセン州立歌劇場)廻りましたよ~。


本場のカンタータ礼拝を体験して、モテットというのも体験しました。

これはやはり現地の宗教というか信仰という色合いが強いような気がしました。

やはり地元民の生活と密着しているんですよ。礼拝とか、毎週末のお祈りとか。


そういうお祈り、礼拝の中にカンタータという音楽が流れる。

だからバッハのカンタータというと特別なクラシック音楽なのではなく、ライプツィヒ市民にとっては、毎日、毎週末、教会でお祈り、礼拝する中で自然と耳にする音楽なのであって、別にそんな特別なものじゃなく日常的なものである。


だからバッハのカンタータを聴くなら、やはり現地の教会の礼拝で聴くべきである。


・・・・・・


なんかこんな感じではなかったでしょうか?(笑)

あれから10年も経過しているのに、まったく記憶が衰えることなく、完璧に覚えていますね。(笑)

それだけ自分にとって、新鮮だったのでしょう。


いまはヨーロッパはシュパーゲルの季節。

食べたいです~。


自分が2014年にライプツィヒ・バッハ音楽祭を訪れたとき、自分が撮影した写真を、懐かしいあの頃よ、もう一度!で再掲載しますね。今後もう一回この音楽祭に行くことはあるのでしょうか・・・。(笑)


●バッハフェスティバル No.54 @聖トーマス教会


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●バッハフェスティバル No.46 @聖ニコライ教会


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ラ・フォル・ジュルネ [クラシック雑感]

いよいよGW。コロナ禍も落ち着いて、海外からのインバウンドも復活。逆に日本から海外へ。もちろん国内旅行も!今年は成田、羽田と国際線はもちろんのこと、国内線も、空港は大混雑、航空会社は荒稼ぎという感じになりそうですね。日常が戻ってきてうれしいです。お天気晴れるといいですね。


自分にはちょっと縁がなくて体験していなかったクラシックの音楽祭がある。


それがラ・フォル・ジュルネ。


今年の東京・春・音楽祭で川本嘉子さんのブラームス室内楽の公演を思わず忘れてしまう、という大チョンボをしてしまった。まさに10年間通い続けてきたのに、まさかの大失態である。


このままでは、ちょっと後味、収まりが悪く、今年1年もやもやが続いてしまうので、踏ん切りをつけるため、そのリベンジをしようと思って川本嘉子さんの出演するコンサートを探してみたところ、このラ・フォル・ジュルネに出演することを発見し、ラ・フォル・ジュルネは自分も体験したことがないので、これはぜひ行ってみたい、この公演にしたいと即決したのであった。




ラ・フォル・ジュルネは、1995年、フランス西部の港町ナントで誕生したクラシック音楽祭。「ラ・フォル・ジュルネ(熱狂の日)」のネーミングそのまま、ヨーロッパの数ある音楽祭の中で最もエキサイティングな展開を見せている。


フランス北西部、ロワール河畔に佇む都市ナントでは、毎年1月末から2月初めにかけて、世界最大のクラシックの祭典「ラ・フォル・ジュルネ(熱狂の日)」音楽祭が開催されます。


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毎年テーマとなる作曲家やジャンルを設定。コンベンションセンター「シテ・デ・コングレ」の9会場で、同時並行的に約45分間のコンサートが朝から夜まで繰り広げられる。演奏者には旬の若手やビッグネームが並び、5日間で300公演!を開催。好きなコンサートを選び、1日中、音楽に浸ることができるのである。


しかも、入場料は6~30EURO(700円~3,000円)という驚きの低価格。「一流の演奏を気軽に楽しんでいただき、明日のクラシック音楽を支える新しい聴衆を開拓したい」というルネ・マルタン(アーティスティック・ディレクター)の意向によるものである。来場者の6割をクラシックコンサート初体験者が占め、たくさんの子どもたちも参加している。


ユニークなコンセプトで展開されるラ・フォル・ジュルネの人気は国外へも拡がり、2000年からポルトガルのリスボン、2002年からはスペインのビルバオ、2005年からは東京国際フォーラムで開催。2008年には金沢とブラジルのリオ・デ・ジャネイロ、2010年には新潟、びわ湖、ワルシャワ、2011年には鳥栖、2015年にはロシアのエカテリンブルクで開催され、いずれも大成功を収め、クラシック音楽界にセンセーションを巻き起こしている。


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1995年、ルネ・マルタンが初めてラ・フォル・ジュルネを企画したときのテーマは「モーツァルト」。まず頭にあったのは、複数の会場で2日間ほど24時間絶え間なくコンサートを開催し、祝祭的な音楽祭にしたい、ということであった。そのネーミングを考えたとき、インスピレーションを受けたのがボーマルシェの戯曲「ラ・フォル・ジュルネ(熱狂の日)、あるいはフィガロの結婚」である。


1784年に発表され、モーツァルトもオペラの元にしたこの戯曲は、当時の価値観を覆す革命的なものでフランス革命の導火線になったともいわれている。 「ラ・フォル・ジュルネ」というタイトルこそ、まさにルネ・マルタンの夢、人々をクラシック音楽から阻もうとする様々なバリアを取り去りたいという思いにぴったりの言葉だったのである。ちなみに第1回ラ・フォル・ジュルネのポスターは、モーツァルトが鼻に親指をつけて指を広げた、ヒトを小馬鹿にした仕草のシルエット。常識を覆そうとしていた、破天荒なモーツァルトのイメージです。


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この方が、ナントでの音楽祭を始めたルネ・マルタン氏だ。[コピーライト]Marc Roger

ちょっとインタビューを抜粋して紹介しよう。


―― ラ・フォル・ジュルネはいかに誕生したのでしょうか。


アイデアは初回開催の2年前、93年に生まれました。ナントのサッカースタジアムで行われたU2のコンサートに35,000人もの若者が集まったことに対し、僕が企画している『ラ・ロック・ダンテロン国際ピアノ音楽祭』などの大規模な音楽の祭典に、こうした若者はどうして来ないのだろうか、と思ったのがきっかけです。


モーツァルトやベートーヴェンを聴く機会が彼らにはないからだ、僕がするべきは、出会いをもたらすことだ、と。でも、それには大勢の人がクラシック音楽を聴きに行きたくなるような、独創的なコンセプトが必要です。それでクラシック音楽を非神聖化し、より多くの人が近づきやすい方法をいろいろと考えたのです。


たとえば、お祭り的雰囲気が欲しかったので、複数のコンサートホールが1カ所に集まった場所での開催が希望でした。それゆえに初回からシテ・デ・コングレで開催しています。 人々がすれ違い、話に興じることができるという場。日本で東京国際フォーラムを会場に選んだのも、同じ理由から。そしてチケットは低価格に抑え、ひとつのコンサートの長さは45分と短めにするということも大切でした。



――発掘した演奏家を招くのも喜びではないでしょうか。


長年、たくさんの音楽フェスティバルをオーガナイズしているので、大勢の著名音楽家の友達がいます。でも、若い音楽家を提案することも好きですね。かつて日本にも連れていきましたが、ネマニャ・ラドゥロヴィチはいまやすっかりスターになりました。今回のラ・フォル・ジュルネの素晴らしい驚き、それは若いチェロ奏者のアナスタシア・コベキナです。彼女、まだ20代半ばですが素晴らしいですよ。


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――日本でのプログラムはナントのラ・フォル・ジュルネとまったく同じではないのですね。


はい。東京で初めてラ・フォル・ジュルネを開催するにあたり、その前の2年間、東京の人々の暮らしにおける音楽について、音楽学校についてなど可能なかぎり知りたくて、いろいろとリサーチをしたんです。それに日本の奏者たちを知ることにも時間をかけました。たとえば諏訪内晶子や庄司紗矢香は、日本ではスターでも、フランスでは知られていませんから。


日本の人々はクラシック音楽をよく聴きますね。世界中の有名なオーケストラが来日しているし、素晴らしいコンサート会場があります。でも、チケットが驚くほど高価なので、一般大衆はなかなか聴きに行くことができない。この人々に僕は興味があったのです。僕がベートーヴェンを知ってほしいのはこの一般大衆。それで日本では5月のゴールデンウィークにラ・フォル・ジュルネを開催しているのです。


これは素晴らしいアイデアでした。この時期、金銭的にゆとりのある人々は海外旅行に出かけています。日本に残っている、海外旅行に出られる余裕のない人々に向けて、ラ・フォル・ジュルネは存在しています。初回は50万人が来場し、そのうちの75%の人々にとってこれが初のクラシック音楽のコンサートだったそうです。日本の音楽コンサートのプロデューサーたちに、彼らの知らない別の聴衆がいることを教える結果となりました。僕と主催者は賭けに成功したのです。日本人はモーツァルトやベートーヴェンといった有名な作曲家をよく聴いているようですが、ラ・フォル・ジュルネのおかげでそれはそれはたくさんの作曲家を発見できるのですよ。


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シテ・デ・コングレの向かいのパン屋「La Boulangerie d’Honore」は、音楽ファンの強い味方だ。この裏手の建物にもコンサート会場がひとつある。photo:MARIKO OMURA


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シテ・デ・コングレ内のバーではキッシュ、サンドウィッチ、スイーツなどを販売。複数のコンサートを聴くために長い時間を過ごす人や、仕事の後に駆けつける人のお腹を満たしてくれる。photo:MARIKO OMURA



このルネ・マルタン氏の言葉こそが、ラ・フォル・ジュルネのコンセプト、この音楽祭が存在する意義といっていいですね。


日本でのクラシックは敷居が高すぎる。高級な趣味と思われていて、それなりの階層の人しかコンサートに行かない。チケットもすごく高い。一般大衆はなかなか聴きにいけない。クラシックとの出会いがない。クラシックのコンサートって大体2時間コースが多いけれど、庶民にはそれはハードすぎる。もっと一般大衆向けに体力的に受け入れやすい45分を目安にどの公演も組まれている。


そんなクラシックにあまり馴染みのない一般大衆がターゲット。GWはお金に余裕のある人は、みんな海外旅行に行くので、音楽祭を開催するのをGWにした。


クラシック音楽をもっと気軽に楽しもう!ふだんクラシックを聴かない一般大衆に聴いてもらえるように親しみやすい、敷居の低い音楽祭にしよう。


高級・静謐なクラシック・コンサートではなく、もっと楽しく華やかなムードのクラシックコンサート、音楽祭にしたい。1箇所にたくさんのホールが集中しているエリアを選んで、そこで1日中クラシックのコンサートが楽しめる。そんな楽しい雰囲気な音楽祭にしたい。


そういう意図があるんですね。

なるほど~そうなんですね。


まっでもこれは、よくわかっていました。このGWの時期になると、かならず耳に入っていましたし、よくこの音楽祭のコンセプトのことは理解していました。


だからこそ、自分もそんなに意識して行かないといけないと思ってもいなかったことも事実。


でもやはり1回は行ってみてもいいし、ぜひ体験したいものです。

それが今回行こう!と思ったきっかけでした。


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1995年、フランスの港町ナントで誕生したラ・フォル・ジュルネは、2005年「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」として東京に上陸しました。2007年には来場者数100万人を超え、2019年までに延べ866万人の来場者数を記録。世界最大級の音楽祭に成長しています。


2015年には、1人の作曲家を特集するなど、クラシック音楽の文脈に沿った従来のテーマを一新。あらゆる文化の根底にある普遍的なテーマに基づき、時代やジャンル、地域を越えたプログラムを組むことによって、音楽との出会いがより豊かで冒険と発見に満ちたものになっていきます。


また、2018年より音楽祭のネーミングを「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」から「ラ・フォル・ジュルネ TOKYO」とし、ロゴマーク制作もクリエイティブ・ディレクター?佐藤可士和氏を起用、さらに進化する音楽祭に生まれ変わりました。


ずばり、ラ・フォル・ジュルネ TOKYO ってこんな感じの音楽祭で、こんな6つの魅力があるといえます。


・毎年異なる新鮮なテーマ展開

・1公演約45分~。朝から晩までいくつものプログラムを気軽にハシゴできる。

・国内外の一流の演奏を低料金で楽しめる。

・多彩な無料イベントを開催

・赤ちゃんからクラシック通までピクニック気分で楽しめる

・街全体が音楽であふれ「お祭り」ムード一色に


ラ・フォル・ジュルネって音楽祭はこんな感じの音楽祭なんですね。


ちょっと日本の東京国際フォーラムで開催されているラ・フォル・ジュルネ・ジャポンの時代からどんな感じの音楽祭か、いくつか写真を紹介しますね。


もういまや日本ではGWの風物詩といえば、このラ・フォル・ジュルネになりますね。


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やっぱり華やかな感じがしますね。そして客層もすごく若いですよね。驚きです。コンサートホールで開催される普段のクラシックコンサートは、もうクラシック業界の将来、先行きが不安視されるほど高年齢層なお客さんばかりですから。(笑)


たしかに有楽町の東京国際フォーラムというところは、音楽のコンサートホールにはあまり向いていないところではあるんですよね。もともとはコンベンションセンター、展示会、講演会などの用途で使用されることが多いですから。最大の要因は、床に敷き詰まられている絨毯ですね。(笑)


音楽ホールに床に絨毯はあり得ないです。(笑)(じつはロンドンのウィグモアホールもそうなのですが。。。)コンサートホールは基本は反射系の設計です。吸音ももちろんやりますが、基本は反射系です。床一面に絨毯ですと、音が全部吸われちゃって、ホール内音響はめちゃめちゃデッドになりますね。あと、ホールの容積が音楽ホールにしてはかなり広すぎかな?


そんなホール音響のハンデもありますが、やはり一か所にホールが集中していることが、この音楽祭のひとつの目玉ですから、そこはやはり東京国際フォーラムしかない、ここがベストな選択だったのでしょう。



今年のラ・フォル・ジュルネTOKYO2023は、なんと!4年ぶりの開催だそうです。コロナ禍まっさかりのときでしたから仕方がなかったですね。なんかひさしぶりの開催。そして祝祭的な記念イヤー。おおいに湧きそうな気がします。


ちょっと、ラ・フォル・ジュルネTOKYO2023について、紹介してみますね。


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4年ぶりの開催となる2023年のテーマは、やっぱり 「Beethoven ― ベートーヴェン」!


ベートーヴェンという大作曲家の魅力をぎゅっと詰め込んだ、特別な3日間をご用意します。交響曲やピアノ協奏曲、ピアノ三重奏曲、ピアノ・ソナタなど傑作の数々をはじめ、ベートーヴェンへのオマージュ作品など、ラ・フォル・ジュルネならではの独創的なプログラムの数々で、3年越しの生誕250周年を盛大に祝います。凝縮された“ベートーヴェン三昧”の3日間をお楽しみください。


ベートーヴェンの作品はヒューマニズムにあふれ、人類愛と思いやりを今もなお人々の心に届けるという意味においても、音楽史上唯一無二の存在です。ベートーヴェン自身、彼の音楽の目指すところを、このように記していたではありませんか。


「心より出で、願わくば再び心に至らんことを」 -「ミサ・ソレムニス」の楽譜に添えられた言葉


ルネ・マルタン

LFJアーティスティック・ディレクター



ベートーヴェンがテーマだったんですね。なぜか、というところもありますが、思えばコロナ禍がスタートしてしまった2020年は、まさにベートーヴェン・イヤーだったではないですか。もうクラシック業界では数えきれないくらいのイベント、企画が用意されていた。それが全部、中止になってしまった。ベートーヴェンさん、可哀そうすぎる!


そのベートーヴェン企画をもう一度リベンジ!という狙いが魂胆にはあるんではないですかね。


・・・てというか今年はベートーヴェン生誕250周年にあたるということですかね。(笑)


ベートーヴェンは、もうクラシック音楽史において、もっとも革命的な作曲家で、それまでの常識をいろいろな面でつぎつぎと覆してきて、新しい扉、新しい手法、新しい体系、など音楽史の改革をつぎつぎと打ち立ててきた大作曲家です。


ベートーヴェンってどんな人?


①ベートーヴェンはウィーンに住んでいた35年間で実に79回も引越しをしていた。計算すると半年に一回以上のペースである。

②ベートーヴェンはコーヒーを毎日飲んでおり、コーヒーの粒を必ず60粒数えて淹れる程のコーヒー好きだった。

③1816年にメトロノームが発売されると、ベートーヴェンは直ぐに気に入り、楽譜にテンポ設定を書き入れるようになった。音楽家で最初にメトロノームを使用したのはベートーヴェンといわれている。

④「エリーゼのために」の「エリーゼ」とはテレーゼという女性なのかエリザベートという女性なのか現在も判明には至っていない。

⑤ベートーヴェンの葬儀には2万人にもなるウィーンの庶民達が彼の墓まで列を作り、彼を見送ったといわれている。



ベートーヴェンは、女性に多く興味を持ってきて、いろいろアプローチもしたようですが、結局生涯独身だったことも自分はすごい好感を持てます。(笑)


自分は、


5月6日 (土) 15:00 ~ 15:45

東京国際フォーラム ホールC:エレオノーレ


公演番号:323

7人の名手による親密にして豪華な共演


7つの音色が織りなす妙~ウィーン初演時に爆発的な人気を得た、ベートーヴェン初期の大曲。


吉田誠 (クラリネット)

水野信行 (ホルン)

モリス真登 (ファゴット)

オリヴィエ・シャルリエ (ヴァイオリン)

川本嘉子 (ヴィオラ)

マクシム・ケネソン (チェロ)

髙橋洋太 (コントラバス)


の公演を拝聴する予定です。



あの東京国際フォーラム一帯で集中して、タイムカレンダーが決まっていてコンサートなら45分で、1日でいろいろなコンサートをはしごしていくというやり方なんかも楽しみ方のひとつのようです。5/4~5/6の3日間は、もう1日中、あの東京国際フォーラムのエリア内外でずっとクラシック音楽が流れている、聴こえてくる。。たくさんの若いふだんクラシックに馴染みのない方々が集まってきて賑わっている、そんな華やかな音楽祭なのです。


ちなみにラ・フォル・ジュルネTOKYO 2023はなにも有料コンサートだけではないですよ。無料コンサートや、プレイベント、講演会、イベント、エリアコンサートなんかもあります。



たとえば東京国際フォーラム 1階 ホールB5(2) (ジュリエッタ)では、ベートーヴェン について多彩なゲストが様々な角度から紐解く講演会を行われるそうだ。音楽祭期間中の有料公演チケットもしくは半券があれば無料で参加できるイベントである。1回ごとの完全入れ替え制。


自分はコンサートのチケットを持っているので、参加してみたいなと思っている。片山杜秀さんの講演が興味深いかな。。。


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そうした中、4年ぶりの再スタートにあわせて新たに加わる企画にもぜひ注目である。それが無料イベント「オーディオコンサート ベートーヴェン・サロン」(提供:Bowers & Wilkins)だ。


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え? オーディオコンサート? そう、この新企画では、会場の一室に、なんと総額1000万円クラスの最高級スピーカーやプレーヤーなどを取り揃え、いわゆる“ハイエンド”な再生機器で、ベートーヴェンの過去の名演や珠玉のセレクトなどを楽しんでもらう企画なのだ。


いやいや、会場では次々と素晴らしい生演奏が展開されているよ? なぜわざわざオーディオで? 生演奏が一番じゃない? そう思う方もいるかもしれない。もちろん会場ではたくさんのコンサートに足を運び、オーケストラの響きに包まれるような体験や、アーティストの繊細な息遣いまでも実感できる生演奏を思う存分堪能していただきたい。


その一方で、オーディオ再生による、オーディオでしか実現できない、いわば“別物”としての素晴らしい音楽体験も、ぜひLFJで体感してほしいのだ。オーディオならではの体験といえば、たとえば、今は亡き大巨匠の名演を、ハイクオリティな再生により生々しく、何度でも聴くことができる。ベートーヴェン時代のピアノを何台も目の前に揃えることは難しいが、数々の録音によってそれらを一気に聴き比べることもできる。アーティストたちが丹念に刻み込んだアルバムを、丁寧に再生することで、私たちは時空を超えて豊かな聴取体験を広げていくことができる。録音再生は今や(というか、もう何十年も)、音楽的な営みの重要な側面を担ってきているのだ。


・・・だそうである。(笑)


これはなかなか興味深いですね。


でも部屋ちょっと広過ぎ。(笑)オーディオの視聴というのは、それに適応した視聴ルームの容積というのがあります。あまりに広いと音が散っちゃっいます。まっイベントですから、たくさんの人を収容しないといけないという条件もありますから仕方がないところではありますね。


【主な使用予定機材】

スピーカー:Bowers & Wilkins 801 D4

パワーアンプ: Classe Delta MONO ×2台

プリアンプ: Classe Delta PRE

SACDプレーヤー:Marantz SA-10

ネットワークSACDプレーヤー:Marantz SACD 30n

レコードプレーヤー:Pro-Ject Xtension 9 TA/WB


・・・だそうです。


興味のある方はぜひ行かれてみください。


気軽にクラシックに接する、クラシック音楽はけっして敷居は高くない。子供も含めてファミリーで一般庶民がクラシックを楽しむ。1箇所にたくさんのホールが集まったところで集中的に行う華やかな雰囲気、しかも開放的な気分になりやすいGW。それがラ・フォル・ジュルネである。


ちょっと初体験してみたいと思ってます。


東京・春・音楽祭のブラームス室内楽でデビューを飾った水谷晃くんへの償いは、


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5/27(土)の北とぴあ さくらホールでの「MIZUTANI×TAIRIKU」AGAINに馳せ参上しようと思っています。













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昭和アイドル博士 [クラシック雑感]

自分はテレビ(地上波、BS)は、独特の見方をしていて、音声は消してオーディオで音楽を流しながら、画面だけを見ているという見方をしている。


最近のテレビは、必ず字幕が付くので、その字幕を見るだけで十分話している内容を楽しめるのである。


テレビのない生活は意外や自分はダメかもしれない。テレビはくだらない、という最近の意見はよくわかるけど、私生活ではなにかとテレビ番組の映像があったほうがさみしくない。


聴いているのは、オーディオで音楽だけど、視覚で見ているのはテレビ番組というのが自分の生活スタイルである。


音声までテレビにしてしまうと、これまた苦痛なんですね。(笑)自分が毎週見ている番組だけ、映像も音声もテレビにします。


それ以外は、テレビは映像だけ、音声はオーディオで音楽という生活です。


そんな中で、偶然なのだが、テレビ朝日のサンドウィッチマンと芦田愛奈の博士ちゃんという番組を見た。この番組はなんか毎週見てしまうのだが(もちろん映像だけ)、なかなか面白い。


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あることに専門知識を持った子供たちが、その博識ぶりを披露して、いわゆる博士ちゃんなのだが、それをレギュラー陣のサンドウィッチマンと芦田愛奈さんが感心する、という番組。


子供なのに、本当にすごい詳しいのだ。その詳しいジャンルは、いろんな子たちそれぞれでいろいろで、子供ってやっぱり子供時代は夢中になることって様々なんだな、と思ってしまう。


すごい微笑ましい番組。けっこうこの番組見ていて楽しいです。


そんな中で、先週は昭和アイドル博士ちゃんを特集していた。


我々の昭和時代のアイドルを、いまの令和の子供たちが大好き、熱狂的に調べて博士のように熱く語るという企画。西城秀樹、野口五郎、郷ひろみの御三家、近藤真彦、田原俊彦、野村義男の新御三家、松田聖子、中森明菜など、我々昭和時代ならリアルタイムだったアイドルを、いまの幼い小さな令和の子供たちが大好きで、いろいろなグッズ、CDを集めて、博士のように熱く語っているのだ。


もともとはお母さんの影響が大きかったようだ。お母さんが好きだったアイドルをそのまま受け継いでいるみたいな。。。お母さんの持っていたカセットテープをそのまま譲り受けて聴いているみたいな。。


自分はその熱く語っている子供たちを見て、なんか無性に微笑ましいというか、可愛らしく感じた。昭和時代のアイドルのショーは、それこそド派手もいいようなすごい金のかかったステージで、いまの時代ではありえない凄さである。


その博士ちゃんは、そんな西城秀樹が大好き、なんでも知っているという。それがなんとも可愛いのである。


そう思う理由に、自分のリアルタイム時代の昭和のアイドルを好きでいてくれることに無性に同調意識というか好感を持つのではないかと考えた。


それで、その子たちにとって、そういう全然自分の知らない時代のアイドルやステージパフォーマンスっていまの時代には体験できないことで、自分にとってすごい神秘的に感じるのではないか。


自分の知らない時代は、そして過去の記録でしか体験できない世界は、いまよりもずっと神秘的に感じしてしまう。そういう一種の人間の性みたいなものがあるのではないか、と思うのである。


これは人間の一種の特徴なのではないか。


自分はクラシック音楽ですごくそのことを感じる。


クラシックの世界では、過去の巨匠、あのときの、あの日の名演奏、というようにとても過去の伝説の名巨匠、名演奏家、そしてその名演奏に敬意を払う世界である。


その時代のSP,LPなどの音源は、それこそプレミア価格の貴重品である。


これはこれでひとつの価値観の別世界といっていい。


自分も夢中になった時期があった。クラシックのコレクションでは、そういう時期のものを蒐集したくなるそういう夢中になる時期があるものなのだ。


自分の場合、もうすぐ予算の関係上、そういう蒐集はしなくなりましたが。(というかできなくなったし、気力が追いついていかなくなった。)


やっぱり自分の生まれる前、知る前の時期の名巨匠、名オーケストラ、名演奏は、すごく神秘的に感じるものなんですね。自分がリアルタイムに知らないからこそ、余計に神秘的に感じてしまう。


最近、そういう衝動に対して、自分はこのように言い聞かせるようにしている。


1940年代~1950年代のたとえばフルトヴェングラーにしても、トスカニーニにしても、あの時代にリアルタイムに生きていた人たちにとっては、それが至極あたりまえの事象であって、当時の感動はあったとしても、それはあくまであたりまえの事象に過ぎず、あれから何十年後に現代の我々が感じる神秘的な世界、価値観とはまったく別物だったのであろう。


そしていまのジョナサン・ノットなど普段あたりまえのように接している指揮者たちも、いまから50年後、100年後経過した場合は、やはりその将来に生まれる人たちにとっては、すごい神秘的に感じるのではないだろうか、ということである。


なんかそんな輪廻人生のような気がしてならない。


それこそ1930~1950年代のクラシック音楽に非常に興味をもつとき、自分はふっとそんな冷めたことを考えたりすることもある。あの当時にリアルタイムに生きていた人にとっては、それは普通のことだったんだろうな~という感じで。


でもクラシックのこういう時代ものの歴史の過去の名演奏音源の蒐集は、やはりなんともいえない魅力があるし、ある意味独特のブランディングと言っていいし、あの頃の時代の知識を知ることと、それはそれはすごく面白くて興奮する。


もちろん1930~1950年代などいまのように録音技術、映像技術など発達していなかったから、いくら当時の人とは言え、それを体験できた人と言うのは、あくまで実演に接した人だけということなのだろう。そういう意味で単純な比較はできないかもしれない。


なんなんでしょうね。この感覚。


本当にクラシックならではの一種独特のブランドではないかと思います。


自分は、サンドウィッチマンと芦田愛奈さんの博士ちゃんで、昭和アイドルの博士ちゃんたちが登場したときは、我々昭和時代をリアルタイムに生きてきた人間にとっては、至極あたりまえのアイドル歌手だったけれど、令和の子供たちにとっては、その歌手たちが、自分たちがリアルタイムに知らないからこそ、それが余計に神秘的に感じてしまうんだろうな、と思ったのでした。


無性にクラシックの世界のことを思い起こした瞬間でありました。





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音の共感覚・色聴 [クラシック雑感]

共感覚とは、「ひとつの感覚の刺激によって、別の知覚が不随意的に起こる」現象である。


「共感覚」は、いくぶん風変りだが素敵な感覚を備えた人々が、日常的に知覚している「現実」をそのまま表した言葉でもある。


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音を聴くと色が見えるという「色聴」や、文字を見ると、そこにないはずの色が見える「色字」が代表的で、「痛みを感じると色が見える」とか、「何かを味わうと手に形を感じる」などなど。


何らかの共感覚を持つ人の割合は、近年は「23人にひとり」という報告もあるのだそうだ。


たとえば、


「色字」と「色聴」


「ひらがなやアルファベット、数字、それから画数が少なければ漢字にも色を感じます。たとえば「あ」は赤で、「い」は白、「う」は白に近いグレーという具合に、それぞれの文字に色を感じるんです。数字だと、1は白、2はオレンジ、3は水色……と、やはり数によって違う色を感じます。」



「色聴」では、おもに楽曲の調(キー)に色を感じるという。


「ハ長調なら白ですし、ニ長調はオレンジ、ホ長調は緑です。これが短調になると、総じて色は暗くなる。ハ短調は濃いグレーで、ニ短調は枯れ葉みたいな茶色、ホ短調も緑ですが、ホ長調に比べるとずっと暗い色になります。」


23人に1人が、共感覚の持ち主というのは驚きとしかいいようがないが、共通していることは、その才能が自分にとってはあたりまえで、他の人も普通にそのような感覚があって別に不思議なことではないと思っていることだ。


他人から共感覚のことを聞かされて、初めてその才能に気づき驚く感じである。


共感覚という現象があまり広く世に知られていないことで、無理解という意味で嫌な思いをしたりして、共感覚者が口を閉ざしてしまうきっかけにもなる。


自分は共感覚者ではないと思うが、そのような才能を持ち合わせている人は、普段の生活、感覚はどのようなものなのか、興味はある。


特に自分がすごく興味が惹かれるのが、音の共感覚「色聴」である。


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自分は色聴はすごい素敵な感覚なのではないか、と普段から思っている。


芸術家、音楽家にそのような才能が備わっていたなら、これまた随分違った音楽人生になっていたであろうし、創作面においてもプラス面でいい影響を与えるものではないかと思ってしまう。少なくともマイナスには絶対ならないのではないだろうか。


自分は色聴ではないと思うが、フランスのドビュッシーやラヴェルの音楽を聴くと、淡いピンクや青のパステルカラーのイメージを思い浮かべてしまうし、必ず脳の純白のパレットに水墨画で淡く描かれているそんな色彩イメージが頭に浮かんでくる。でも、これは自分だけではないですよね。普通クラシック音楽ファンであれば、みんなそんなイメージを浮かべると思います。


ドビュッシーやラヴェルの音楽はそのような効力があるのです。


自分がはじめて、色聴という言葉を知ったのは、じつはつい最近。もう5年以上前だったであろうか。。


ヴァイオリニストの竹澤恭子さんのインタビューで、仲良しのピアニストの児玉桃さんは、色聴の才能があるのではないかと話していたインタビューを読んでからだった。児玉桃さんとのデュオ・コンサートのときか、なんのインタビューだったか、よく覚えていないのだが、桃さんは、音を聴いて、それを色で知覚する、描写するそういう才能を持っている、と仰っていた。


そうだったのか・・(^^;;。ところで色聴ってなに?とそのときに調べて、その意味がわかってその才能に当時随分驚いたものだった。


確かに、児玉桃さんはフランスの現代音楽を中心に、そのピアノで表現する世界は、音を色で描写するような芸術的で繊細な世界で、ある種感覚的な感性の持ち主のように思う。


もし、ご本人がそうでない場合は、スミマセン。(笑)たぶん竹澤さんは、桃さんにはそのようなセンスがある、という意味での発言だったのかもしれません。


そのインタビューで自分には、色聴という才能に大きく興味を抱いてきた。



共感覚を持つ人は、



・誰もが持っている感覚で、それが意識の領域にのぼる人は少ない説。

・幼少の頃は誰もが持っている感覚で、五感が発達する過程で失われていくといった説。


と言った様々な説があるみたいです。


この不思議な現象は最新の脳科学である程度解明され、芸術家や詩人、小説家には、それ以外の人より共感覚を持つ人が7倍も多いそうだ。


共感覚の中でも音が色のイメージと紐付けられる「色聴」。


色聴は共感覚の中でも一番発生確率が高いと報告されている。


音を聴くと色が見えるという色聴。その色の見え方も一音一音見える場合もあれば、音楽の音色を聴くと様々な色が見え方がする場合もある。それは曲によって見える色も全然変わってきて、一色というよりも複数の色でグラデーションを描くかのように見える場合であったりする。


色から色への移り変わりも、曲のテンポやシーンによって全然変わってくる。またアップテンポの曲だから赤、バラード調だから青というような単一な見え方をする場合もある。ケースバイケースである。


本当にその人が持っている才能によりけりなのだと思います。その色、描写のされ方というのは・・・。


芸術家、音楽家に多いと言われる色聴。


さらに大きな括りとして、共感覚の持ち主で著名な方でいうならば、レオナルド・ダ・ヴィンチや、モーツァルト、宮沢賢治(詩人・童話作家)、エドヴァルド・ムンク(画家)、スティービーワンダー(音楽家)等も共感覚の持ち主だったそうです。。



世の中には、色聴者判定テストというものもあるそうです。12音×長調と短調=24種類の調を3回ずつランダムに聞かせられる、つまり72回も似たようなフレーズを聴くようなテストだそうだが、このような感じでテスト結果によって自分が色聴なのか、どの程度なのかもわかるようなテストがあるんですね。


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甘美でせつない響きの悶え感 [クラシック雑感]

ラフマニノフのパガニーニの主題による狂詩曲、通称パガニーニ・ラプソディの第18変奏曲はなぜあんなに甘美でせつないメロディなのか。


映画音楽のようだと言われ続けてきたラフマニノフの音楽を代表するような美しくてせつない響きのある種の悶え感。


この第18変奏は、映画音楽やCMなどにも多く使用され、世界中で人気を博してきた。


この甘美でせつない響きの悶え感を楽理的に解説してみたい。分析して、なぜ、そのように甘美でせつなく響くのか、を理論的に理解してみたい。ラフマニノフはどのような仕掛けをこの第18変奏に施したのか。


いや、この際だから、第18変奏だけではなく、パガニーニの主題による狂詩曲、この曲全体について解析をしてみたい。


自分は、10年以上も前から、この曲についての自分の定番の理解の仕方を所有しているのだ。この曲は、このように解析されるのだ、このような構成の曲なのだ、という定番の理解を持ち合わせている。


コンサートで聴いたとき、単にいい曲だな、で終わらず、この定型の理解が頭を過るのだ。


クラシックの名曲、全部にこのような解析を施すのは大変なことなので、滅多にやらないけれど、この曲、ラフマニノフ パガニーニの狂詩曲だけは、ひとつの定番のように丸暗記してでもその構成を理解している。


それをこの日記では紹介しよう。


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パガニーニの主題による狂詩曲、ラフマニノフ晩年の傑作である。


ラフマニノフはロシアの大地を思わせるダイナミックな曲調と、憂愁を湛えた旋律で知られる後期ロマン派の作曲家である。そんな彼が天才ヴァイオリニスト パガニーニの24の奇想曲の中の主題をもとに変奏したのがこの曲である。


中でも第18変奏の甘美なメロディは、ハリウッド映画や数々のCMに起用され、アメリカやヨーロッパ諸国で大変な人気を得た。祖国ロシアを離れ、亡命を余儀なくされたラフマニノフが長いスランプを乗り越えて書き上げたこのメロディ。


そこにはどんな想いが込められているのか。


パガニーニの主題の狂詩曲はひとつの主題を手を変え品を変え、バリエーション豊かに変奏していく。通常変奏曲というのは、最初に主題が登場して、そのあと、そのバリエーションが次々と登場するという感じなのだが、この曲は音楽史上稀にみる主題が変奏のあとに登場するというかなり変わった変奏曲なのである。


パガニーニの主題による狂詩曲。


この曲は、その名の通りパガニーニの24の奇想曲の中の第24番の主題をもとにつくった変奏曲である。


シンプル、かつインパクトのあるこの旋律は、リストやブラームスの多くの作曲家に変奏されてきた。中でもラフマニノフはあえて主題から始めないというひときわ変わった変奏を試みた。


そこにはどんな意図があったのか。



ラフマニノフの変奏法自体にはどんな特徴があるのか。


ふつうの変奏曲の手法は、ある主題に対していろいろな味付け、調味料を加えていって変奏していくというやり方である。それに対してラフマニノフは主題を分解していった。


パガニーニの第24番目の主題を、ラフマニノフは、


主題の骨格を成す音、ラ・ミ・ラ・ミ

リズムとしてタン・タ・タ

メロディとしてラ・ド・シ・ラ


この3つに分解したのであった。


第1変奏は、ラとミの2つの音を骨格に作られている。

第4変奏は、ラ・ド・シ・ラの音型を様々に形に変えて奏でる。

第12変奏は、タン・タ・タのリズムを部分的につかった変奏である。


ラフマニノフはこの曲に変奏曲ではなく、あえて狂詩曲、ラプソディと名付けた。それだけラフマニノフはいままでの作曲家の作曲技法とは異なった意欲的な作曲を目指したのである。それは過去の偉大な作曲家を超える自由でアグレッシブな変奏曲を書き上げたというラフマニノフの自信の表れだったのである。


ラフマニノフはパガニーニの主題だけを使っている訳ではない。


第7変奏。これは一聴すると、これ変奏なのか、と思ってしまうほど、全然主題と似ていない旋律なのだが、これは”ディエス・イレ”といってラフマニノフが生涯拘り続けたグレコリオ聖歌の旋律なのである。


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ラフマニノフが生まれたのは1873年。由緒ある地方貴族の出身である。母に習い4歳からピアノを習い始めたラフマニノフ。祖母に連れていかれた大聖堂で聴いた聖歌の響きは、その後、彼にとって忘れられないものとなった。


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聖歌はラフマニノフの音楽にどんな影響を与えているのか。ラフマニノフは幼いころから教会の音楽の中で育ち、その中で鐘や聖歌の響きを自分の中で音楽として本能的に感じてきた人である。そして聖歌に裏打ちされたようなロシアの響きを自分の作品に強く深く託した人でもあった。


ディエス・イレというのは「怒りの日」という意味の旋律である。この聖歌の一部である旋律にラフマニノフは深い愛着を持ち、自作の曲に何度も引用してきたのであった。


24歳のときに作曲した交響曲第1番では、冒頭からディエス・イレが奏でられるのである。その後、ラフマニノフは人生の大きな壁にぶつかりながらも、それを克服し、作曲家、名ピアニストとして確固たる地位を築いていった。しかし1917年ロシア革命勃発。貴族の出身であったラフマニノフはロシアで音楽活動はできないと祖国を後にする。そして亡命後17年を経て書き上げたパガニーニの主題による狂詩曲。この曲に引用されたディエス・イレには特別な想いがある。


ラフマニノフは、この作品を書いて何年後かに、音楽とはなにか、と問いに対して、それはロシアの夕暮れどきのようなものである、と答えている。夕暮れ時にロシアの教会の鐘が響いていく。それが音楽だ。心に音楽は響く。


教会がほぼ弾圧されつつあるロシアには、もうそうした響きはもうない。失われたロシア、ロシア革命で失われてしまったロシアへの心からの哀惜の念であり、怒りなのである。


ディエス・イレは亡命という悲劇の運命を辿ったラフマニノフの人生の根底に流れ続けてきた旋律。そこには革命によって失われた教会の響きへの深い想いが込めらているのかもしれない。


ラフマニノフは主題、主題の変奏だけでなく、自分の中にある拘りのある旋律を取り入れたのである。それが第7変奏である。


そして第18変奏である。


本当にロマンティックで甘美な旋律。


聴いた限りでは、あのラ・ド・シ・ラがどこにも入っていない。変奏とはまったく無関係と思える。これは鏡像形といわれるもので、主題のラ・ド・シ・ラをまるで鏡で映したようにそのメロディを反転させることで、この第18変奏の甘美なメロディを生み出したのである。


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パガニーニの主題を反転させた鏡像形から生まれたこの美しいメロディ。この旋律がこんなにもせつなく響くのは、ラフマニノフはいくつもの巧妙な仕掛けをしているからだった。


これは和音に秘密がある。普通の和音と違い、せつない和音の違いをもたらしているのが、倚音(いおん)という音。本来の和音より1個上の音から始める音のことを倚音とよぶ。この倚音を生み出す不協和音がせつなさをもたらすのである。


倚音というのは本来の和音ではないので、本当の音に行きたいという心理が働くのである。それが悶え感に繋がっている。


”倚音がもたらす悶え感”


さらにはリズムにも秘密がある。


左手には3つのリズム、右手にはリズムが4つのリズム。左右の手でリズムのずれが生じる。このずれの中に心理的な彩というものが生まれる。


ラフマニノフの第18変奏は、このようにあらゆる手法をつかって、いつまでも感情が満たされないという状態を作り続けていて、そこにせつなさが生まれ、ロマンティックな感情が掻き立てられることになっているのである。


新たな音楽表現が模索された20世紀初頭。その中でラフマニノフは最後のロマン派と言われ、あくまでロマン主義的音楽に拘り続けたのである。



晩年、長いスランプを乗り越えて書き上げたパガニーニの主題による狂詩曲。そこには音楽に生きるために離れた故郷ロシアへの変わらぬ愛と最後まで作曲家として生きたいというラフマニノフ自身の願いが込められていたのかもしれない。


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10年以上も前から、この曲の構成をこのように理解してきた。ラフマニノフのパガニーニ・ラプソディはどのような構成なのか、なぜ第18変奏はあんなに甘美でせつなく響くのか。すべてこの解析理論のもとに、頭にインプットしてきた。こういう曲なのだ、という自分の理解である。


自分のこの曲に対するリファレンス、ものさしである。


クラシックミステリー名曲探偵アマデウスFile 66 ラフマニノフ パガニーニの主題の狂詩曲の番組で放映されていた内容である。(笑)


第18変奏のところの解析は、野本由紀夫先生の解説でした。


名曲探偵アマデウスは、本当にたくさんの名曲を取り上げ、解析をしてくれたけれど、自分の中でベスト1で印象にずっと残っているのが、このラフマニノフ パガニーニの主題による狂詩曲だった。


文句なしNo.1。


以後忘れられず、ずっとこの解析理論を自分のリファレンスにしている。


ふつうの変奏曲と違って、変奏の後に主題が登場すること、ラフマニノフの変奏技法が主題を3つの音素に分解することであったこと、単に主題を変奏するだけではなく、自分の心深く根付いている旋律、ディエス・イレ(怒りの日)を引用していること。そして第18変奏のメロディが主題の鏡像形から生まれたこと、甘美でせつない響きにするために数々の仕掛けを施していたこと。


自分は、ラフマニノフ パガニーニの主題の狂詩曲を聴くときは、かならずこの内容が頭をかすめる。そうやって聴くと、ひと味もふた味も違った楽しみ方ができるからである。


名曲探偵アマデウスでは、演奏素材として、ユジャワンの独奏、デュトワ&N響のサントリーホールでの公演が使われていた。


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ユジャワンはいろいろ思うところがあって、いまのセクシードレス路線は、あまり自分の好みではないのだけれど、この映像素材の頃のデビューしたばかりのときが、自分はユジャワンが1番いいときだったのでは、と思っている。


衣装も普通で、ちょっと粗削りなところもあって、中国から出てきたばかりのうぶで素朴という感じがあっていい。自分は、ユジャワンはこの頃が1番いい。


最後に、名曲探偵アマデウスFile66のYouTubeを貼っておきます。ぜひご覧になって、パガニーニの主題による狂詩曲の魅力、構造について理解してみてください。


この曲の聴き方が全然変わってきますよ。









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クラシックミステリー名曲探偵アマデウス [クラシック雑感]

ぜひ続編をやってほしい番組に、「クラシックミステリー名曲探偵アマデウス」がある。2008年~2012年にNHK総合、BS-NHKで放映されていた番組である。45分の放送枠でした。


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この番組、本当に大好きだったな~~~、大ファンでした。


NHKだからこそ、できた番組だと思っている。


NHKは、国営放送であるから、どうしても予算、人事権ふくめ、政府の影響を受けざるを得ないところがあって、その報道姿勢に政府の御用機関と揶揄されることも多いのだが、でもその政治経済、社会面でのドキュメンタリー制作、文化面の高度な教養番組、全世界へ張り巡らされた報道ネットワーク網による迅速で正確な報道、など放送局として他の追随を許さない圧倒的なレベルの高さがある。予算、基礎体力が民放とは基本的に違う、という感じですね。


「クラシックミステリー名曲探偵アマデウス」は、そんなNHKだからこそできた番組だったと言えるのではないか。


番組の舞台は、大都会の片隅にある不思議な探偵事務所。クラシック音楽にまつわる悩みに答え、世に名高い名曲の謎を解き明かす。


毎回訪れる依頼人の悩みを解決する。解決の鍵はクラシック音楽の名曲に隠されており、曲の構成や背景などを紐解いてゆくことで番組が進行する。ドラマの途中に演奏家や音楽学者による解説が入り、番組の終盤には演奏の抜粋が流れ、復習ができるようになっている。


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出演者は、天出 臼夫(あまで うすお)の筧利夫、響 カノンの黒川芽以、ディープ内藤の高橋ひとみである。


天出 臼夫(筧利夫)は、探偵事務所「アマデウス」所長。元天才指揮者であり、指揮者としてその将来を嘱望されていたが、ある事件をきっかけに指揮者から名曲探偵へと転身した。


響 カノン(黒川芽以)は、探偵事務所「アマデウス」助手。クラシック音楽には疎いが、音感だけは抜群。


助手の響カノン、黒川芽以さんが好きだったな~。天然なところがよかったです。(笑)


筧利夫が指をパチンと鳴らすと、その曲の演奏の映像が流れるという仕掛けでしたね。(笑)


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このような屋根裏部屋のような一室で、事件解決をやっていくのだが、この空間がなによりも大好きだった。なんか黄昏雰囲気があって超好み。なんか売れない探偵家業なんだろうな、という感じがあるし、好きなクラシックのことで生きていけるなら、売れなくてもギリギリ食べていけるだけで幸せみたいな小確幸が漂っている。


この番組がすごいと思うところは、そのクラシックの名曲について、本当に深いところ、楽譜に隠された真実みたいな楽理的にじつに深いところにスポットを当てているところだ。


クラシックファンは、ある曲を自分のものにしようと勉強するとき、音源を聴いて、本やネットでその情報を調べて学習していくであろう。でもそれだけじゃ得られないもっと専門的で、深層的な専門知識を、番組では解説者の解説とともに紹介していくのだ。


自分は、毎回この解説者の解説を聞いて、うわぁ~これはさすがに一般人じゃわからないよな~。こういう専門的な真実を教えてくれるのは本当にありがたい、と毎回思ったものだ。


でもそれは変に難しくなく、初心者でもとっつきやすいように、すごくわかりやすく教えてくれる。


解説者は、野本由紀夫、平野昭、室田尚子、安田和信、千住明、仲道郁代、小山実稚恵、野平一郎、千住真理子、鈴木雅明といったメンバーである。(敬称略)


懐かしいよ~。特に野本由紀夫先生がフル稼働でしたね。よく覚えています。


そして、この番組は、ある事件が起こって、その事件解決のために、この探偵事務所を訪れて、それが不思議とクラシックの名曲の秘密にその解決の鍵が隠されている。そういう脚本を作るのも結構緻密な作業で、その巧妙な物語構成に毎回驚いたものである。構成作家のレベルの高さに舌を巻いたものである。


この番組の制作スタッフは、本当にクラシック専門で練られたチームだったんだな、と思いました。


絶妙な物語構成に、名曲の専門的な知識。非常に教養の高い、でも初心者でも入り込みやすい、とても教養の高い番組だと思ったものである。さすが、NHKだよな~。NHKだからこそ作れる番組だよな、とその当時よく思っていたのである。ゴローさんがご生存のときで、よくゴローさんにそのことを言っていたっけ?


自分は、この番組でずいぶんあたりまえと思っていたクラシックの名曲について、何度勉強させられたことか!!!


自分はこの番組が本当に好きでした。


パッケージソフトになっていないか、Amazon Prime Videoのような動画配信サービスになってないか、確認したのだけれどないんだよね。なんともったいない。


単行本で、野本由紀夫先生著の本があるだけ。おそらくその名曲に隠された秘密を活字で書いてあるのでしょう。


でも自分は、あの動画で観たいですよね。解説と実際の演奏とともに。あの番組が見たいです。


あの一連の番組ライブラリーは、YouTubeにあがっているみたいです。ここ最近、YouTubeでこの番組を見て楽しんでいます。なんかいろいろな曲について見て勉強するのが楽しいです。



できれば、続編をぜひ望みたいです。いままで、取り上げてきた名曲だけで、もうネタ切れなのでしょうか。(笑)続編をするだけの体力がないのでしょうか・・・。



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ヤノフスキのローエングリンの聴きどころはどこなのか。 [クラシック雑感]

人それぞれだと思うが、自分の経験によると、クラシックのコンサートの予習はあまり根をつめて綿密にやらないほうがいいと思う。あまり杓子定規にやってしまうと、自分の中でひとつのリファレンスというか物差しを作ってしまい、本番当日に聴いたときに、その通りになっていないことに、不満を感じてしまい、その意外性を受け入れない傾向がある。


生演奏は、水ものなのだ。意外性があることが90%以上だ。だからこそ実演、生演奏は面白いのだ。


その意外性があるからこそ、驚きがあるし、新鮮に感じるのだ。同じ演目を過去に何回聴こうが、毎回違った解釈に出会うものなのだ。だからクラシックのコンサートは奥が深いといえる。


そんな想いもあって、最近は自分はコンサートに行くときの予習はほとんどしない。ぶっつけ本番で臨む方が多い。


ぶっつけ本番で、驚きとともに受容せざるを得ないその感動は、それだけ心底感動したのだ、というニュアンス、驚愕に満ち溢れていて、それだけ臨場感があって、本物の新鮮さが漂うものだと思っている。


もちろんアプローチは人それぞれなので、綿密に楽曲を解析して打ち込んで、本番に臨む手法もあると思う。やはり人間って、とても楽しみにしているコンサートほど、綿密に準備しておきたいという衝動は必ずありますね。


ぶっつけ本番の手法だと、実演を聴いて驚き、感動して、日記を書くときに調べると、思わず真実を知って、あ~これは事前に勉強しておいてから、聴けばその習得具合もずいぶん違っていたんだろうなと後悔することもある。


鑑賞方法に正しいという論法はない。


東京・春・音楽祭2022のN響・ワーグナー。今年はローエングリン。


自分はコロナ禍になった2020年から、オペラには1回も行っていない。2020~2021年は、コロナ禍で公演すら満足に開催されなかった。2021年後半から、いろいろ工夫しながら興行するようになってからも1度も新国立劇場に足を運んでいない。


東京・春・音楽祭のN響・ワーグナーも2019年の「さまよえるオランダ人」以来の3年ぶりだ。自分自身、演奏会形式とはいえ、オペラを鑑賞するのは、じつに3年ぶりである。


先の日記でも書いたが、やはりオペラは予習、準備したほうが、本番を有意義に過ごせる。終演後の充実感、実りが多いのだ。


なによりも自分の中で、きちんとけじめをつけて、しっかり予習して臨みたいという気持ちがこみ上げてくる。


マエストロのマレク・ヤノフスキも無事来日した。


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よかった!!!


ヤノフスキは、2020年予定だった「トリスタンとイゾルテ」、そして2021年予定だった「パルジファル」。いずれもコロナ禍の外国人来日制限の規制にあい、開催中止となった。そうすると、2017年のリング・チクルスの最終「神々の黄昏」以来、じつに5年ぶりの再会になる。ヤノフスキもそうだが、自分たちにとっても、3度目の正直のようやくの心願成就。いろいろ想うところが多い。


マレク・ヤノフスキこそ、お互いいつ最後になるかわからない一期一会となる相手であり、これからは1公演1公演が勝負である。悔いを残さないように、しっかり足を運びたいと思っている。


さっそくその翌日からN響と練習に入る。また音を出す前から、「諸君、音が大きすぎる!」という笑いを取っているのだろうか。(笑)


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(C)東京・春・音楽祭 Twitter


東京・春・音楽祭では、2018年にローエングリンの演目をやっている。ワーグナーの楽劇10大作品は、トリスタンとイゾルテを除いて、全部完遂済みで、これからは2巡目となる。うれしい。10作品上演が終わったらシリーズ終わるのかな、と心配していたが、何巡でも繰り返しは大歓迎である。そのたびに新しい感激、出会いが待っているはずだ。


2018年のローエングリンは、クラウス・フローリアン・フォークトがローエングリンのタイトルロールであった。まさに彼の18番である。過去にオペラ形式と演奏会形式で2回、フォークトのローエングリンを体験できた。


今回はローエングリンは、フォークトではないのだ。はたして、フォークトでないローエングリンは、acceptableなのか。


いまからすごい楽しみである。違ったタイプのローエングリンを受容できる新しいチャンスでもある。どんな感動が待ち受けているか、はたまたガッカリするのか(笑)。生演奏は、水ものである。


2018年のときは、ライプツィヒ歌劇場の総監督であるウルフ・シルマー氏が指揮であった。そんなに悪くないと思ったが、ただその前の4年間、ヤノフスキのN響へのドライブ力、推進力を体験してきただけに、やはり聴き劣りするところが多かった。N響の鳴りという点で及第点であった。


やっぱりヤノフスキでないとダメだという印象を持った。これは自分だけではなく、その聴衆の一般的な感想だったようだ。クラシック界にそんな声が溢れた。


だから今年は、そんな想いを一気に昇華してくれる絶好のチャンスなのだ。


ヤノフスキの造る音楽は、非常に引き締まった音造りをする人で、テンポもものすごい快速テンポで速い。速すぎる、という評価も多い。とにかく硬質なサウンド造りで、きびきびしていて、聴いていてとても気持ちよく快感なのである。自分のサウンド指向に合う指揮者である。


自分は、ご存じのように、ヤノフスキとの出会い、それイコール、ワーグナー溺愛の日々、と重なる運命の人で、自分のクラシック人生の中で避けて通ることのできない人である。


ヤノフスキの音楽に陶酔している1人である。


だから、今年2022年の東京春祭のヤノフスキのローエングリンは、積年の爆発する想いに溢れかえっているのだ。だからこそ、気合を入れて臨みたい。後悔しないように、万全の準備をして臨みたいという気持ちになった。


ヤノフスキのワーグナーといえば、PENTATONE録音だ。



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「ローエングリン」全曲 

ヤノフスキ&ベルリン放送響、

K.F.フォークト、ダッシュ、他(2011 ステレオ)(3SACD)





当時の手兵、ベルリン放送響とタッグを組んで、最前線のワーグナー歌手勢ぞろいという顔合わせでベルリンフィルハーモニーホールでツィクルスで演奏されたライブ録音である。


ワーグナー録音史上、燦然と輝く優秀録音である。


東京春祭のワーグナーシリーズのコンサート前は、いつもこれで予習である。


さっそく超久しぶりに聴いてみた。


クラウス・フローリアン・フォークトやアネッテ・ダッシュなど蒼々たる顔ぶれで聴いていて身震いするほど感動する。やっぱりワーグナーはいいなー。


それでは、今年2022年度の東京・春・音楽祭でのヤノフスキのローエングリンの聴きどころはどこなのか、自分なりに推敲してみることにする。



まず歌手陣を紹介していこう。


ローエングリン(テノール)役

ヴィンセント・ヴォルフシュタイナー(テノール)


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ミュンヘン出身のテノール歌手。ニューイングランド音楽院でウィリアム・コットンに学び、グラニット州立オペラの《ラ・ボエーム》ロドルフォでデビュー、その後《カルメン》ドン・ホセ、《カヴァレリア・ルスティカーナ》トゥリッドゥ、《海賊》コルラード、《道化師》カニオ等を、マサチューセッツ、ニューヨーク、フロリダ、ニューハンプシャー等で演じた。


キャリアから、純粋なワーグナー歌手でもなく、もっとイタリア・オペラ、ウィーンもの、ヴィリズモなど幅広い役が歌える歌手のようだ。キャリアとして申し分ない凄さである。ワーグナーであれば、トリスタンとイゾルテ、さまよえるオランダ人、ワルキューレなどを歌ってきている。


自分はおそらく聴いたことがない初めての体験の歌手である。どのような声質&声量、はたまた声色なのか、とても楽しみである。今回の公演が成功するかどうかは、このヴォルフシュタイナーにかかっていると言ってもいい。自分はローエングリンである、と名乗る、名乗りのアリアなど、ローエングリンの魅せ場のアリアは多い。


白鳥に乗った王子様というエレガントな雰囲気を出せるのか。演奏会形式であるから、声だけでそのオーラを醸し出せるのか。フォークトの立ちはだかる壁は高い。フォークトのローエングリンとは違った新しい魅力、発見があるのか、である。ぜひ期待したい。



エルザ(ソプラノ)役

ヨハンニ・フォン・オオストラム(ソプラノ)


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南アフリカ出身。R.シュトラウス、ワーグナー、ヤナーチェク、モーツァルトの主役として引く手あまたのソプラノ歌手である。バイエルン国立歌劇場の《ローエングリン》エルザでは、聴衆と批評家の心を掴んだ。また、エクス=アン=プロヴァンス、ブリュッセルのボザール、アン・デア・ウィーン劇場、パリのシャンゼリゼ劇場、ロンドンのバービカン・センターではウェーバー《魔弾の射手》アガーテに出演した他、グラーツ歌劇場でリヒャルト・シュトラウス《サロメ》タイトルロール、リモージュ歌劇場でコルンゴルト《死の都》マリエッタ、バイエルン国立歌劇場で《フィガロの結婚》アルマヴィーヴァ伯爵夫人を歌った。



紙面の関係上、とても紹介しきれないが、彼女のキャリアも素晴らしすぎる!


オペラ歌手に限らず、クラシックの演奏家のキャリア・経歴記載は、いままでどの指揮者、オーケストラ、そしてオペラ公演を演じてきたのか、それをそのまま列記すること、つまりその経験数が多いほど、大きな勲章を意味している。だから省略・略記できないのだ。羅列しか方法がない。その羅列が長いほど、そしてその競演相手がビッグネームであるほど勲章なのだ。だからキャリア・経歴記載は、とても読みずらいけど、これは仕方がない。


彼女のキャリアを読んでみると、もうクラクラするくらい凄い。名前や顔写真から、自分は体験したことがないような記憶なのだが、ひょっとしたら知らずに体験しているかも?


とにかく引く手あまたの大人気者である。


これまでに、サー・サイモン・ラトル、アラン・ギルバート、アイヴァー・ボルトン、ヤニック・ネゼ=セガン、アダム・フィッシャー、アントネッロ・マナコルダ、オクサーナ・リーニフ、ベルトラン・ド・ビリー、ロランス・エキルベイ等の指揮者や、ハリー・クプファー、バリー・コスキー、トビアス・クラッツァー、ヴェラ・ネミロヴァ等の演出家と共演してきた。


《ばらの騎士》元帥夫人は彼女の代表的な役柄となり、サイモン・ラトル指揮でアムステルダムのオランダ国立オペラ、アラン・ギルバート指揮でスウェーデン王立歌劇場に出演した他、ベルリン・コーミッシェ・オーパー、モスクワのボリショイ劇場でも演じている。



もう目眩が・・・(笑)


どんな声、歌い方をするのか、とても楽しみである。エルザはローエングリンではもちろんヒロイン。エルザの夢で、白鳥に乗った王子様が助けに来てくれる、その願いから物語は始まる。エルザのアリアも魅力的だ。




テルラムント(バス・バリトン)役

エギルス・シリンス(バス・バリトン)


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今後の出演予定は、ベルリン国立歌劇場でバラク、ハンブルク州立歌劇場でアムフォルタス、ラトビア国立歌劇場で新演出の《さまよえるオランダ人》オランダ人、ビルバオ・オペラ(ABAO)の《フィデリオ》、バイロイト音楽祭ツアーの《ワルキューレ》ヴォータン、アヒム・フライヤーによる新演出『ニーベルングの指環』ヴォータンとさすらい人、ナポリのサン・カルロ劇場と東京の新国立劇場で《ワルキューレ》ヴォータン、ウィーン国立歌劇場でテルラムント、バイロイト音楽祭に再登場して《ローエングリン》、《パルジファル》等となっている。


キャリアとしては、ワーグナー歌手というか、ワーグナー演目を中心に活動されている歌手である。この方は、2018年のローエングリンのときもこのテルラムントの同役で出演されている。


自分はそのときの印象として、このように日記に書いていた。


フォークト、アンガーについで、素晴らしかった歌手。今年は本当に男性陣歌手が素晴らしかった!安定した声量、豊かな低音域に、その発声能力にとても感動した。テルラムントという、この演目では、要所を締める大切な役柄を見事に演じ切っていた。


やはりこのときのテルラムントの評判が良かったんですね。再登板となりました。





オルトルート(メゾ・ソプラノ)役

エレーナ・ツィトコーワ(メゾ・ソプラノ)


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ベルリン・ドイツ・オペラでプロ・デビューし、バイロイト音楽祭に出演。クラウディオ・アバドに招かれ、演奏会形式の《パルジファル》、シューマン《ゲーテのファウストからの情景》、ベルリン・フィルハーモニーでの彼のお別れコンサートに出演。同劇場には、ニコラウス・アーノンクール指揮のヘンデル《イェフタ》で、再び出演した。



自分はこのエレーナ・ツィトコーワのポートレート肖像写真を見て、あれ?どこかで見たことがある、遠い昔だけど絶対体験したことがある!どこのオペラだったっけ?


ベルリンフィルで招聘されているソリスト歌手関係?


随分と悩んだが、いまひとつ思い出せない。でも絶対観たことがある。自分の記憶の深いところに刻まれているのである。プロフィールを深く読んでいくにつれて、やっとわかった。


小澤征爾さんの当時のサイトウ・キネン・フェステエィバル松本である。(現在のセイジ・オザワ松本フェスティバル)あのバルトーク・イヤーのバルトークのオペラ「青ひげ公の城」でユディット役で主演していた歌手である。2011年のフェスティバルである。


やっとすっきりした。


スカラ座には、バルトーク《青ひげ公の城》ユディットでデビューし、大成功を収めた。同役は、ロンドンのバービカン・ホールでもヴァレリー・ゲルギエフ指揮のロンドン交響楽団で演じた(CDに収録)。マリインスキー劇場で演じた《青ひげ公の城》ユディットに対しては、ロシアの最優秀女性歌手として「ゴールデン・マスク」賞が贈られた。同役は、小澤征爾指揮のサイトウ・キネン・フェスティバルでも招かれて歌った(こちらもCDに収録)。



これがいまから11年前の2011年のサイトウ・キネン・フェスティバル松本での「青ひげ公の城」のときのカーテンコールである。


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自分が撮影した写真です。彼女がエレーナ・ツィトコーワです。小澤さんはこのときは、癌療養で欠場で代わりに、ピエール・ヴァレー氏が代役を務めたのでした。


まさか、11年ぶりに東京春祭で再会できるとは思いもよりませんでした。嬉しいです。2018年のときは、ペトラ・ラングが演じ、まさに悪の強い個性的なオルトルートを歌い上げ、主役のエルザを完全に食ってしまうほど大活躍でした。


カーテンコールでのブラボーが凄かったのを覚えています。


今回のローエングリンでも、このエレーナ・ツィトコーワが歌うオルトルートに注目である。今回も主役を食うほどの大活躍かもしれません。


ざっと歌手を調べてみるだけでも、こんなに魅力的。本当に本番が楽しみで仕方がない。


いつも疑問に思うのだが、東京春祭の歌手陣の選択は誰がやっているのだろうか。東京春祭実行委員会がやっているのであろうか。出演交渉はそうかもしれないが、歌手として誰を選ぶのかは誰がやっているのか、いつもそこを疑問に思っています。


たとえば今回ならワーグナー歌手ならヤノフスキが専門であるから、ヤノフスキの推薦であるとか・・・。歌手のグレードに応じて、ギャラも高額になってしまうから、安価で高水準の公演を、がモットーの東京春祭にとって、その歌手としての国際的なグレード、出演料、そして実力、この3つをいつもいい塩梅でバランスを取って選ばれているのは本当に感服するのである。


ローエングリンは、約3時間30分の楽劇。ワーグナーのオペラは4時間、5時間なんて当たり前だから、それと比較したらワーグナーにしたら比較的短い部類のオペラだろう。でも本番当日の実演では各幕間ごとに30分は休憩を取るから、休憩だけで1時間半。合計5時間はかかる。夕方5時にスタートして終演が夜の10時。家に着くのが夜中の0時。もうクタクタである。(笑)


ワーグナー公演の場合は、これは毎度のこと、日常茶飯事である。



ローエングリンは、音楽としては全体的にそんなに明るい~暗いの起伏が少なく、非常に明るいテンポのいい小気味いい格好良さがある。誰でも親しみやすい旋律に溢れていて、取っ付きやすいオペラなのではないかと思う。


ワーグナーの作品の中では、ロマンティック・オペラと呼ばれる最後の作品である。


とにかく前奏曲をはじめ、アリアなど聴かせどころがたくさんあるオペラである。第1幕、第3幕の各前奏曲や、「婚礼の合唱」(結婚行進曲)など、独立して演奏される曲も人気の高いものが多い。


そしてワーグナーの作品では、どの作品もそうであるが、このローエングリンも合唱が大活躍する。特にこの作品で自分が大好きなアリアが、第2幕で演奏されるエルザの大聖堂への行列である。


ここは本当に美しい!この箇所になると、もう号泣で涙がドバーとなってしまう。合唱が美しすぎるのだ!本番では東京オペラシンガーズが大活躍するはずだ。東京オペラシンガーズの凄さは、もういままで何度も言及していていまさら説明する必要はないだろう。


このエルザの大聖堂への行列は、フランツ・リストがピアノ用に編曲した事でも有名ですね。


とにかく自分が一番楽しみにしているアリアである。号泣用にハンカチ、鼻水グスグスのためにティッシュを用意することを忘れずに、だ。


第3幕の前奏曲は超カッコいいですね。このオペラで一番カッコいい箇所です。ヤノフスキが振ると、メチャメチャ、テンポが速くて、ものすごいカッコいい感じがする。


この箇所は2018年の時は、なんかモタモタ感があってイマイチだったんだよね~。


結婚行進曲は、結婚式の音楽として、とても有名ですね。とても美しい旋律の曲です。ローエングリンのオペラを知らない人でもこの結婚式にかかるテーマソングは誰でも知っていると思います。でもローエングリンは、主人公のローエングリンとエルザは結局結ばれなくてハッピーエンドではないので、同じ結婚式テーマソングでもメンデルスゾーンのほうの結婚行進曲のほうを使うことが多いですね。


このローエングリンのハイライトとなるのが、ローエングリンが素性を明かす場面、グラール語りである。ここが一番のハイライトで、頭の頂点が突き抜けるような爽快感がある。


物語が一気に頂点に達するところである。


2018年のフォークトのこの部分の語りは本当に凄かった。自分がローエングリンである!と断言したときの、フォークトの啖呵を切ったような力感、迫力のある語りはいまでも忘れられないです。すごい勢いのある吐き捨てるような圧力だった。


今回のローエングリン役のヴォルフシュタイナーがどこまでやってくれるか、である。期待しています。


そしてヤノフスキに期待したいのは、N響を思う存分ドライブして、どんどん率先して鳴らしてほしいことだ。


ワーグナーの音楽の魅力というのは、そのオーケストラの重厚な響きと美しさにあるといっていい。同じ時代に活躍したヴェルディもその晩年においては独自のオーケストレーションを確立したが、ヴェルディのオペラにおいては、なによりも歌の旋律が物語を牽引していく。一方でワーグナーの場合は、オーケストラの和音進行が物語をすすめる上でのエンジンのような役割を果たす。


とにかくワーグナー音楽の場合は、このオーケストラの音をぐいぐい鳴らして、重厚なサウンドを鳴らし切るところがポイントだ。このオーケストラの音のハーモニー、音場という両面において、なんかこううねるような美しさがないとあのワーグナーの妖艶な魅力が発揮できないと思うのだ。


分厚いサウンドが必要なのだ。


2018年のローエングリンのときは、歌手は素晴らしかったけれど、オーケストラの鳴りがイマイチだった。このオーケストラの分厚いサウンド、うねるような美しさ、この鳴りがワーグナー音楽には絶対不可欠なのである。


N響からこの美しさを引き出せるのは、やはりヤノフスキしかいない。



2018年、2019年の落胆がそのことを証明している。


だから、今回そこを期待しているのだ。オーケストラに対する絶対的な推進力だ。楽しみにしている。


でも、生演奏は水もの。感動もあれば、ガッカリもあるということだ。(笑)


覚悟はしておこう。






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いつ最後になるかわからない覚悟 [クラシック雑感]

自分も50歳代後半。もう初老に差し掛かる。あと何年生きられるかわからない。あるとき予想もしなかった病魔に襲われることだってあるかもしれない。こればかりは予測がつかないことだ。


そんな中で、クラシックのアーティストとの出会いも、これからは一期一会の覚悟だ。若い世代のアーティストの演奏会は、まだ時間の余裕があると思うが、ある程度の年齢のアーティストの場合、いつこれが最後になるかわからないのだ。もうお互いにである。(笑)


どっちが先に逝くかわからないけれど、訃報を聞いてから、あのときあの演奏会に行っておけばよかった、まさかあのときが最後になるとは思わなかった。。。そんな悔いを残したくないのである。


失礼な、縁起でもないことを言うが、正直なところを申し上げたまでである。


だから自分の鑑賞人生の中で悔いが残らないように、なるべく演奏会に足を運ぶ、これをモットーとしている。自分が近年心掛けていることである。


マルタ・アルゲリッチもそんな演奏家の一人だ。


今日は別府アルゲリッチ音楽祭のチケット発売日なのだ。朝10時からチケット発売開始。


まっ予想はしていたことだが、まったくビジーで繋がらず。まっ当然だよな。


じつは今日は病院通院日で血糖値検査日だったのだ。10時半から。帰ってきてからでも大丈夫であろう。高い座席しか残っていないだろうけど。


去年だって、公演日の一週間前でもチケット買えたから、SS席のプレミア・チケットだったけれど。よし病院から帰ってからにしよう。


月に1回の超ブルーな儀式。血糖値結果が出るまでが、本当にブルーだ。大体この検査日の1週間前くらいあたりから気分はブルーになり始めるのである。前日なんて、超鬱である。(笑)今月は食べ過ぎたかな~?なに食べたっけ?上がっていないよな、大丈夫だよな?と繰り返し記憶を振り返る。


また先生に怒られるのかな、とか、不安なのである。


結果、先月と変わらず。悪くなっていない。

よかった~~~。


月1回の超ブルーな儀式を無事に済ませ、もうルンルンである。またこれから1か月は楽しく過ごせる。



嬉しくて、かねてより気になっていた病院近くのラーメン屋に行ってみた。結構な行列なので、かなり待った。このとき、自分の頭の中に、アルゲリッチ音楽祭のことは飛んでいた。ラーメンはいまいち期待していたほど、美味しくなかったな。


そうやって帰路につく。家に着いたら、さっそくチケット買わなきゃな、と再び戦闘モードに切り替える。12:30頃である。


チケットサイトを覗いてみると・・・


全席 Sold Out !



真っ青である。(笑)

やっちまったーという感じである。


しかしスゴイなー。

すごい人気ぶりだ。


ちなみに、自分が言及しているのは、別府アルゲリッチ音楽祭の東京公演のことを言っています。


考えてみると、別府アルゲリッチ音楽祭は、ここ2年間コロナ禍で中止にならざるを得なかった。そして去年その中止が発表がなされたと同時に大分県別府市から発表された”マルタ・アルゲリッチの日”の制定の発表。


クラシックファンのアルゲリッチへの熱い想いが溜まりにたまって爆発寸前だったのだ。それがチケット発売と同時に、瞬時ソールドアウトという現象だったのだろう。


自分はそのマーケット分析がすごく甘かった。甘く見ていた。ものすごく後悔した。


あのとき、病院に行く時間を遅らせてでも、サイトに繋がるのを待って、チケット購入が確定してから、病院に行くべきであった。


やっちまったーという感じで後味悪く過ごす。血糖値結果が無難だった喜びも吹っ飛んでしまった。


アルゲリッチとは今後は一期一会ということであることと、あと自分の日記で”別府アルゲリッチ音楽祭”のことを熱く語らないといけないという責任感も背負っていた。


自分の鑑賞人生の中でも、この音楽祭のことを自分の日記で語っていないのは、どう考えても、あり得ない。自分のクラシック人生の中で、どうしても避けて通ることができないものなのである。


参ったな~。また来年度まで待たないといけないかな?でも来年きちんとチケットが取れるという補償もなし。別にコンサートに行けなくても、語るだけならできる。


自分は、現に、別府アルゲリッチ音楽祭は初体験ではないのだ。過去に東京公演を体験している。だから熱く語る資格はある。でもやっぱり本年中に語らないとタイミング的にダメだろう。物事には”そのとき”というものがあるのだ。


あるいは、東京公演は完売だけれど、本拠地大分のホールはまだ余裕がある。こうなりゃいっそのこと、大分まで行っちゃう?(笑)


そういう折衷案も模索していた。


そうやってまんじりとせず、やるせない敗北感を感じながら過ごしていたら、別府アルゲリッチ音楽祭のSNSサイトから完売ですけど、東京オペラシティのチケットセンターには残っているかもしれませんよ~、というアドバイスが。。


自分はびっくりして急いでコール。


「はい、チケットあります。」


おぉぉぉおおおお~~~!


そこからチケット確定するまで、もうドキドキしながら電話オペレーターと対応。早く終わらないかな、と思ってた。(笑)


そして確定。


もう天に昇るような気持である。

音楽の神様は自分を見捨てなかった!

音楽の神様はいつも自分を守ってくれている。


思えば、自分の日記で、”別府アルゲリッチ音楽祭”という日記を書くために、去年は、チケットを確保していたのに、無残にもコロナで中止となってしまった。そして来年こそは、と期待をかけて去年は鞘に納めたのだ。


そのリベンジも今年、まさかの、いったん挫折しながらも、なんとか叶えられそうである。


願わくばコロナ状況改善されていて、無事開催されることを望みたいです。


別府アルゲリッチ音楽祭2022の東京公演のプログラムです。

シューマンのピアノ協奏曲なんて、最高なんじゃないかい?

最高に好きなコンチェルトです。


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【出演(予定)】マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)、チョン・ミン(指揮)、 ミッシャ・マイスキー(チェロ)、ウィリアム・チキート(ヴァイオリン)、東京音楽大学オーケストラ・アカデミー


プログラム(予定)


H. ベルリオーズ/ 序曲「ローマの謝肉祭」

R. シューマン/ ピアノ協奏曲 イ短調 op.54

R.シューマン/幻想曲集 op.73

アルゲリッチ & マイスキー デュオ

J. ブラームス/ 交響曲 第1番 ハ短調 op.68

* ミッシャ・マイスキーの協奏曲演奏はございません






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マーラー交響曲第3番 [クラシック雑感]

毎年3月~4月になると上野の桜とともに、「東京・春・音楽祭」が開催される。この時期に東京文化会館に通わないと、なんか1年が始まらないというか、クラシック・シーズンの新年の幕開けが始まらないような気がする。


毎年欠かさず通うのは、N響・ワーグナーシリーズと川本嘉子さんのブラームス室内楽だ。


最近、プッチーニシリーズというのがシリーズ化されるようになり、読響がオーケストラを務めている。やはりワーグナーだけのドイツ・オペラだけ取り上げていたのではバランスが悪いということで、両雄のイタリア・オペラの大作曲家のプッチーニの作品を取り上げていこうというのは、とてもいいことだと思う。


ワーグナー・シリーズと同じく演奏会形式で、独唱のソリストが主役である。


オペラ界を俯瞰したならば至極当たり前のことですね。


プッチーニは、「トスカ」、「蝶々夫人」、「ラ・ボエーム」、「マノン・レスコー」、「トゥーランドット」など、本当にこれぞイタリア・オペラともいうべき名作中の名作の宝庫を生み出してきた大作曲家である。


ワーグナーに負けていませんね。これだけの名オペラを演奏会形式で楽しめる。ワーグナーシリーズと同様、この音楽祭の看板人気シリーズになっていくことは間違いないであろう。大スペクトラムな感動の渦が巻き起こるに違いない。



でもワーグナーもプッチーニともなると予算が大変ですね~~~。


自分は、東京・春・音楽祭の中で、毎年必ず注目しているシリーズがもうひとつある。


東京春祭 合唱の芸術シリーズ


である。自分は合唱がとても好きなので、いつもこのシリーズはとても気になる。合唱のあの人間の声の厚み、そしてあのスケール感のある美しさ。本当に聴いていて壮大で美しいものの権化ですね。合唱をともなう演目はとても壮観です。


東京オペラシンガーズがレギュラー出演で合唱としてのレベルの高さも折り紙付きだ。


モーツァルトの「レイクエム」やベートーヴェンの「ミサ・ソレムニス」など例年とても魅力的な合唱の演目を披露してくれる。


今年は、なんと!マーラー交響曲第3番だという。


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ちょっといままでの毛色とは趣が違うとても魅力的な演目だと思う。自分は思わず反応してしまい、今日チケットを取ってしまいました。


マーラー3番ってそんなに合唱って入っていたっけ?(笑)第5楽章の児童合唱団のところだけじゃなかったっけ?と思うが、でもマーラー3番をこのシリーズで採用してくれる、というのは嬉しいのひと言である。


指揮は、アレクサンダー・ソディ、管弦楽は東京都交響楽団、合唱は東京オペラシンガーズに児童合唱は東京少年少女合唱隊、アルトは調整中だそうである。


もう申し分ない布陣ですね。本当に楽しみです。


自分はマーラー交響曲第3番は、正直その晩年に良さがわかった大曲であった。最初はどこか苦手な意識があって、いまひとつのめり込めないというか、好きではなかった。


ところがいまでは、マーラーの11曲の交響曲の中では、トップクラスで大好きな曲である。


なんでいままでこんな素晴らしい大曲を理解できなかったのであろう、という気持ちで一杯である。


9,6,5,2番がまず派手で大好きのトップグループ、4番は小曲だけど好き、8番は滅多に演奏されない大曲だけどまぁまぁ好き、1番はとても有名な曲でマーラーを代表する曲だけど個人的にいまひとつ地味に思ってしまう曲、大地の歌は1番好きな部類に入る壮大なスペクトラル、10番は未完成曲だけどアダージョは本当に美しくて好き、7番が1番難解で苦手意識がある曲。


全11曲を分析するとこんな個人嗜好。


マーラー3番はこの中で苦手の曲の部類だったけれど、いまや大好きのトップグループに属すると言っていいだろう。


きっかけは、いまから8年前の2013年、2014年のインバル&都響の「新」マーラー・ツィクルスを完遂したあたりからであろうか。東京芸術劇場、横浜みなとみらいで足掛け2年に渡って、マーラーの交響曲の全曲演奏会。


このあたりから、マーラーの3番っていけるんでない?なんでこんな素晴らしい曲が理解できなかったのであろう、という気持ちが湧いてきた。


なぜマーラーの3番が苦手だったのか。


それは曲全体としての構成感、骨格感が自分の中できちんと把握できていなかったことにあるのではないか、と思っている。


100分を超す大曲で、クラシックの交響曲の中でもとりわけ長い曲として有名な3番。


これはあくまで自分の私観だけど、クラシックの長い交響曲で、好きになる、好きになれない、の区分けが発生してしまうのは、その曲全体の構成をきちんと自分の中で捉えられるかどうかにかかっているのではないか、と思うからだ。


交響曲は第1楽章(ソナタ形式)、第2楽章(緩徐楽章)、第3楽章 (メヌエットもしくはスケルツオ)、第4楽章 (ソナタ形式またはロンド形式)のようにきちっとした構成感があって、いわゆる物語を語っているかのように、大河のように流れるストーリー性を感じるものだ。


その全体の物語の骨組み、骨格感が自分の中で、きちんと捉えられる、消化できるようになったら、その曲のことが好きになれる、つまり自分のものになった、と初めて言えるのではないか、と思うからだ。


好きになれない交響曲は、聴いていてどこか発散気味というか、収束しないというか、自分の中できちんとした曲としての型、構成感として全体像を捉えきれないときに”消化不良”という現象が起こるのだと思う。


J-POPSやロックのように3分くらいの曲だとイントロがあって、導入旋律があって、サビがあって・・・という全体像の構成感がつかみやすいので、キャッチーなメロディを持つ曲は、一瞬にしてその人の中に入りやすいしヒットする確率も高い。


でもクラシックの交響曲はとても長いので、ある一部分のフレーズが好き、というだけでは、なかなかハードルが高いものがある。やはり曲全体としての構成感、骨格感が、まるっと自分の中で理解できるようになった時点で、はじめて、この交響曲好き、ということになるのではないかと思うのだ。


クラシックって敷居高いよね~~~。(笑)


なかなか一般市民の市民権を得られにくいのは、そういう障壁があるからだと思う。1時間もある交響曲の全体像を自分のものにする、っていうのは相当鍛錬されていないとダメですよね。本当にクラシックが好きな人でないと、なかなかその境地まで達観できないように思う。


クラシックの理解脳、交響曲の理解脳には、人間の頭として、時間軸方向に長い尺でのキャパが必要だと思うのである。その壮大なストーリーをまるごと完全把握するための・・・である。時間軸に長い尺で、ものごとを鑑賞できる余裕のある人でないと理解されないのではないか。


あるいはそういう鍛錬が必要な音楽なのだと思うのだ。


マーラーの3番は、自分にとって、長い間この構成感、骨格感の把握に悩んだ曲だった。古典派、ロマン派の作曲家の曲と比較しても、マーラーの交響曲は、どこか収束しない、発散気味の型としてはめ込みにくい音楽であることは間違いないであろう。それだけ斬新である、ということのひとつの証でもある。


それで、これもまたクラシックの交響曲にある、”あるある”なのだが、突然ある日、神が降臨したかのように、突然その曲のことが理解できるようになる日が突然やってくるものなのだ。


いままで霧で視界ゼロだった曲への理解度が、す~っと突然霧が晴れたかのように、全体像が見えてしまう。なんと美しい曲なんだ!とそのときに改めて実感する。その大河のような壮大なストーリー性に愕然とし立ちすくむ。


自分のクラシック人生では、この体験の繰り返しだったような気がする。長い交響曲を初めて1回目に聴いて、すぐに大好きになる、というのはあまりないかもしれない。


上のような紆余曲折あって、初めてその境地に達する、という経験が圧倒的だ。だからクラシックって、長いキャリアが必要なのかもしれないし、それなりに鍛錬された耳が必要なのかもしれない。


自分はマーラー交響曲第3番のことを言及するたびに、このことを実感するし、この自分の私観、私説は正しいといつも確信している。


そのたびに説明してきたことだ。





マーラー交響曲第3番は、グスタフ・マーラーが1895年から1896年にかけて作曲した交響曲。全6楽章からなり、第4楽章にアルト独唱、第5楽章にアルト独唱と児童合唱、女声合唱を導入している。


演奏時間は約100分。


マーラーの交響曲としても、また通常の演奏会で採り上げられる交響曲としても、最長の曲として、かつては「世界最長の交響曲」としてギネスブックに掲載されていた、という。



マーラーは、ザルツブルクの東方50kmにあるアッター湖畔のシュタインバッハで夏の休暇を過ごすようになる。シュタインバッハには、この地に作曲小屋を建て、6月から8月の間、小屋にこもって作曲するようになった。


有名なマーラーの作曲小屋である。


マーラー3番は、このシュタインバッハーの作曲小屋で作曲された。



マーラーの3番を理解できるようになったトリガーは、第4楽章のアルト独唱、そして第5楽章の児童合唱団と女声合唱からだと記憶している。突然転調でもしたかのように、美しい調べが舞い降りてくる。世界が一変するようだ。


自分はこの一気に世界が変わる第4楽章、第5楽章で、3番に目覚めたと言っていい。


なんと!美しいんだ!


人間の声の魅力、そして合唱の美しさ。

筆舌に尽くしがたい。


冒頭の静寂の中で美しく地面をすれすれに這うように奏で始められるアルトの声。世界が一変する。


クラシックの交響曲の中に初めて、人間の声、合唱を取り入れたのはベートーヴェンだけれど、マーラーはその恩恵を自分の11曲の作品の中でフルに活用している。


人間の声が入ることで、いままでの流れが激変しますね。一気に世界観が変わる。


そして人間の声には説得力がある。こちらに迫り、訴えかけてくる切実さと迫力がある。圧倒される。


きわめてゆるやかに、神秘的に 一貫してpppで。


アルト独唱がニーチェの「ツァラトゥストラはこう語った」第4部、第19章「酔歌」の第12節「ツァラトゥストラの輪唱」から採られた歌詞を歌う。


そして第5楽章。児童合唱が鐘の音を模した「ビム・バム」を繰り返し、いっきに長調の世界へ。この「ビム・バム」が美しいんだよね~。自分が3番に目覚めたその一瞬というのは、この「ビム・バム」だったと断言していい。


それだけこの長い曲の中で、とても美しい。長大な曲の中で天使が舞い降りた瞬間、清涼剤とも言えるくらいの美しさだ。


自分は、この「ビム・バム」が、3番の中で1番好き。児童合唱と女声合唱の競演は、自分にとってこの曲の1番の注目ポイントだ。


きしくも、苦手だった3番を好きにさせてくれたそのきっかけが、第4楽章、第5楽章による人間の声だったというのも、今回の東京春祭 合唱シリーズでマーラー交響曲第3番が取り上げられたという奇遇も重なって自分は運命を感じるのである。


これは絶対聴きにいかなければダメだろう、という。。。


そして最終楽章の第6楽章。


ゆるやかに、安らぎに満ちて、感情を込めて。


弦楽合奏による美しい主要主題が奏される。まさに最終楽章をしめるゆったりと大河を流れるような美しさ。


まさに壮大、荘厳である。


この最終楽章の主題を聴くと、もう自分は涙がとまらないです。もうどう言葉で表現したらいいのか、見つからないくらい、美しすぎて感動的な哀愁をおびた旋律。


物語の終結を暗示するやや陰影感も彷徨う、でもそこには希望もある。


この主題の旋律を聴くと、いままでの長かった先の5楽章の物語・ストーリーが、いまここに完結する、というドラマ終結の感動、美しさを感じますね。


このために長い5楽章をいままで聴いてきたのではないか、と思うくらい。それだけ圧倒される。感動的なフィナーレである。


自分のマーラー交響曲第3番との闘いは、この終盤の第4楽章~第6楽章で一気にその美しさに魅了され、その良さを再認識し、それをベースにしてもう一度、第1楽章~第3楽章を聴き、あとから感動のフィナーレが来るぞ、来るぞと楽しみながら聴くということで、初めから通しで、曲全体の構成感、型を自分のものに出来た、というのが事の全容だと思う。



東京・春・音楽祭2022 合唱の芸術シリーズ マーラー交響曲第3番



来年の上野の春に燦然と輝く金字塔の名演奏になることは間違いなさそうである。









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サントリーホール正装コンサート2021に行きます! [クラシック雑感]

サントリーホール正装コンサート、開館35周年記念ガラ・コンサートに行くことにした。2日前より、サントリーホールのメンバーズクラブ向けの先行予約が始まっており、すかさずチケットを取ってしまった。


かねてより日記にしている通り、自分の当該テーマに対してのハードルは2つ。


①正装コンサートを実現するためには、コロナの陰性証明や、抗原検査などの実施が必要か。

②チケット価格帯。


①はかなり重要なところであるが、チケットを取る前にサントリーホールに確認することも考えたが、なんか気が動転してしまい、いいや、まず取っちゃえ。そうしてから考えよ、という相変わらずの楽天主義。


バッチシ最高クラスのS席をゲットした。


気になるお値段は、S席で25000円。


自分はまずこの値段にすごく納得した。


前回のときは、なにせ小澤征爾さん、ズービン・メータにウィーンフィル、そしてアンネ・ゾフィー・ムターというすごい顔ぶれだったので、S席50000円という超VIPプレミア価格だった。


今回は、かなり小ぶりな顔ぶれなので、どれくらいのチケット価格設定なのか、興味津々だったが、約半額の25000円だったら、もう全然守備範囲内でOKだ。


チケットを取ったのを確認してから、恐る恐るサントリーホールに①のことを確認してみた。


そうしたら、


女性スタッフ「いいえ、一応コロナの陰性証明のようなものは考えておりません。そのまま来ていただければ、と存じます。」


ノンノン「マスクはしていくのですか?」


女性スタッフ「はい。マスクの着用はぜひお願いします。」


ノンノン「そうすると、正装で決めている格好で、マスク着用なんですね?(笑)」


女性スタッフ「(意表を突かれたような、ハッとしたような感じで、苦笑いしながら)そっそっそう~ですね・・・そういうことになると思います。(笑)」


サントリーホールは、結局大人の判断をしたんだ、と思いました。

やっぱり、さすがだな、と思いました。


とてもいい判断だと思います。


海外ならともかく、日本で①を実現することは、かなり抵抗感を招く可能性が高く、批判も多くでると思われる。それだけ日本は、海外に比べれば、クラシックのコンサートに行くことに対する敷居が低くて、安全な国なんだということなのだろう。


正装にマスクという図を嫌うがために、①を実施することは、本末転倒というか、そこまですることではないのではないか、という大人の判断なのであろう。逆に①を観客に強制することで、本公演を敬遠されてしまう危惧もあったのだろう、と思う。


とても日本の土壌のことを考えた極めて大人の判断だな~と自分は感心した。


さすが、天下のサントリーホールである。


正装をした紳士・淑女の集う場で、みんなマスクをしている・・・。こういう写真は、おそらく人生晩年に写真をしみじみと振り返ってみて、「あ~この頃はコロナパンデミックのときで、本当に大変だったんだよな~」といういい証拠写真になるに違いない。


東京オリンピック2020の開会式を永久保存版で録画し、翌日の朝刊一式を全部買い揃えたのと同じである。


晴れて、サントリーホールの正装コンサート2021に行くことが決定した。まさに5年に一度開催されるヨーロッパの夏の音楽祭に負けず劣らずの、華やかな紳士・淑女の集い。これにマスクがついている図ということになる。(笑)


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サントリーホール35周年記念ガラ・コンサート 2021

~夢を奏でる場所~

(正装コンサート)


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ソプラノ:ズザンナ・マルコヴァ

テノール:フランチェスコ・デムーロ

バリトン:アルトゥール・ルチンスキー

メゾ・ソプラノ:林眞暎

ほか


指揮:ニコラ・ルイゾッティ

東京交響楽団

合唱:サントリーホール オペラ・アカデミー&新国立劇場合唱団


ベッリーニ:オペラ「清教徒」より「あなたの優しい声が」

ベッリーニ:オペラ「清教徒」より「愛しい乙女よ、あなたに愛を」

ロッシーニ:オペラ「アルジェのイタリア女」より「祖国を思いなさい」

ヴェルディ:オペラ「ナブッコ」より「行け、わが想いよ、金色の翼に乗って」

ヴェルディ:オペラ「仮面舞踏会」より「お前だったのか、あの魂を汚した者は」

プッチーニ:オペラ「マノン・レスコー」より 第3幕への間奏曲

プッチーニ:オペラ「ラ・ボエーム」より「冷たい手を」

ヴェルディ:オペラ「ラ・トラヴィアータ」より「乾杯の歌」




サントリーホールの開館を記念して、5年に一度のアニバーサリーイヤーの節目に開催するサントリーホールのガラ・コンサート。35周年を迎える今年は、記念事業として5年ぶりに開催する「ホール・オペラ(R) ヴェルディ:ラ・トラヴィアータ(椿姫)」と連動し、イタリア・オペラのガラ・プログラムをご用意!


世界の歌劇場で注目される3人とともに、サントリーホール オペラ・アカデミーから世界に羽ばたき、イタリア各地の歌劇場で活躍する林 眞暎も出演!


サントリーホールと繋がる全ての人への感謝を込めて、"夢を奏でる場所"で、音楽の歓びを分かち合いましょう。


※このコンサートでは、お客様におしゃれも楽しんでいただく目的で、「正装コンサート」と謳っています。タキシードやイブニングドレス、それに準じたフォーマルな装いでのご来場をお待ちしています。



指揮はニコラ・ルイゾッティで、ホスト・オーケストラが東響。合唱にサントリーホール オペラ・アカデミーと新国立劇場合唱団という顔ぶれ。


今回は、なんとイタリア・オペラ特集である。ホール・オペラ ヴェルディの「椿姫」と連動したイタリア・ガラコンサート。ベッリーニ、ロッシーニ、ヴェルディ、プッチーニ・・・など盛りだくさん。


こういうことがないと、自らイタリア・オペラもののコンサートに出向くことも最近なくなってきていたから、正直嬉しいし、ずいぶん有難い。


久しぶりの「情熱、明るい、愛情」の世界をたっぷり堪能してきたいと思う。


こう見えても、昔から、イタリア・ヴェルカントものは、要所要所の演目は、結構、国内、海外含め体験しているのですよ。有名なオペラ・アリアは、グルベローヴァのオペラ・アリア集のCDで結構耳タコになるくらい聴き込んでいたし。。。


本当に楽しみです。


自分の正装は、2016年のバイロイト音楽祭に行くときに新調した礼服をそのまま使います。先日、ちゃんと体にフィットするかどうか、試着してみたら、全然余裕でOKだった。


自分は、最近10kgぐらい痩せたので、もうまったくノー問題である。


ただ、黒い礼服スーツは2着あって、薄い夏物と厚い冬物がある。バイロイト音楽祭は、夏なので、たぶん薄い夏物のほうが正解なのだろう。厚い冬物は、たぶん喪服ですね。オヤジのときに新調した喪服だと思います。



この2021/10/2(土)のサントリーホール正装コンサートのときは、もう何時間も前に行って、開演前は、ANAインターコンチネンタルホテル東京のラウンジで素敵なひとときを過ごしたいと思う。


もうこの日は、なにからなにまでゴージャス・デー。心に余裕をもって、迎えたいものだ。


5年前は、礼服を着ながら、あの桜坂ルートをはぁはぁぜいぜい言いながら、通ったんですよね。(笑)


今月は、すでに”コンサートホールに所縁のあるホテルに宿泊しよう!”プロジェクトで5万円の実支払。そこに来て、さらに正装コンサートの25000円。


いまのこの時点でこの累積じゃ、こりゃ来月のクレジットカードの請求は恐ろしいことになるに違いない。あ~恐ろしや・・恐ろしや・・いまからかなりブルーです。











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サマーミューザコラボレーションブッフェ [クラシック雑感]

じつは今回のホテルメトロポリタン川崎の体験で一番印象が深くて素敵だなと思ったのは、ホテルに隣接しているブッフェ(ビュッフェ)でした。


TERRACE and TABLE といいます。


このブッフェ、本当にお洒落でステキで、いい雰囲気で、今回自分はすごいビックリしてしまいました。このホテルメトロポリタン川崎の最大の魅力ポイントって、じつはこのブッフェなんじゃないかな、と思うほどすごい素敵です。


自分はものすごく気に入ってしまいました。


このブッフェの存在ってじつはあまり知られていないんじゃないかなと思うのです。結構穴場なのでは?


ミューザ川崎のすぐ横にあるんですよ。(笑)


自分はいままでまったくと言っていいほど気が付きませんでした。盲点でした。このブッフェの存在は、今回の最大の収穫だったかもしれません。


ミューザ川崎にコンサートに行く場合は、大抵ミューザ川崎のビルの地下の食堂街か、あるいはラゾーナ川崎プラザのレストラン街で食事をとりますね。


でもカフェというか、ちょっとした休憩の場所って意外と少ないんじゃないかなと思うのです。いわゆるガッツリ食べるというお店はたくさんあるけれど、休憩したりコーヒーなんかでまったりして開演まで待ちたいというような軽いカフェって少ないのでは?


このブッフェは、まさにそんな開演前のちょっとした時間待ちにすごいあっている場所だと思います。


もちろん別にホテルに宿泊しなくてもこのブッフェでお茶や、食事をするだけでも全然OKです。


唯一難点は、ブッフェが開いているのが、ランチタイムとディナータイムのときだけで(それとブレックファースト)、それ以外はクローズドじゃないかな、という心配をしました。


ちょっと直接電話して確認してみました。


そうするとあとで説明するサマーミューザコラボレーションブッフェは、


(ランチ)

・平日 11:30~15:00(最終入店14:30)※時間制限なし

・土日祝 11:00~/11:30~、13:00~/13:30~の二部制 ※100 分の時間制限あり


(ディナー)

・平日 17:30~(最終入店20:30) ※時間制限なし

・土日祝 17:00~ (最終入店19:30)※120分の時間制限あり


こういう時間制限があるけれど、それ以外のティー関係やケーキなどのふつうのメニューは時間制限なくオールディズ1日中やっているとのことでした。


やったね!!!


ということは、ミューザ川崎でコンサートがあるときは、今後はこの「TERRACE and TABLE」で開演前までゆったり過ごせばいいですね。


自分は、今後せひこのブッフェを使わせていただきます。


じゃ、この「TERRACE and TABLE」を紹介しますね。


こんな感じです。


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エントランス。この反対側がホテルのエントランスになります。


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すごいステキでしょう~。


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外のテラス席もあるのです。


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こんな素敵な空間が、ミューザ川崎のすぐ横にあるんですから、もうこれは開演前のちょっとしたまったり時間に使わない手はありません。


そして、今回の最大の目玉がこれ。

サマーミューザコラボレーションブッフェ。


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ミューザ川崎にて開催される「フェスタサマーミューザ」に合わせて、音楽家にゆかりのあるお料理が召し上がることができることである。


モーツアルトやバッハ、ベートーヴェンなど、著名な音楽家が好んだ、あるいは食べたとされている世界のお料理で、クラシック音楽好きの方にもおすすめなのである。


これは絶対体験したほうがいい。



モーツアルトやバッハ、ベートーヴェンなど、著名な音楽家が好んだ、あるいは食べたとされている世界のお料理って具体的にどんな料理なのか?


全部で13種類のメニューがあるのだけれど、当日行って、どれがどのメニューで、ということがちゃんと認識しながら食べれるのかな、というのが、自分の当日までの心配であった。


で、実際現場に行って試行錯誤しながら、短時間で自分が取得したコツみたいなものを伝授しますね。


まず、音楽家にちなんだお料理の解説カードは、ここにあります!これを全13種類のカードをもらってきます。


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このカードに、その作曲家にちなんだお料理のことが写真付きで書いてあるんですね。カードの表が料理の写真、裏に詳しく説明が書かれています。


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で、実際ブッフェで取り皿で取り分けていくわけですが、コツは、この大皿で供されている料理の中にはこの音楽家にちなんだ料理と、そうでない普通の料理とチャンポンで混在して並んでいるということです。


音楽家にちなんだ料理は、このような札が立てかけてあって、もう一目瞭然でわかるのです。そうでない料理はなにもそういう札がありません。


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だからその札が立ててある料理だけを、まず自分のお皿に取り分けてくるのです。そうして、すでに手元にあるカードの写真とみて、これはどの料理で、その作曲家がそういう経緯で愛した料理なのか、というのを理解するのです。


最初はいちいちカードの写真で確認するのは面倒くさいな~と思うかもしれないけれど、すぐに慣れます。やっぱり13種類全品とも満遍なく体験したいですしね。



自分は全13種類のメニューを全部制覇しました。

順番に紹介していきますね。


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(左上)


フランツ・リスト

ウンガリシェ・クラウトウィッケル

ロールキャベツハンガリー風


リストの故郷、ハンガリーの家庭の味。ロールキャベツは母の手料理の中でもリストが好きな食べ物の一つでした。


これは美味しかったねぇ。ボクもロールキャベツ大好きなので。あのロールキャベツそのものの味でした。


料理参考文献:誠文堂新光社

「音楽家の食卓」野田浩資



(右上)


フランツ・ヨーゼフ・ハイドン

タッフェルスピッツ イン アスピック

牛肉のアスピック


ハイドンは母が元宮廷料理人で、美味しい料理を口にしていたようです。牛肉を煮込んだタッフェルシュピッツは皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の好物として知られており、当時のウィーン市民も皇帝にあやかって昼食によく食べていたそうです。苦労続きの若きハイドンも27歳で伯爵家の楽長就任後、口にすることができたそうです。


料理参考文献:誠文堂新光社

「音楽家の食卓」野田浩資



(左下)


ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト

シュワキネシュニッツエル ミット ピルツエン

豚肉の薄切りソテーきのこソース


モーツァルトの大好きだった料理。そして人生最後に味わった料理のようです。


料理参考文献:誠文堂新光社

「音楽家の食卓」野田浩資



(右下)


ヨハン・セバスティアン・バッハ

テューリンガー ブラットヴルスト

ドイツソーセージリンゴ添え


バッハは、子供のころにドイツのテューリンゲンの森に囲まれたアイゼンナハの街に住んでいたので名物のソーセージ「テューリンガー ラットヴルスト」が大好物でした。まだ、マスタードもケチャップもなかった時代、りんごを炒めたものが添えられていました。今回は「クラカウアー」「ボッグヴルスト」「グリルブラートブルスト」の3種です。


料理参考文献:誠文堂新光社

「音楽家の食卓」野田浩資



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(左上)


ヨハネス・ブラームス

フィッシュフィレ ナッハ ミュラリナート

白身魚のムニエル ベーコン風味


ベーコンのソースで頂くブラームスの故郷、ドイツ ハンブルクの味。ドイツでもこの地域の人々は魚が大好きです。


料理参考文献:誠文堂新光社

「音楽家の食卓」野田浩資



(右上)


ヨハン・セバスティアン・バッハ

ライプツィガー・アラライ

ライプツィヒの茹で野菜


現在もライプツィヒの伝統料理として名高い、温野菜の盛り合わせ。バッハが長い間生活をしてたライプツィヒの街の周辺は海がないため、川海老でエビバターを作り野菜を炒めていたようです。バッハはこの野菜料理を好んで肉の付け合わせにし、野菜を食べたようです。(今回は川海老を使っていません。)



料理参考文献:誠文堂新光社

「音楽家の食卓」野田浩資



(左下)


フランツ・ヨーゼフ・ハイドン

ワイサー シュバーゲルザラト

ホワイトアスパラガスのサラダ


オーストリア、ドイツ人にとって春を告げる大事な食材であるホワイトアスパラガス。1600年ごろからウィーン近郊で栽培されるようになったそうで、ハスブルク家のマリア・テレジアは旬の時期に毎日食したようです。


料理参考文献:誠文堂新光社

「音楽家の食卓」野田浩資



(右下)


ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン

リンドフライッシュサラト ナハ ライヒッシャー アルト

牛肉のサラダ ライン川風


ライン川中流地方ならではの珍しい牛肉のサラダ。パーティーなどでは必ずお目見えする料理のひとつです。貧しい幼少時代を送ったベートーヴェンでしたが、ピアノを教えていたブロイニング家では豪華な食事を楽しみ、この料理も味わったのではないかとのことです。


料理参考文献:誠文堂新光社

「音楽家の食卓」野田浩資


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(左上)


ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト

ゲルステンスッペ

大麦入りブイヨンスープ


モーツァルトが病気になった時に父が作ってくれたスープ。牛肉のスープに大麦を加えた粥のようなもので、モーツァルトは大好きでした。神聖ローマ帝国のレオポルト一世も好んだといわれるスープです。


料理参考文献:誠文堂新光社

「音楽家の食卓」野田浩資




(右上)


ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン

フィッシュ ウント アイ ベートーヴェン

白身魚とオムレツ料理ベートーヴェン風


ベートーヴェンの大好きだった卵と魚の組み合わせによるオムレツ料理。ベートーヴェン自身は卵6個を使ったオムレツや目玉焼きなどをよく食べていたようです。


料理参考文献:誠文堂新光社

「音楽家の食卓」野田浩資


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(左上)


ヨハネス・ブラームス

ザルツブガーノッケル

ザルツブルク風スフレ


ザルツブルクの郷土菓子ですが、ブラームスの母がよく作ってくれたブラームスが好きなデザートのひとつです。ブラームスは母が作った素朴なケーキやスフレが好きで、それ以外のデザートは受け付けないほど母の味が染みついていたようです。


料理参考文献:誠文堂新光社

「音楽家の食卓」野田浩資


(左下)


ヨハン・セバスティアン・バッハ

アプリコーゼンクーヘン

アプリコットのケーキ


子供のころはドイツのテューリンゲンの森に囲まれたアイゼンナハの街に住んでいたバッハ。日持ちする素朴な焼き菓子で、ドイツの家庭でお母さんが作る代表的なケーキです。


料理参考文献:誠文堂新光社

「音楽家の食卓」野田浩資


(右上)


ロベルト・シューマン

アプフェルクーヘン ミット ザーネグース

りんごとサワークリームのケーキ


ドイツ・ツヴィッカウ生まれのシューマン。ドイツではリンゴが一番ポピュラーな果物で多種多様なリンゴケーキのレシピがありますが、こちらは家庭でよく作るリンゴのケーキです。


料理参考文献:誠文堂新光社

「音楽家の食卓」野田浩資




全13品コンプリート!


いやぁどれもすごく美味しかったです。大昔の作曲家が食べたものだから、昔の食材を使っているというのではなくて、あくまで現代の食材を使って、昔の作曲家が大好きだった食べ物を再現しようという試みなんだと思います。


だから現代人の自分にとってなんら違和感なく、どれもすごく美味しかったです。


これはぜひみなさんに体験してほしいなぁ。


フェスタサマーミューザ期間の限定メニューです。2021.7.1 Thu.~2021.8.9 Mon.の期間です。








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ホテルメトロポリタン川崎 [クラシック雑感]

川崎は、やはり昔は煙突に煙もくもくの工場の町というイメージがどうしてもあったけれど、いまはもうそのような影は微塵もなく、もののみごとにイメージチェンジに成功した街なのだと思う。


自分は、やはりミューザ川崎に通ってクラシック音楽に接してきたので、「音楽のまち・かわさき」というのがずいぶん自然に自分の体の中にまったく抵抗感なく入ってくる。


とにかく駅周辺の新都市開発がどんどん進んでいって、新しい、明るい、若い、活気がある、この4拍子がもののみごとに歯車となって、いいリズムで動いている感じである。


とにかく開放感があって、元気があって、明るい。これがそのままミューザ川崎シンフォニーホールのイメージ、ブランディングにも影響を及ぼしていて、お互いいい相互効果を生んでいますね。


なにか新しいことにどんどんチャレンジしていく、という時代の最先端を突っ走っていくような元気の良さがありますね。


ここにくると、とても自分は元気をもらえます。ここにくると自分は背伸びしないでいられる等身大の自分でいられる安堵感があります。ホッとするエリアですね。


このようにコンサートホールとその立地エリアは、じつはとても大事な関係というか、それがコンサートホールのイメージやブランディングに影響を及ぼすものなのだ、ということを理解できたことが今回の”コンサートホールに所縁のあるホテルに宿泊しよう!”プロジェクトの大きな収穫であった。


今回は、たまたまサントリーホールとミューザ川崎だけだったけれど、東京文化会館、東京芸術劇場、東京オペラシティー、新国立劇場、そして室内楽ホールと、自分は全部同じようなプロジェクトをやってみたいです。


首都圏、いや地方も含めて日本のコンサートホール全部に平等に愛情を注ぎたいです。


とくに、自分がこれはたぶん間違いなく魅力的なレポーティングになると思っているのが東京文化会館。あの上野のエリア一帯は、自然豊かで美しい広大な上野公園、そして数々の美術館、歴史的建築物、そして東京藝術大学とまさに、芸術、クラシック音楽という雰囲気にもっとも適しているエリアなのではないか、と思うのである。東京都内でもこれだけ芸術の雰囲気を醸し出している、もっとも芸術に相応しいエリアは、ここ以外にないであろう。


東京文化会館は、サントリーホールができる前まで、まさに首都圏のコンサートホール文化の中心的役割を果たしてきたコンサートホールの殿堂的立ち位置だ。


自分にとって、東京文化会館といえば、どうしても近年は、やはり東京・春・音楽祭でお世話になることが多い。上野駅ナカのたいめいけんのオムライスを食べて、上野の春をここで過ごさないと、クラシックシーズンの幕開けと感覚にならないものである。


う~ん、なんか無性に東京文化会館について、同じプロジェクトをやってみたい衝動に駆られている。。。上野の場合、高級ホテルという感じではないですね。従来からの伝統ある和旅館という感じだな~。


まずあの周辺で、宿泊施設ってありましたっけ?(笑)



とにかく、そんな感じで「心のデトックス2日目」。やってきました。ミューザ川崎の左横にあるのがホテルメトロポリタン川崎である。


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そしてミューザ川崎。世界のマエストロが大絶賛するその抜群の音響と、その近代的で斬新な内装空間。日本が世界に誇るコンサートホールと言っていい。


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このミューザ川崎の空間デザインを設計した設計者の方の事務所に伺ってお話を聞いたこともあったけれど、創建時はまさにいろいろ苦労が多かったようだ。川崎にクラシックのホールを造って集客できるのか、とかふつうにエンタメのホールのほうがいいのではないのかとか、大反対の嵐だったとか。。川崎とクラシックをつなぐイメージ戦略がなかなか貧弱だった黎明期の苦労。いまのクラシックの街として繁栄している姿は、そんな先人たちのご苦労があってのことと我々も肝に命ずるべきであろう。


フランチャイズ・オーケストラも当初は読響だったとか。でも東響になって、ものの見事に花開いている。若くて、勢いがあって、新しいことにどんどんチャレンジしていくミューザ川崎をホームグラウンドにするに相応しいオーケストラへと成長している。



7月22日から「フェスタサマーミューザKASAWAKI 2021」がスタートする。東京緊急事態宣言なんかに負けずに大いに盛り上がりたいですね。


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自分は広上淳一&京都市交響楽団のコンサートで、このフェスに参加します。広上さん&京響に最後のお別れかな?


フェスタの公演でホールを訪れると、優待券が配られる。「パートナーショップ」提携をした近隣の約90店舗で使えるもので、割引、飲食物の一品サービスなど、サービスはお店によってさまざま。また、会場では前日の公演評やスタッフからのメッセージを盛り込んだPR紙「ほぼ日刊サマーミューザ」も配られており、このPR紙を楽しみに訪れるお客さんもいるそうである。


フェスタサマーミューザは、大学やお店など「ご近所さん」を巻き込むことで、少しずつ地域に根付いてきた。ホールの持ち主である川崎市が、音楽を都市プロモーションの切り札として位置づけ、一部の愛好者の楽しみのためにではなく、すべての人に開かれたイベントとして育ててきたからである。震災でホールが使えなくなっても別の場所で続けられたのは、運営スタッフがホールというハードの存在に頼ることなく、こまめに地元を回って人々とのつながりを深めていくなど、運営ノウハウというソフトの蓄積があってこそだそうである。



さて、ホテルメトロポリタン川崎。


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最初エントランスがわかりずらくて、どこから入るのか悩んだけれど、それは立て看板でホテルのロゴが隠れているからだったけれど、無事チェックイン。


ホテルメトロポリタン川崎は、JRグループのホテルで、全国のいろいろな都市にホテルメトロポリタンがあるけれど、それが今回、ミューザ川崎の横にできたのだと思う。


去年の2020年にオープンしたできたてホカホカのホテルです。すごい素敵なフロントのエリア。音楽のまち・かわさき、にふさわしいピアノが置いてあるのが好印象ですね。


ホテルメトロポリタン川崎の素晴らしいと思うところは、まずミューザ川崎での音楽体験とペアでの宿泊プランをかなりアピールポイントにしているところである。


これは自分はすごくいいなーと思うところである。


アコースティックの素晴らしいミューザ川崎でとても素敵なクラシック音楽体験をすると同時に素敵な一夜をこのホテルで過ごしてみませんか?という感じである。


フロントの横は、カフェになっていて、ここで、学生たちがノートPCを持ち込んで勉強しているなど微笑ましい光景でした。


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そしてチェックイン。アーバンクイーンルームである。


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ステキ、ステキ。これで朝食ブッフェつきで、15000円である。なんと庶民的なプライス。ホッとしますね。自分の場合これにディナーのブッフェを付けたので、プラス6000円で合計2万円ということになりました。


フェスタサマーミューザでの公演でも、このホテルとの宿泊セットのプランがありますよ。良心的な値段だし、ぜひご利用なさってみてはいかがでしょうか?


窓からは駅などを見下ろす感じの風景が広がる。


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やっぱりホテルってあたりまえだけれど、同じ配列で延々と続くので、エレベーターから自分の部屋に辿り着くのにひと苦労しますね。なぜか自分の場合・・・(笑)


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ホテル内をちょっと探検してみますね。


3Fだったかな?ジムや、コインランドリーやミーティング・スペースなどのラウンジがありました。


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ここでノートPCを使うこともできるようです。プリンターで印刷も可能です。


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最初これってなんなんだろう?という感じでよくわかりませんでした。


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でもよくよく見るとゲームなんですね。自分はなんか微笑ましくなりました。いまや家庭ゲーム機の時代に、昔のゲームセンターでのゲーム機みたいな感じでちょっとレトロな感じで微笑ましい。


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ステキなホテルで、夜もぐっすり。いいベッドで眠ると、本当に疲れがすっかり絞り出されます。うちにも広いベッド欲しいなぁ・・・


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朝食はブッフェでいただきました。ブッフェについては、また別日記で紹介します。アメリカン・ブレックファーストと和定食の折衷仕様ですね。美味しかったです。


このブッフェ、本当にお洒落で、いい雰囲気で、今回自分はすごいビックリしてしまいました。このホテルメトロポリタン川崎の最大の魅力ポイントって、じつはこのブッフェなんじゃないかな、と思うほどすごい素敵です。


自分はものすごく気に入ってしまいました。


このブッフェの存在ってじつはあまり知られていないんじゃないかなと思うのです。結構穴場なのでは?


ミューザ川崎のすぐ横にあるんですよ。(笑)


自分はいままでまったくと言っていいほど気が付きませんでした。盲点でした。このブッフェの存在は、今回の最大の収穫だったかもしれません。


朝食のときも、本当に若い女性客が多くて、華やかで、やはりこの素敵なブッフェを気に入ってくれているんだな、と思いました。



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ANAインターコンチネンタルのラウンジ [クラシック雑感]

今回の体験は、自分の今後のサントリーホール通いのプロセスに大きな影響を与えることになるかもしれない。もっとゆとりのある贅沢な気分でコンサートを迎えましょう、という・・・


しかし、ショックだなぁ。いままでは、なんだったんだという・・・


自分が悲しすぎます。


今回の”コンサートホールに所縁のあるホテルに宿泊しよう!”プロジェクトの最大のミッションは、このANAインターコンチネンタルホテル東京のラウンジを体験することであった。


まずホテルのラウンジを使うという発想が普段まったくないので、こんなところに、こんなオアシスのような場所があるなんて、というのがカルチャーショックであった。


ホテル内の通路パスを横に入っていく感じで、回転ドアを見つけないと、わからないだろう。なんかお忍びで、凄くいいところを教えてもらった感覚である。


高級ホテルというのは、普通ラウンジ、ティーラウンジというスペースが必ず存在するものなんですね。


ここが、ANAインターコンチネンタルホテル東京のアトリウム・ラウンジである。


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いやぁ子供時代の秘密基地を自分だけの楽しみと思うような感覚。こんなところにこんな素敵な場所があるなんて。



天井高14mの吹き抜けの空間で水と緑、光に囲まれたひととき‘水と光’をコンセプトとした天井高14mの吹き抜けの空間“アトリウムロビー”の中央に位置するラウンジで、待ち合わせや歓談の場所として適しています。


ホテルに宿泊していない人でも自由に使えます。


さすがに無料で利用する、という訳にはいかなく、利用するには、やはりワンドリンクのオーダーが必要になります。


このラウンジは、サントリーホールと提携しています。その日のコンサートチケットを見せれば、全オーダーとも10%の割引ディスカウントをしてもらえます。



すごい優雅な空間。

都会のオアシスですね。


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コンサート開演前の時間を、こんな空間で待ち、過ごせれば、なんかコンサート開演に向かっての心準備、鼓動の高まりもずいぶんお洒落で、素敵なものになるような気がします。


なんか別次元の世界ですね。いままでの自分がアホらしくなって悲しくなってきます。


仲間たち、みんなは、よくサントリーホールのコンサートの終演後に、このラウンジに集まって飲み物基本ベースで歓談しあったとか。(コンサートの終演後の感想戦とかでしょうか。)


そんなお馴染みのスペースだったそうである。


間違いなく、自分はその中にいなかったです。このラウンジは、自分は初体験です。


周りを俯瞰してみて思ったことは、外国人の方が非常に多いことですね。非常に国際色豊かです。全体の客層として、やっぱりビジネス、商談の場として、使われているような感じがしました。


このラウンジだけの話ではなくて、このホテル全般に言えることですが・・・。


ただ思うのは、やっぱり高いんだよなぁ~(笑)。

さすが赤坂、セレブなロケーションです。


メニューをさっと俯瞰してみると、コーヒー1杯で1400円とか・・・軽食も取れるようになっていて、サンドイッチ、スパゲッティ、カレー、焼きそばとか、至って普通の洋食メニューが並んでいましたが、どれも軽く2000円をオーバーしていたような・・・。


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自分はケーキセットをオーダー。2200円!


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今後はぜひサントリーホールのコンサートに来るときは、かならずこのラウンジを利用したいとは思うけど、その都度2000円以上が飛んでいくというのは、なかなか。(笑)


コンサートチケット以外の予備にかかる経費という感じでしょうか。(笑)


毎回は無理だけれど、この日はとてもお気に入りの最高潮にボルテージが上がる、そんなメモリアルな公演の日はこのラウンジを利用する、などの選別が必要かもしれませんね。


サントリーホールへのアクセスの途中にこんな都会のオアシスがあったなんて、まったくの想定外。


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みんな豊かな滞在空間をご存じだったんですね。

本当に自分の34年間の人生が悲しくなってきました。



でもこれから、必ずこのラウンジ使わせていただきます。

ようやくみんなと同じスタートラインに立てました。


自分はこの日から想い出を造っていきます。





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ANAインターコンチネンタルホテル東京 [クラシック雑感]

もともとのスタートはサントリーホールへのアクセスの仕方にあった。34年間桜坂ルートで心臓バクバクしながら、はぁはぁぜぃぜぃ言いながら通っていて、サントリーホールの行きは苦手だなぁというところが始まりであった。


そうしたら、そんなルートを通っているのはノンノンさんくらいで、普通はANAインターコンチネンタルホテル東京の敷地内を通っていくパスを使うんですよ、ということだった。


相当ショックだったです。(笑)軽いカルチャーショックでした。


そうすると、ANAインターコンチネンタルホテル東京は、みんながサントリーホールのコンサートに行くときは、ここのラウンジを始め、かなり利用頻度が高く、みんなの想い出の中心のような場所であることがわかった。


そうだったのか・・・


またしても軽いショック。


これは自分も同じ体験をして、同じスタート地点に立たないといけないと考えた。


どうせなら1泊しちゃう?


ということで、有言実行。


同時にミューザ川崎の横にオープンしたばかりのホテルメトロポリタン川崎もぜひ体験したいとずっと思っていたので、これもいっしょに実行することにした。


「コンサートホールに所縁のあるホテルに宿泊しよう!」


のプロジェクトの立案・実行である。


およそ5万円の実支払。


ホテル宿泊代+朝食ブッフェ代込みで、


赤坂3万円、川崎2万円


というところであろうか。


最初、赤坂のほうのホテルの1泊分のお値段を聞いたとき、「うわぁ、そりゃすごい、ありがとうございました。ガチャ。」という感じだったが、いま考えるとそんなに爆高い訳でもなさそうだ。


若い頃は相当無茶だったので、冒険として、いいホテルに1泊してみたいとかで、新宿のホテル・ハイヤットとか京王プラザホテルとかとか品川プリンスとか泊まったときはもっと凄かったような記憶がある。


そのときに比べると、ANAはそんなにすごい高い訳でもないかも?でもいつも1万円以下の安いビジネスホテル専門の庶民の自分には大冒険でした。


やっぱり自分がこのプロジェクトがすごくいいと思ったのは、いままで旅行と言ったら、新幹線代、航空券代、宿泊代はもちろんのこと、現地での交通費や飲食代、観光代、そしてコンサート代とか含めると、結構予算が分散されて、その限られた予算の中でやりくりをしていかないといけないのだけれど、今回のプロジェクトは、宿泊ホテルのことだけを考えればいい、他はかからないから、豪勢なホテルに泊まる体験さえできればいい、その分、ホテル代に注ぎ込むことができる。。。そういうメリットがあることがわかったのであった。


心のデトックスである。こりゃ結構いいな、こういうのもありだなと思いました。


もちろん高級ホテル宿泊だけをやるだけの金持ちではないし、予算体力もないですから、やはりコンサートホールに所縁がある、というところが大きな拘りになりました。それがなかったら、まずやれなかったし、やる気もなかったです。



ホテル宿泊のみで贅沢な気分を味わうというのは、今後の新しい旅行スタイルになるのではないでしょうか?コンサートホールに所縁のあるホテルであれば、コンサートの余韻を素敵なホテルの部屋での一泊とディナーで・・・という感じである。


今回体験してみて、新たな発見だったのは、コンサートホールって、じつはその立地エリアの雰囲気の影響がかなり特徴的で、それが、そのホールのイメージやブランディングにすごい影響を与えているのではないかと思ったことである。


赤坂のサントリーホールに川崎のミューザ川崎。


いままでは、自宅から交通機関に乗って、ただそのホールに通うだけだから、あまり自分で意識したことはなかったけれど、今回その立地エリアのホテルに宿泊することで、なんかすごいその付近のエリアの雰囲気が強烈に自分に襲いかかってきた。


赤坂は、やっぱり東京都内の1等地だけあって、独特のブランド感、富裕層感が漂っていて、雰囲気的に呑まれそうなプレッシャーを感じます。


政界の大物たちが夜遅く密会、集う街、赤坂。独特の高級感ありますね。


それがそのままサントリーホールのイメージに繋がっていますね。サントリーホールは、そういう独特のブランド感、高級感が漂っていて、自分はそこがこのホールの一番好きなところです。コンサートーホールのパイオニア的な存在で、その存在に重厚さがありますね。



ミューザ川崎の川崎は、これまた雰囲気がちょっと違うんですね。ホテルなど、本当に同等レベルのすごいゴージャスなんだけれど、そんな圧迫感を感じないし、自分のマイカテゴリーという優しさを感じます。背伸びしないでいられる等身大の感覚がなんともホッとする。


そしてなによりもあのエリア自体が新開発ですごく新しくて、ものすごく明るいイメージ。活気があって、なんか若々しさを感じる。老年の自分にとっては本当に眩しすぎるくらい明るい。気持ち的にパーッと開けるような感じですね。


そしてそのイメージがそのままミューザ川崎シンフォニーホールのイメージやブランディングに影響を与えていますね。日本が世界に誇る最先端のコンサートホール。抜群のアコースティックと斬新でモダンな空間デザイン。時代の最先端を突っ走る勢いみたいなものを感じますね。


このホールは明るくて、活気にみなぎっています。これって、やはりあの立地エリアのあの雰囲気がそのまま大きな影響を与えているのでは、と思うのです。


コンサートホールとその立地エリアの雰囲気が、こうもそのホールのイメージに影響を与えているものとは思ってもいなかったです。


今回は、この2つのホールだけでしたが、改めて、東京文化会館、東京芸術劇場、東京オペラシティー、新国立劇場、そして室内楽ホールも含めて、全部同じプロジェクトやってみたくなりました。


各々のホールで所縁のある宿泊施設に泊まって、改めてじっくりとその立地エリアの雰囲気を堪能して、そしてそこに佇むコンサートホールのイメージ、ブランディングについて考察してみたいです。(笑)


いままで自宅からのただの通うプロセスだけでは、到底見えてこない新たなホールの姿が見えてくると思うのです。



でも爆発して一気に大放出だから、また切り詰めに切り詰めの節制の日々の開始ですね。しばらくの間おとなしくしています・・・。



そんな今回のプロジェクトの発端になった赤坂のANAインターコンチネンタルホテル東京。すべてはここから始まった。ここが発信源であった。


銀座線の溜池山王駅から13番出口の地上出口のところにあるホテルである。


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ますその凛とした佇まいにちょっと怖気ついてしまう。(笑)

この横からの回転ドアから入ります。


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そうすると左側にラウンジ、正式名:アトリウムラウンジが見えてきます。ここはこのANAインターコンチネンタルホテル東京の中でもっとも大切な場所ですので、別日記で書きたいと思います。


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初めてなので、いろいろコンシェルジェの方々に聞いて、いろいろ説明してもらいました。上品な語り口で、スラスラと能弁な説明、さすがプロフェッショナルなスタッフだと思いました。


エレガントです!!!さすが高級一流ホテルだけあります。


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まさに高級グレード感漂うホテルフロント。ヨーロッパでもそんな高級ホテル泊まらなかったです。ボクは実用主義なので。


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今回せっかく泊まるなら、という大事なミッションがあった。それは東京タワーの姿がお部屋から丸々見えること。どうせ泊まるならそういう部屋にしたかった。


予約のときにその旨の希望を出したところ、チェックインのそのときになってみないとわからないとのこと。部屋のクリーニングや空き状況に応じての案内になるからだそうである。


そうしたら、そのフロントで嬉しい一言が。。。


「クラシック・タイプ&クイーン・ベッドのお部屋から、エグゼクティブ・デラックス&キング・ベッドのお部屋に無償でアップグレードさせていただきました。」


うわぁ、そりゃ嬉しい。

でも身分不相応。(笑)


でもそのホテル側の嬉しい配慮にすごいうれしかったです。

こちらの熱意が伝わったんですね。


でも一生に一度の贅沢なのでいいのではないでしょうか?

申し訳ありませんが今宵は、思う存分はしゃがせていただきます、と思いました。


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なんか、こういうグレードの高い部屋にいると海外にいるような錯覚を起こします。じつにひさしぶりの感覚だよなぁ。


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東京タワーは見えます。でも自分がイメージしていたのとちょっと違うかも?やっぱりここは都会のど真ん中なんですよね。どうしても高層ビルの乱立がありますね。自分はもっと東京タワーだけが、ポツンと立っている絶景をイメージをしていました。でも全然十分。


写真だとどうしても目の前に迫ってくるようなリアル感、臨場感が出せないんですね。実際はもっと大きく迫ってくるような感じで、じかに肉眼で見ているほうが、見応えがあります。


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ANAインターコンチネンタルホテル東京は、世界100か国に5000以上あるIHGのホテルで、フロントでIHGのメンバーズ会員になることを勧められ、登録しました。宿泊する度にポイントがたまりメルアドにいろいろな情報が送られてくるそうです。


どうせ、この1回きりの宿泊でしょうが、なんか富裕層になった気分です。(笑)


スマホにIHGアプリをダウンロードすると、その公式HPが見れます。そしてホテルでメルアドを申請しましたので、パスワードを設定してすっかり自分もIHG会員。今回の1泊で1000ポイント溜まっていました。



エレベーターもルームカードでかざさないと動かなかったりして、しばらく悩みました。(笑)川崎のホテルでもそうでしたので、最近のホテルのセキュリティはみんなそうなんですね。海外のホテルに行くと、このパターン多いですね。部屋に行ってどうやって水が出るんだ?とか、いろいろ悩むケース。日本と違って海外は丁寧に説明ないし、それが当たり前とか思っているから。国によっていろいろ考え方ありますね。海外に行くと、まさしく珍道中という感じになりますね。


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大きなホテルなので、規則正しい似たような風景が並び、エレベーターから自分の部屋までたどり着くのがひと苦労です。その逆もこれまたひと苦労。


このホテルの色彩カラーは、ブラウンですね。非常に落ち着いた大人の空間です。


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フロントは2Fにあるのですが、ここはひとつのブティック街になっています。


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うわぁ、眩しすぎる。お洒落な洋服とは無縁な人生の自分には、縁遠すぎますね。(笑)眩しすぎます。。。


ここが三原さんが言っていたパン屋さんですね。すごいお洒落なパン屋さんです。なんか雰囲気ありますね。やっぱり若い女性客が多かったです。


三原さん言うには、コンサート終演後に、このパン屋さんに寄ってパンを調達することもあったとか。でもいまはコロナ禍なので、20時には閉店してしまいます。


自分もこの日の夕食は、なるべくお金を使いたくなかったので、このパン屋さんでパンを買って夕ご飯としました。


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4Fにはフィットネス・クラブがあります。24時間フル稼動してます。


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このホテルには、ガーデンプールといって、ホテル内にプール施設があるのです。ここがこのプールの受付です。9月20日まで!


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36Fには、フレンチ・レストラン、ビエール・ガニェールが鎮座します。凄いですねぇ、いかにもエグゼクティブ御用達という感じです。フルコースをオーダーすると、1泊代より、さらにその上を行きます。


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同じ36Fにはちぇりさんがよく終演後に通っていたMIXX バー&ラウンジがあります。ここはいま休業中なんですね。たぶんコロナ禍の要因もありますね。



最上階37Fには鉄板焼きの「赤坂」があります。予約のとき、フレンチのフルコースがあまりに高いので、尻込みをして、いいです、と断ったら、それでは鉄板焼きはいかがですか、と勧められたものです。でもやはりお値段がフレンチほどではないにしろ、やっぱり凡人の自分にはあまりに障壁が高すぎて・・・


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なんと個室もあります!


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ちょっとこの空間に長居していると、あまりのセレブな雰囲気で窒素しそうなので、外に出てちょいとひと休み。この日も、沖澤のどかさん、日本フィルのコンサートがありました。


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ちなみにこのとき思ったことは、貧乏人だから、いかにお金を使わずして一流ホテルを体験するか、という路線で自分は行く。でも客層は想像以上にみんな全然カジュアルで、チェックの柄のシャツとか、本当に?ていうくらいの拍子抜け。ITビジネスで大儲けした強者の若者なのだろうか、というほど、みんな若くてカジュアルな装いでした。


なんか一流ホテルということで、暑いのにジャケットを着用して行った自分がかなり悲しかったです。



またフロントの2Fに戻り、ラウンジの横は、朝食、昼食、夕食を食べられるブッフェ(ビュッフェ)になっておりました。すごい高級感あるブッフェですね~。


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チェックアウトの日の朝ごはんはこのブッフェでいただきました。最近学んだアメリカン・ブレックファーストに和定食の折衷タイプです。日本のホテルでは、ごくごく自然なスタイルですね。ボクは、やはり朝ごはんはご飯と味噌汁でないとダメな人です。


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部屋に戻って、じっくりとエグゼクティブ・デラックス&キング・ベッドのお部屋を堪能。ここで自分がしみじみ感じたこと。


それは人間、広い部屋に住まないとダメだということ。やっぱり開放感というか、頭のつっかえ感、ストレスフリー感覚がもう全然違う。頭がスーと広がる感じで、もう脳の働きが全然違う。もう脳みその回転速度がフル回転である。


自分は思うのである。


やはり世の中って、お金持ちで豪邸に住んでいる人が、自然と頭の回転もよくなって人間性的にもゆとりのある人間になるんだろうな、ということ。


悔しいです。やっぱり下剋上なところを期待して人生歩んでいるので、なんか世の中の条理みたいなものを突き付けられた感じで悲しいです。


こういう環境で、在宅勤務などをしたら、もう最高なのではないでしょうか。ワーケーションというやつですね。仕事の能率ももうすごい効率アップだと思います。


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もと放送屋さんとしては、テレビのリモコンで一般放送と海外放送というボタンの分け方をしているのが、ちょっと不思議と言うか違和感でした。まぁ普通にCNNとかでしたが。


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部屋常備のミネラルウォーターもあります。


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そして記念すべき、ANAインターコンチネンタルホテル東京の初夜は、東京タワーのライティングの夜景がまるまる堪能できるお部屋で、素敵な一夜を過ごしました。


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写真で写すと、どうもダメ。あのリアル感、臨場感が出ませんね。十分お伝え出来なくて申し訳ないです。



でも、ANAインターコンチネンタルホテル東京に宿泊して、東京タワーが丸々見える部屋で一晩過ごすなんて、なんてロマンティックなんでしょう!


1人ですが・・・(笑)


カップルで行かれると最高だとは思います。



キングサイズのベッドはさすがに爽快。朝起きたとき、いっきにいままでの疲れがドッと出た感じで体中が軽い筋肉痛になっていました。


これまた、いままでにない体験。


これまた世の中お金持ちの人ほど、健康体になるという不条理な現実を突きつけられた感じです。


サントリーホールのコンサートに来たときは、仲間たち、みんなの共通の想い出の場所、ANAインターコンチネンタルホテル東京。


自分も体験できました。また1泊することは果たしてあるのかどうか、かなり微妙ですが、いい経験でした。


素敵なホテルでした。





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コンサートホールに所縁のあるホテルに宿泊しよう! [クラシック雑感]

サントリーホールへのアクセスって本当に無限に可能性があるんですね。本当にどの駅からもアクセスできるある意味中途半端なロケーションなので、いろいろな可能性があることが、今回の一連の日記でわかりました。


溜池山王、六本木一丁目、赤坂、神谷町・・・桜坂ルート、ANAインターコンチネンタル東京ルート・・・


そこでみんなのコメント、意見をいろいろ拝見すると、サントリーホールにとってANAインターコンチネンタル東京のホテルがとてもキーポイントの箇所だ、ということがわかってきました。ゴローさんに引き連れられたオーディオ仲間たちは、サントリーホールの公演の後は、必ずこのホテルのラウンジで飲めや食べるやの大騒ぎだったという。ひとつの憩いのたまり場だったんですね。


もうサントリーホールといえば、みんなの想い出がこのホテルに集約されていることもよくわかりました。


そしてコンサートの開演前は、このホテルのラウンジでちょっとハイソな気分を味わいながら、コンサートへの期待で密かに高揚しながら、待たせてもらったことが何度かありました・・・。


ラウンジで、周りをながめながら、あの人もコンサート待ちなんだろうなぁと、思いながら待つのがちょっと楽しいです・・・。


このみんなの口から異口同音に出てくるANAインターコンチネンタル東京の"ラウンジ"とはどういうとこなのか?貧乏人の自分には、縁が遠い世界な感じ。


こうなったら一泊してみる?(笑)


ANAインターコンチネンタル東京


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ANAインターコンチネンタルホテル東京は、世界約100カ国に5,000以上のホテルがあるIHG(InterContinental Hotels Group) のホテル。


ANAインターコンチネンタルホテル東京は、赤坂、六本木、霞ヶ関を背景にした国際的、文化的な空間アークヒルズに位置し、ビジネスや観光に絶好の拠点としてご利用いただけます。


ひとえにANAインターコンチネンタル東京と言っても、東京のいろいろな箇所にある訳であって、自分が宿泊を目指すのは、サントリーホールへのアクセスでキーポイントになってくる銀座線 溜池山王駅13番出口のところのホテルである。


さっそく宿泊予約の電話を入れてみた。

恐る恐る宿泊料金を聞いてみた。


女性スタッフ「1泊〇万円でございます。」

ノンノン「うわぁ、そりゃすごい。ありがとうございました。やっぱりやめときます。ガチャ。(笑)」


てな感じである。


でも電話を切った後、1分間ぐらいモヤモヤな気分。これだけ日記で盛り上げておきながら、高かったのでやめときました、じゃ男が下がる、というか面目が立たない。これでも男なので変な意固地なプライドが自分の理性を狂わせ邪魔をする。


いつもは無理だけれど、1回は体験しておくべきなのではないか?サントリーホールのことを自分のものにするには、このホテルに宿泊して、みんなの想い出と同じ場所に立つべきなのではないか・・・というようなことを考えた。


2分後にふたたび電話をして、やはり宿泊することを伝えた。女性スタッフは笑っていた。


清水寺の舞台から飛び降りるつもりである。


自分が予約したのは、クラシック・タイプでダブルルーム。そうして、特別オーダーとして東京タワーの全姿が丸々見える部屋で、夜になるとそのライティングが楽しめる部屋というオーダーをした。


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東京タワーの件は、確約できないけれど、その旨のことはしっかりと伝えておくとのこと。なぜかというと、部屋の掃除、クリーニング状況によるところが多く、チェックインのときにその部屋の空いていく順番の状況によって当日じゃないとわからないとのことであった。


運に任せよう!


15:00チェックインである。


ところでホテルに宿泊するのはいいけれど、なにをやるの?(笑)

まったく未定。


とりあえずノートPCは持っていこうと思っている。もちろんサントリーホールのオルガンのトートバックで運んで持っていきます。


ANAインターコンチネンタル東京のことを、よく体験したいから宿泊するのであって、いろいろホテル内を散策して探検することに費やそうと思っています。


実況生中継します。


まず、みんなの想い出の中心にある”ラウンジ”とはどんなところなのか?

ネットでググってみた。


そうしたら・・・


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ちょちょちょっと!(驚)


アトリウムラウンジ/ANAインターコンチネンタルホテル東京


天井高14mの吹き抜けの空間で水と緑、光に囲まれたひととき‘水と光’をコンセプトとした天井高14mの吹き抜けの空間“アトリウムロビー”の中央に位置するラウンジで、待ち合わせや歓談の場所として適しています。


ゆったりとしたソファ席やモバイルパソコンが使いやすい高さのテーブルと椅子を配した席など、緑に囲まれた心地よい居住空間の中で、種類豊富なお飲み物や軽食をお楽しみいただけます。


一杯のコーヒーの味わいを大切にしたホテルブレンドコーヒーをはじめ、クオリティの高い紅茶やハーブティー、中国茶などによって充実したティータイムをお過ごしいただけます。



ちょちょちょっと!(驚)


なんで、みんなそんなにハイソな生活をしているの?

ここにいるだけでお金かかるだろう、高いだろう?

なんで、みんな、そんなに金持ちなんだ?


みんなにとって、サントリーホールといえば、このANAインターコンチネンタルホテル東京のアトリウムラウンジが大事な想い出の場所らしい。いつも憩いの場所だったらしい。開演前にここで休憩するのが常だったらしい。


ボクは改めて、みんなの育ちの良さというか、高級階層な方々であったことをすごく誉に思うのである。


自分は34年間、ひたすら桜坂ルートではぁはぁぜぃぜぃ言いながら、着いたらホール前のテラス席で心臓のバクバク鼓動を抑える・・・そんな生活をしていたのに・・・である。


いまだからはっきり言おう!


みんなで飲めや食べるやの大騒ぎしている中には自分はいなかったと思います。

自分はこのラウンジはまったく体験したことがないです。


これはぜひ当日体験したい、と思う。

これでみんなと同じスタート地点に立てる。


さて、宿泊するはいいけれど、食事はどうするか?

電話でホテル内のレストランの紹介を受けた。


自分はその中でフレンチ・レストランがいいと言った。


ANAインターコンチネンタルホテル東京の中には、たくさんのレストランがあるが、その中のフレンチレストランと言えば、ビエール・ガニエルである。


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こっこっこれは・・・(滝汗)


フルコースのディナーだと、軽く一泊分をはるかに超えるすごい額。

ちょちょちょっと無理です・・・。


いまだに夕食についてはノーアイデア at the momentである。

しかたがないから外で安いところで食べるか・・・


朝食はブッフェがあるので、そこでいただく予定。


なんか波瀾万丈の予感である。

なんだかんだと言って、宿泊以外にいろいろ出費してしまいそうだ。



サントリーホールとこれば、当然やっぱりミューザ川崎も取り上げないとダメだろう。


じつは去年2020年にミューザ川崎ホールのすぐ真横にホテルメトロポリタン川崎という、これまたゴージャスなホテルがオープンしたのだ。


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ホテルメトロポリタン川崎の素晴らしいと思うところは、まずミューザ川崎での音楽体験とペアでの宿泊プランをかなりアピールポイントにしているところである。


これは自分はすごくいいなーと思うところである。


アコースティックの素晴らしいミューザ川崎でとても素敵なクラシック音楽体験をすると同時に素敵な一夜をこのホテルで過ごしてみませんか?という感じである。


JRホテルグループの一環ですね。全国にホテルメトロポリタンはたくさん存在するけれど、その中に川崎のホテルがミューザ川崎の横にできた、ということであろう。


とても新しくて綺麗な素晴らしいホテルである。


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自分はこのニュースを知ったときいつかは体験したいなーと思っていたので、これはせっかくの機会だから、もうこちらも行っちゃえと言うことで予約してしまった。


アーバンクイーンルームである。


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こちらは赤坂のホテルと比べるとずいぶん良心的でホッとした。

これくらいなら庶民の自分も懐に優しいホッとする値段である。

もう即決である。



今月22日より始まる「フェスタサマーミューザKAWASAKI 2021」。今回、特別にこのホテルメトロポリタン川崎とミューザ川崎とコラボレーションをして、7月26日・27日・28日の鑑賞チケットが付いた宿泊プランもご用意しているとのこと。


こういう戦略がとてもこのホテルらしくていいと思います。

音楽ファン、クラシックファンにとって堪らないと思います。


フェスタサマーミューザは、自分も参戦する予定である。

もちろん広上淳一&京都市交響楽団の公演である。


広上さんのラストシーズン。ボクはこの公演でさよなら、ご苦労様を伝える。

大いにこのフェスを盛り上げたいと思っている。


このホテルメトロポリタン川崎に来たらぜひ体験してほしいスポットがある。


それはブッフェの「サマーミューザコラボレーションブッフェ」


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このブッフェは、別にホテルに宿泊しなくてもこのブッフェで食事をするだけでも全然OKだと思いますよ。


なにが素晴らしいか、というと、ミューザ川崎にて開催される「フェスタサマーミューザ」に合わせて、音楽家にゆかりのあるお料理が召し上がることができることである。


モーツアルトやバッハ、ベートーヴェンなど、著名な音楽家が好んだ、あるいは食べたとされている世界のお料理で、クラシック音楽好きの方にもおすすめなのである。


これは絶対体験したほうがいい。


自分はホテル宿泊よりも、こちらにかなり惹かれている。


モーツアルトやバッハ、ベートーヴェンなど、著名な音楽家が好んだ、あるいは食べたとされている世界のお料理って具体的にどんな料理なの?


HPの情報からちょっと紹介してみますね。



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フランツ・ヨーゼフ・ハイドンゆかりの料理

「Tafelspitz in Aspick(タッフェルスピッツ イン アスピック)」

タッフェルシュピッツのジェリー寄せ




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フランツ・ヨーゼフ・ハイドンゆかりの料理

「Weißer Spargelsalat(ワイサー シュパーゲルザラト)」

ホワイトアスパラガスのサラダ




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ヨハン・セバスティアン・バッハゆかりの料理

「Thüringer Bratwurst(テューリンガー ブラットヴルスト)」

テューリンゲンの焼きソーセージ



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ヨハン・セバスティアン・バッハゆかりの料理

「Leipziger Allerlei(ライプツィガー・アラライ)」

ライプツィヒの野菜料理




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ロベルト・シューマンゆかりの料理

「Apfelkuchen mit Sahneguss(アプフェルクーヘン ミット ザーネグース)」

りんごとサワークリームのケーキ




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ヨハン・セバスティアン・バッハゆかりの料理

「Aprikosenkuchen(アプリコーゼンクーヘン)」

アプリコットのケーキ


素敵でしょう!


これだけを体験するだけでも、クラシック音楽ファンにとっては堪らないと思います。音楽の街かわさき、ミューザ川崎とのコラボレーションならではの相乗効果だと思います。


ランチで4000円、ディナーで6000円。


庶民感覚の値段でいいと思います。

自分は全部食べてみたいです。(笑)



毎日食生活を切り詰め、欲しいものも我慢し、行きたいコンサートも極力最小限に留め、血のにじむような節制生活を続けてきた自分。


いままで節約した毎日を過ごしてきて、いかにお金を貯めるかを考えてきたのに、こんな一瞬のひらめきで大放出してしまうとは!(笑)


人生こんなものである。


これで、今年予定していた国内旅行の旅費は軽く吹っ飛ぶのではないだろうか?


旅行楽しみにしていたのに・・・







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衝撃の真実 ! [クラシック雑感]

先日サントリーホールの行きが超苦手ということで、心臓破りの坂「桜坂」のルートで行っていることを日記に書いたら、なんでそんな道行くの?ってな感じで、じつはもっと公式のルートがあることを教えてもらった。


桜坂のところを左折するのではなく、そのまままっすぐ行くとエスカレーターがあって、ANAインターコンチネンタル・ホテルの中をくぐり抜けて、アーク・カラヤン広場にでるというアクセスだ。


正直に言うと、そのことを知ったときはちょっと自分はその事実を受け入れ難かった。


今日、さっそくその公式ルートを自分の眼で確認するために取材に行ってきた。


まず、銀座線溜池山王駅13番ホーム出口からドトールコーヒー。すべてはここが起点である。


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ここの桜坂を左折しないで、まっすぐ行くと、あった!ANAインターコンチネンタル・ホテル。そしてエスカレーター。みんなこのことを言っているんだな。


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さっそくエスカレーターに乗ろうとしたら、本日運転中止。(笑)


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階段を上がったところはANAインターコンチネンタル・ホテルの敷地内だ。その敷地内の縁の通路をずっと歩いていく感じだ。左側はANAのカフェ。かなり大きなカフェでお洒落な雰囲気であった。この通路をまっすぐ歩いていく。


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そうすると左折する感じでこんなところに出くわす。


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そのまま歩いていくと左側は、これまたどこからのゲートとの連絡通路になっている感じである。


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そこを無視していさい構わずまっすぐ歩いていく。ひたすらまっすぐである。


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行き当たり左折するところで左折する。


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そうするとこれまたまっすぐ歩いていく。


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そうするとなんと!アーク・カラヤン広場のこんなところに出るのである。自分が終演後、六本木一丁目の駅に向かうときに使っている通路である。それがこんなところと繋がっているとは!


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つまりサントリーホールをこの角度から近づくことになる。


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みんな、こっち使っていたの?(笑)


確かにホテルの敷地内を通っていくだけだから、水平で起伏はまったくなく、全然心臓に負担はない。めちゃめちゃ楽ちんである。


ちょっと自分はこの事実を受け入れることがすぐにはできなかった。


自分は1987年に東京に上京してきて以来、サントリーホールへの行きはずっと桜坂ルートを使ってはぁはぁぜぃぜぃ言いながら、なんでサントリーの行きってこんなにしんどいの?と思いながら、34年間過ごしてきたのだ。


確かに天下のサントリーホールに入るのに、あの裏口からコソッと入る感覚がおかしいよなぁと思うことは常であった。(笑)もっと正面から堂々と入りたいというか。。。



これはまさに衝撃の真実!である。


でもみんなにとっては、これは至極あたりまえのことだったんですね。(笑)


オレの34年間をどうしてくれる!


両親から「じつはお前はお父さん、お母さんの子供ではないんだ。血がつながっていないんだ。」と宣告されたようなものである。


もしくは、太平洋戦争終戦28年目にして、グアムで生存発見された横井庄一さんのような気持である。


34年経過して、初めて知るこの事実。

あまりにショック過ぎる。


サントリーホールの公式HPでアクセスを確認すると、確かに溜池山王駅からルートはこのルートを推奨している。


いったいなんでこんなことが起こったのか?なんで34年間もずっと知らないできたのか?


自分なりに解析してみた。


それはインターネットが普及してきた1995年頃と関係があるのではないか、と思うのだ。いまでこそ、いつも定番の馴染みのあるコンサートホールに行く場合は、暗記しているからそのまま行くけれど、慣れないホールの場合は、一応下車駅とか、ルートを公式HPで確認する。


ここはインターネットで検索ということが至極当然の行為であった。


でもサントリーホールが開館したのは1986年、自分が東京に上京したのが1987年、自分がそこからサントリーホールに通い始めたわけだが、そのときはインターネットというツールが世に普及していなかったのである。


つまりサントリーホールの場合、なんかその初めのときに、自分が溜池山王駅で降りてから、人に聞いたりしてそのときに桜坂ルートを自分で開拓してしまったのだと思う。


それ以来、桜坂ルート一筋で34年。


インターネットが開通、普及しても、いまさらサントリーホールのアクセスのことを調べようという気も起きなかったのであろう。もしそのときなんかのキッカケで、公式HPのアクセスを確認していればな~んだ、こんな行き方もあるんだ!、と気づいていたのかもしれないのに・・・


サントリーホールのアクセスを調べようという気は、いまさら感満載でまったく頭になかったのだと思う。


こうやって自分で解析してみないと、とてもでないが、この衝撃の真実を自分で受け入れられないのである。


サントリーホールはあまりにあたりまえすぎる首都圏のメインホールである。もう何回通ったかわからないくらい星の数ほど通っている。


そこが盲点だったに違いない。その後、SNSなんかでそのアクセス・ルートが話題になることもほとんどなし。気づかないでいままできた、ということなのだろう。


オレの34年間返してほしいね。(笑)


でもその分、ずいぶん運動になった。

健康にいいのは断然桜坂ルートである。


このルートを一度でも経験した者は、おそらく二度とこのルートでは行きたくない、と弱音を吐くであろう。それだけ過酷なルートなのである。


自分はそれを34年間続けてきたのである。

このルートを開拓した自分を褒めてあげたいです。


ドトールコーヒーを通ったあとにすぐに表れるこの桜坂の標識。


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ここを左折するか、まっすぐ行くかで運命は大きく変わる。

意固地な性格のオレは、やはりこれからも桜坂ルートで行くかもしれない。


子供の頃にしつけられた癖はなかなか治らないものである。

この歳になって、いまさら自分を変えるのはなかなか難しい。

年寄りはそれだけ柔軟性に欠けるのである。


やっぱりあの心臓破りの坂をはぁはぁぜぃぜぃ言いながら、しんどい想いをしながら、サントリーホールの裏口から入らないと、今宵はサントリーホールでコンサートという気分になれないのかもしれない。


三原さんが言っていたホテルの出口のところのお花屋さんは見つけることができませんでした。


今日、この公式ルートの写真撮影に銀座線の溜池山王駅に出かけたら、またしても遭遇。(笑)


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これで3回連続である。

音楽の神様は、確実に自分の周りで見守っていて護ってくれている。


ありがたや。ありがたや。


きっと近いうちに、またいいこと、感動することが起きるに違いない。



追伸:


今日この新しいルートで、アーク・カラヤン広場に出るところにとても雰囲気のいいお洒落なカフェを発見しました。アークヒルズ・カフェというらしいです。ふだんカラヤン広場のこんなところまで来ないので、まったく気づきませんでしたが、新しい発見。今度チャレンジしてみます。


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心臓破りの坂 [クラシック雑感]

サントリーホールの行きが超苦手である。サントリーホールは1986年の開館時はそれこそ交通アクセスの便がかなり不便な中途半端な場所にあった。いまでこそ、最寄り駅として銀座線の溜池山王と、南北線の六本木一丁目という2つの駅ができたことによって、随分助かっているところがある。


よって、いまサントリーホールに電車で行こうとするならば、銀座線の溜池山王を選ぶか、南北線の六本木一丁目のどちらかを選ぶという選択肢になる。


人によって、そのアクセスは様々だと思うが、自分の場合、行きは溜池山王、帰りは六本木一丁目なのである。1987年の東京への上京以来、この慣わしを変えたことはない。一貫してずっとこれである。


行きに溜池山王を選ぶ場合、いわゆる「心臓破りの坂」があるのだ。


これが自分は大の苦手。


今日はサントリーホールでのコンサートだなと思うと、家を出かける前に、かなり憂鬱でブルーな気分になる。「はぁぁぁ~」という感じである。


でもこの心臓破りの坂を上っている間、周りの景色はとてもお洒落なのである。植樹などの緑が美しく調和されていて富裕層、高級ブランド・エリアという、さすが、赤坂・六本木という佇まいで、自分はこの坂を登っている間、息ははぁはぁぜぃぜぃで苦しいけれど、その目に入ってくる景色の美しさで癒されているところがあって、苦手だけどじつは大好きというとても複雑な心境になる。


溜池山王からサントリーホールへは結構歩く。でも六本木一丁目からはサントリーホールはすぐである。


それであるならば、行きも帰りも六本木一丁目にしてしまえば、いいだけの話ではないの?と思うかもしれない。でもそんな単純なことでもないのである。


自分が住んでいる最寄り駅から都心に出る場合、東横線で渋谷に出て、渋谷から銀座線で溜池山王に行くのが1番スムースだし、気持ち的にストレート。なによりも電車を待つ必要がない。行けばかならず待たずしてその目的の電車がやってくる感じである。


でも六本木一丁目に行こうとするならば、途中駅で東急目黒線~南北線に乗り換えなえていかないとダメなのだが、まずピンポイントでその電車を待たないといけない。なにも考えず行けば、かならず待たずしてやってくる、という電車ではないのだ。そうすると、事前に時刻表でジャスト・タイミングで抑える必要が出てきて超面倒くさい。


自分はこういうのは苦手である。なにも考えずに電車の乗り換えはしたいものだ。


あと、昔、ちょっと試しにサントリーホールへの行きを六本木一丁目にしてみたとき、慣れないせいか、地下鉄の地下改札から地上に出るまで迷った経験がある。ホールはすぐ近くなのに、随分迷路で悩んでしまった。


やっぱり苦手だなぁと思った。六本木一丁目は、やはり終演後の帰路だな、と思った。


そしてなによりも行きに溜池山王を使う理由は、銀座線を使うからである。銀座線を利用すると、あのレトロ車両に出会うかもしれない、というワクワク感があって、もし出会ったときの幸福感など、他に替えがたい楽しみがある。


自分が銀座線を使うのは、サントリーホールで溜池山王に行く場合と、京都銀閣寺ますたにの日本橋本店に行くときの2つの目的のときのみである。


このなにげない”プチ幸福感”、”小幸福感”が人生にとってはとても大事なことで、そのために銀座線を利用しているようなものだ。だからこそサントリーホールの行きは絶対、溜池山王でないといけないということになるのである。



この溜池山王から、そして途中にある心臓破りの坂、そして美しい植樹の緑で整えられたエリアの景観、そこを通ってこないとサントリーホールにやって来た、今宵はサントリーホールでコンサートという気分になれないのである。


そんなプチ幸福感、小幸福感、そして大の苦手の心臓破りの坂、でも緑で美しい高級街の風情を写真で紹介してみよう。先日は、このためだけに、ここの写真を撮るためだけにサントリーホールに行ったのであった。(笑)



銀座線・溜池山王駅・地下改札口。


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目指すは13番出口である。


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こんな一直線の長~い長~い地下通路に出くわす。ひたすら歩きます。13番出口は、この1番端の行き着いたところにあります。


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サントリーホールへの行きに溜池山王駅を使うと、こういう楽しみがありますね。その長い地下通路にこういう電子掲示板があって、よくコロナ以前の昔は、外来オケの来日に合わせて、その公演の宣伝がされています。この掲示板を見るのが結構楽しみだったりするかな?


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そして1番端の13番出口について、まず階段を昇らないといけない。これも結構きついです。


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そしてエスカレーターで地上出口にでる。


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そうすると左側にドトールコーヒーがある。これが最初の目印である。


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このドトールコーヒーの角を曲がったところに、じゃぁ~ん。ついに遭遇。「心臓破りの坂」。


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「桜坂」というらしいです。この標識はここからその坂が始まるよ、という意味です。


自分はこの桜坂の標識を見た瞬間、一瞬心構える。くぅぅ~これからきつい、はぁはぁぜぃぜぃの苦しい時間がやってくるなぁという感じで。。。


日本に桜坂という名所の坂は、これだけ存在するそうである。


・桜坂 (名取市) - 宮城県名取市相互台東の愛称 → 相互台

・六本木さくら坂 - 東京都港区の六本木ヒルズ内にある坂

・桜坂 (東京都港区) - 東京都港区の赤坂アークヒルズにある坂

・桜坂 (大田区)

・さくら坂 (川崎市)

・さくら坂 (河南町) - 大阪府河南町の地名

・桜坂 (福岡市)

・桜坂 (西海市) - 西海市松島にある桜の名所

・桜坂 (那覇市) - 沖縄県那覇市牧志に所在する歓楽街


自分が言及している桜坂は、東京都港区の赤坂アークヒルズにある坂のことを指しているんでしょうね。


大昔の2000年頃に、歌手の福山雅治が、「桜坂」というシングルをリリースしましたね。いまでもよく覚えています。彼の場合の桜坂は大田区の桜坂のことを言っているんだそうだ。


秋田県大館市の映画館で撮影された柴咲コウのカバーアルバム「こううたう」からも「桜坂」をリリース。これ、YouTubeで彼女が歌うプロモビデオ見ましたが、ここで歌われている「桜坂」も、福山雅治氏の「桜坂」のカバーでしたね。やっぱりこの曲は名曲なんですね。


この曲が大ヒットしたときのことをよく覚えているので。。


自分が、サントリーホールに行く途中の桜坂の標識を発見したとき、まず自分が思ったことは、あっあの福山雅治の桜坂ってここだったんだ?という認識だった。


実際は違ったわけですが。


では、その赤坂アークヒルズの桜坂をこれから紹介します。


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この標識を通ったところから、もうこんな緑の植樹エリアにガラ変します。本当にここからガラッと景色が変わってしまう。そしてここからすでに心臓破りの坂が始まるのです。もう最初のこの上り勾配から自分はかなりはぁはぁぜぃぜぃで辛いかな。気分はかなりブルーですが、でも目に飛び込んでくる景色は美しくて癒されます。


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突き当たったところを右に曲がります。そうすると、またさらに緩やかだけれど、長~い、長~い坂が続きます。このときの自分は、はぁぁぁ~という感じで、これから長いなぁ~と溜息です。


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途中のこのエリアを通過する頃になると、かなり心臓の鼓動が速くなり、体力的にかなりキツク感じてくるところになります。


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自分が桜坂を昇って行って、一番疲労が蓄積されてきて、そのキツさ加減が一番ピークに達するのが、このさらに突き当りを左に曲がるとこをに差し掛かったところです。心臓だけではなく、足も棒状態になってかなりつらいところです。でも視界に飛び込んでくる植樹の緑、高級エリア感に心は最高に癒されているところでもあります。



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この歩道橋が見え始めると、ようやく道半ばという50%まで達成した感を得ます。


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この突き当りを右に曲がる頃になると、もう事実上の心臓破りの坂はお終いで、平坦な道になるのですが、そんな急に言われても、心臓のほうは、依然としてバクバクの鼓動は収まらないのです。


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そしてサントリーホールをここから入っていく。なんか裏道みたいで心引けますね。(笑)もっと堂々と正面から入りたいものですが、自分は東京に上京して以来、サントリーホールへの行きは必ずこの裏口からコソッと入ります。


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そしてこんな通路を通っていきます。


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階段を下りていきます。


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カラヤン広場が見えてきます。


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そして右手にサントリーホールが見えてきて無事到着。


でも自分の心臓のバクバクの鼓動はまだ止まりません。そして足も棒になっていてかなりつらいです。到着したとともにやっと着いたかと気持ちは安堵しますが、心臓バクバク感と足棒状態は相当自分をむしばんでおり、安堵感と共にその疲労はここでぐっと自分に襲い掛かってきます。



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そこで、ホール前にある陳四川飯店や昔カフェのあったテラスの前のテーブルと椅子に座って、休憩してその鼓動と疲労を癒すのです。


自分がサントリーホールにやってくるとき、行きの場合、このテラス席での休憩は相当重要な時間となります。


少なくとも鼓動が収まって、平常の自分に戻るまで1時間はかかると思います。


自分はコンサートにギリギリのタイミングで入るのはあまり好きではありません。余裕をもって少なくとも1時間~2時間以上前に入ります。


サントリーホールの場合、こういう理由により、そのマージンの時間が超大切になります。もしギリギリだったら、はぁはぁぜぃぜぃの状態でコンサート開演を迎えることになり、かなり精神上よくありません。



こんな感じです。だからサントリーホールの行きは超苦手です。



この日はこの写真撮影のためだけにやってきたのに、思わず予想だにしなかった音楽の神様のご加護を受けてしまい、ついふらふら~とダブルヘッダーを堪能。(笑)


やはり音楽は素晴らしい!


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そして終演後の帰路である。


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帰路は素直に六本木一丁目のほうの駅を使います。もうこれは順路。シティーベーカリー赤坂の前を通っていきます。


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そして突き当りを右に曲がります。そうすると長い一直線の通路に出くわせます。


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その途中に階段の下り口があるのです。そこを降りていきます。


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そうすると車道に出ます。


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横断歩道で車道を渡ります。


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そうするとすぐに南北線の六本木一丁目駅となります。


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こんなに近くてすぐだったなら、行きも六本木一丁目にすればいいのに~と仰りたいのはよくわかりますが、やはり行きは溜池山王なんですねぇぇぇ、自分の場合。



以上サントリーホールのアクセスについて印象を述べましたが、日本にはたくさんのコンサートホールがありますが、その中にもそのアクセスが苦手という印象があるホールがいくつかあります。


その代表格が東京芸術劇場。


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ここは自分にとってカオス。


慣れるまでずいぶん時間がかかった。アクセス的には池袋駅のすぐそばにあるので、なにがそんなに難しいの?と仰るかもしれませんが、自分はこの池袋駅に来るとその巨大さからどうしても方向感覚がおかしくなる。


ある意味コツがわかってくると迷わなくなりましたが、どうも昔から苦手意識があって、ここはどうもカオスだった。


一番の原因は池袋駅が巨大エリア空間であることと、池袋の地上出口に出たときの特徴のない雑多な街景観。


慣れてくると大体電車ホームのどこら辺の車両で乗るのか決まってくるから、ある程度パターン認識できるようになってくる。


池袋駅に着いたら、このお蕎麦屋さんの傍を通れば、もう自分の認識ロックオンである。


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そして池袋改札口中央改札。これが間違って南改札を出てしまうと、これまたカオスである。ホールまでたどり着くのはかなり難儀である。


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中央改札をでると、東口、西口と2方向に別れる。もうこの時点でいつも方向感覚がおかしくなる。どっちに曲がればいいのか、わからない。


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正解は左に曲がるのだけれど、もし反対改札から出ているのであれば右に曲がるだし、かなりカオスなのである。核心を以て曲がるのだけれど、間違っていていつまでたっても辿り着かないことはよくあった。


簡単なのは駅員さんに聞いてしまうことだが、最近、行先掲示板の表示のところに東京芸術劇場の方角印字があることに気づいて、それからは間違わないようになった。


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そしてその方向に、雑多な通行人の人ごみの中を通っていき、ひたすら一直線の通路を歩いていく。


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そうすると、その行き切ったところに地上にでる階段があって、そこを昇っていく。


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地上出口にでる。


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これはラッキーなほうである。なぜなら景観の中に東京芸術劇場の姿が覗き見えるからである。


でもちょっと違う地上出口に出てしまうと、その姿が隠れて見えなくなり、その雑多な街の景観の中でどちら方向に行けば芸劇に行く方向なのか、わからなくなる。


歩いていて違う方向に行ったりすると時間の無駄なので、そのときはもう人に聞いちゃう。


こんな駅のすぐ傍に立地してあるのに、昔から芸劇へのアクセスが苦手なのは、池袋駅の巨大さということと、地上出口に出たときに目にする雑多な目印をつけにくい街の景観にあると言ってよい。


最近ようやく間違わなくすんなり行けるようになった。


最近発見したのは、池袋駅地下道から芸劇への1本道で繋がっているということである。


でもこれまたコツが必要で、池袋駅は巨大なので、何本も大通路が平行に走っているのだが、その1番端の通路を歩く必要がある。だからいったん左折して右折してをやらないといけない。


そうするとこんなゲートが出てくる。


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そこの地下道をひたすら直線で歩き続ける。


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そうすると左に曲がるところに東京芸術劇場への入り口が見えてくる。


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左折するとこんな感じ。


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階段を昇っていくと・・・


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いつのまにか東京芸術劇場のB1Fの広場に繋がっているのである。


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ここは池袋駅連絡通路だったんですね。ようやく自分も賢くなりました。


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東京芸術劇場に行ったときは、必ず開演前の腹ごしらえとして、手造りおにぎり吾ん田のホッカホッカのおむすびをいただく。超美味しいです。


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このように芸劇はどうも苦手意識が昔からずっとありました。ようやく自分のマイテレトリーになってきたかな~という意識があります。


これと同様に苦手意識があるのは、トッパンホールとフィリアホールでしょうか。


トッパンホールはあまりに地の利、アクセス悪すぎでしょう。(笑)JR飯田橋からのあまりに歩くあのアクセスの悪さ。どこの駅で降りても、かなり歩かないといけなく中途半端で非常に難しいところに立地している。


でもトッパンホールはすごいいいホールなんですけれどね。


コンサートホールの立地条件に、昔、近くに休憩、憩いの場所などの商業施設があること、という条件を上げましたが、それと同時に交通アクセスの良さも大事な条件ですね。


コンサートホール、ハコは、そのガタイの大きさから巨大建築物なので、最初から駅の近くに意識的に建設するのは難しくて、あとから駅ができたり、ということが多いですね。


フィリアホールもなんか昔からちょっと苦手意識がありました。青葉台の駅改札をでて、向かいにある青葉台東急スクエアのデパートの中をエスカレーターで昇って行くその5Fにあったりして。


何か知らないけれど、アクセスの感覚的にちょっと苦手感があります。


フィリアホールは室内楽ホールとしては本当にいいホール。自分の大のお気に入りのホールでもあります。


今年の10月に諏訪内晶子さんの無伴奏ヴァイオリン・リサイタルがこのフィリアホールで開催される予定なので、それに行くつもり。いま予約抽選結果待ちです。


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自分はフィリアホール会員でもあるので、このようにパンフレットがいっぱい送られてきて、一般発売よりもずいぶん先に情報を入手できます。


バッハのソナタ、パルティータ。シャコンヌ含め、無伴奏ヴァイオリンの王道ですね。楽しみです。



このように、サントリーホール、東京芸術劇場、トッパンホール、フィリアホールの4ホールは、どうしても先入観的にアクセスに苦手意識があります。家を出る前にはぁぁぁと溜息をついて、ブルーな憂鬱な気分になります。


行きだけですけどね。帰りは全然平気です。



逆にアクセスという点で、自分が一番得意で、もっとも悩まない、明るい気持ちになれるのは、ミューザ川崎と東京文化会館。


もうこの2ホールのときは、家をでるときからルンルン気分でなにも悩むことがありません。


初台の東京オペラシティと新国立劇場もそうですね。もう駅直結ですので、まず悩みませんね。


それでも東京オペラシティのほうは、昔ちょっと悩んだりすることもあって、地下改札からふつうの人が通う道でない変なところをグルグルしながら辿り着いたことがあって、苦手だなぁと思いました。


そのあと普通の人が通うアクセスを習得してからは苦手意識はありません。



こうしてみると、コンサートホールやオペラハウスって、交通アクセスの手段で、駅直結の通路や駅のすぐ傍という立地条件のところが非常に多いですね。そうやって建築計画のときから意識しているのでしょうね。交通アクセス条件は、必須事項なんでしょうね。


でもコンサートホールへのアクセスというのは、ドラマがありますね。その人の心の人間模様の中にその光景描写が刻銘に刻み込まれていきますね。


そのホールへの印象度合いにも大きく貢献しています。単にそのホールの内装や外装のことだけでなく、自分はどこそこのホールというとそこまでのアクセスの風景がどうしてもワンセットとなって心の中に刻み込まれています。


自分は今宵はサントリーホールのコンサートという日は、やはりあの桜坂の坂を登っていくあの体験がどうしても鮮烈な想いとしてワンセットでくっついてきますし、あの体験がないとサントリーホールに来たという印象がどうしても実感が湧かないのです。


あのテラス席で、心臓バクバク感、足棒状態を必死にリカバリーしているあの時間帯がとても貴重な時間なのです。


そういうアクセスへの想い入れというのは、首都圏のホールの場合、どこのホールであっても必ず固有の光景描写として自分の中に持ち合わせています。










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今日はおかしな日であった。 [クラシック雑感]

この日は本当におかしな1日であった。


サントリーホールのことで日記にしたいことがあって、その日記で使う写真を撮影するために、その目的のためだけにサントリーホールに行ったのだ。


そんな邪心な心などいっさいなく・・・


ところが終わってみれば、結局この日はまさかのダブルヘッダー。音楽三昧の1日となった。あきらかに間違いなく自分の周りを護っていただている音楽の神様の思し召しだったのであろう。ありがたいことである。


そもそも赤坂・六本木に向かう途中の銀座線でレトロ車両に遭遇したときから、この日はなにかある、きっといいこと、感動することがあると予感した。


その通りになった。


いざホールに行ってみると、いままさに旬で開催されている話題のサントリーホール・チェンバーミュージックガーデン(CMG)の公演があるではないか!


さらに出演は、これまたいま旬のヘーデンボルク・トリオと来たもんだ。


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長男・和樹(ヴァイオリン)、次男・直樹(チェロ)、三男・洋(ピアノ)のオーストリア・ザルツブルク出身の兄弟によるピアノ・トリオ。


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スウェーデン人の父(ヴァイオリニスト)と日本人の母(ピアニスト)のもとに生まれ、それぞれ両親から音楽の手ほどきを受ける。


長男・和樹、次男・直樹はウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の正団員として活動するほか、室内楽の演奏活動にも積極的である。幼少の頃より各々デュオでの共演を重ね、2012年にトリオとしての活動を開始。


和樹さん、直樹さんは、毎年元旦のウィーンフィル・ニューイヤーコンサートでの幕間のインタビューなどですっかり日本のお茶の間でも有名人ですね。


これはもう体験するしかないだろう!当日券売り場に駆け込んだところ、当日券はあった。やったー!


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ベートーヴェン ピアノ三重奏曲第4番、ブラームス ピアノ三重奏曲第3番、そしてブラームス ピアノ三重奏曲第2番である。


ベートーヴェンとブラームスというドイツ色の強い王道の室内楽プログラムであったが、この3人が演奏すると、とてもウィーンの香りのする優雅な響きに聴こえたのは、あながちご本人たちの出生と無関係なことということはないであろう。


素晴らしかったです。大変感動しました。


いま話題の若手の音楽家のコンサートにはどんどん出向いて応援していきたいのだが、自分はいまやすっかり予算体力がなくなって貧乏体質になってしまったので、なかなか自分から自らどんどん出向くということが難しい。


気づけば自分が昔から応援している音楽家専任になってしまい、それで満足しているところもあった。


今回はいい刺激でした。ぜひ今後とも頑張ってほしいです。


そして、このCMGのコンサートの当日券のチケットを買ったときから、当然大ホールの本日の公演も目にしてしまう訳であって、それが非常に自分にとって悩ましいこととなった。


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吉野直子さんのハープに、飯守泰次郎先生と東京交響楽団。

カール・ライネッケのハープ協奏曲とブルックナー交響曲第7番。


あぁぁ~これは行きたいな~。


吉野直子さんがピンチヒッターで登場、そしてライネッケのハープ協奏曲は世界初演ということで、数週間前からSNSで告知されていたのを自分は目にしていて、これは行きたいな~と常日頃思っていたのでした。(スミマセン、ピンチヒッターでなかった場合は大変失礼いたします。要はうろ覚えなのです。)。


そのまま放置になっていて、この日たまたまサントリーホールに来たら、この公演を今晩やることを知って、これは行っちゃうしかないでしょ?と即決断である。


急いで、サントリーホールの当日券売り場の窓口で確認してみると、当日券はオンラインのみでの販売だという。


オンラインのみの販売!!!


いまサントリーホールの前に立っていて、スマホしか持っていない自分にとって、オンラインのみ、ってどうやるんだ?


郵送は除外として、コンビニ発券の場合、別に引換券を印刷しなくても、その番号をコンビニ店員に通知するだけでもチケット発券してくれるから、そうするか?


このホールの近くにコンビニありますよ、と女性スタッフ。


でもなんか違うよな。やや面倒くさい感。


東響が最近宣伝アピール中の電子チケットのことをその瞬間思い出した。


よし!それでやってみるか!


自分にとってどうしても諦めきれないのである。このまま引き下がったら悔いが残りそうな気がしたのである。


それからは、ホールの前の陳四川飯店の前のテラスのテーブルと椅子に座って、スマホと格闘である。


まず東京交響楽団の公式HPにアクセス。電子チケット・クレジットカード決済の項目を読む。


よし!いっちょやったるか!


まず東響のチケット・オンラインシステムに登録。まずここから始めないといけない。(笑)


このとき、登録アドレスを家のノートパソコンではなく、スマホのアドレスにしておかないといけないことを寸前で気づく。


あぶねぇ、あぶねぇ。あやうく、チケットがおうちに行ってしまうところであった。


普段この手の登録は、うちのノートパソコンのアドレスで登録しているから、ついついそうしてしまうところであった。


東響の電子チケットは、スマホにLineがインストールされていることが前提条件のようであった。


よし、これから電子チケットを購入。


当該コンサートの購入。座席指定がスマホの画面が小さすぎて、指が大きすぎて、座席をピンポイントでクリックできない。1度で3席同時に押したりでかなりストレス。何回もやり直す。


もうここでいいや、と妥協して、クレジットカード決済。最後のセキュリティコードを入力するときにスマホの画面小さすぎて、うまくいかずそのまま四苦八苦しているうちにタイムオーバーで終了。


あぁぁぁ~もうぉぉぉ~!!もう1回やり直しである。それを3回くらいやったであろうか?イライラ度ストレスMAX状態である。


このとき、スマホの画面を拡大・縮小するとき、指2本の指幅で広げる動作、スワイプ、ピンチイン、ピンチアウト。これやれば一発でOKですね。そのことを最後に気づきました。(笑)


普段自分はスマホを見るだけなので、あまり使わない動作ですが、これをやればスマホでもOKになりますね。スマホ画面の小さな画面で、あのコンサートホールの座席表の座席位置をピンポイントでクリックするのはかなり至難の業ですから。


電子チケット購入完了!


自分のスマホに電子チケットのURLが送られてきます。でもちょっと時間がかかりますね。すぐに送られてくる訳ではないです。


ちょっと自分は心配で心配でドキドキしていました。


これで送られて来なかったらギャグだよなぁ~とか思いながら・・・


東響の電子チケットは、チケットのURLはスマホに送られてきて、そのURLをクリックするとLineのアプリ上で動作するような仕組みになっている。


具体的にどんなチケット画面なのかイメージできなかったので、QRコードかバーコードがあって、それをサントリーホールでのリーダーで読み込んで入場するのかな?


ところで座席番号ってどうやって確認するの?


未体験ゾーン、ドキドキである。


そうしたら電子チケットがスマホに送られてきた。


その画面はいたってシンプルで、座席番号が印字されているだけである。それに東響のアイコン・デザインがあって東響のチケットであることがわかるような感じになっている。


そこでサントリーホールのゲートのところのスタッフにそのスマホ画面を提示するだけでOKである。


やったー!ホールに入場できた!!!


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そこからさらにホールに入るところのレセプショニストのスタッフに再度スマホの電子チケットを提示したとき、スタッフから注意を受ける。


「チケットを提示するのボタンを押してください。」

「そしてスマホの画面を指で丸の形を書くようになぞって描いてください。」


そうすると、”使用済み”の電子印鑑が表示された。

おぉぉぉ~!自分は驚いてしまった。


東響の電子チケットとは、こんな感じの画面である。


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このプロセスを通してようやくすべてのプロセス終了である。



電子チケットというコンセプト自体はそんなに新しいことではないですね。ヨーロッパのコンサートホールやオーケストラでは数年前から導入していて、日本より電子チケット化は進んでいます。


ヨーロッパでは電子チケットのことを”e-ticket”と呼びます。


海外のサイトで買うとき、紙チケットの郵送がいいか、e-ticketがいいか、の選択を迫られます。チケットの郵送は、海外からだと郵便事故が怖いので、自分の場合は大抵 e-ticketのほうを選択します。


そうすると自分のノートパソコンにチケットのURLが送られてきます。そのチケットにはQRコード、バーコードが印字されているのです。


2020年5月のマーラーフェスティバル2020のチケットは、大半の公演は旅行会社のほうで、アレンジしてもらいましたが、自分自身が直接アレンジしないといけないコンサートもあって、その分は自分は e-ticketで調達しました。


マーラーフェスティバル2020のコンサートの e-ticket です。


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右上のところにQRコードがあるでしょう。これを入場するときにコンサートホール側で読み込むのです。


だからヨーロッパのe-ticketは、チケット購入したときに登録アドレスにチケットのURLが送られてきて、それをクリックして開いて、その電子チケットをプリンターで印刷して、それをゲートで提示します。


あるいは、印刷するという作業をせずに、スマホ画面を提示するという使い方もあったと思います。自分はスマホを使うやり方はあまりやっていなかっただけです。



ヨーロッパのコンサートホールは、ゲートのところの女性スタッフはみんな、片手に携帯型のバーコードリーダーを持っているのです。


そしてお客さんのe-tikectに印字されているQRコード、バーコードをその携帯型リーダーでスキャンして、それでOKかどうか判断するのです。


バイロイト音楽祭のときもそうでした。みんな女性スタッフは片手にバーコードリーダーを持っていて、e-ticketのバーコードをスキャンして、「はい、OK。どうぞ!」という感じでどんどん処理していくのである。


おそらくこれは、e-ticketのバーコードをスキャンして、それが正規のチケットのホール座席なのかどうかをきちんと判別するセキュリティ機能の意味もあるのだと思います。



東響の電子チケットの特徴は、オーケストラ側ですべて完結できるシステムである、ということである。つまりコンサートホール側の協力を必要とせず、オーケストラ側ですべて完結できてしまう、ということ。


東響の電子チケットを使ってのホールのゲート通過は、特定のバーコードリーダーや設置されているリーダーを使って読み込むという作業は、いっさい必要とせず、スタッフによるスマホ画面の目視で、はい、OKです、というところである。


もちろんスマホの画面に丸を描いて、使用済みの電子印鑑を表示させる、という特徴はある。


セキュリティの観点からすると、それが正規の座席であるかどうかは、やはりバーコードリーダーで読み込んで正規性チェックする必要があると思う。


でも、使用済みの電子印鑑を表示させる、という動作自体が、もし偽造の電子チケットであれば、そういう認証手続きができない訳であって、そこで本物かどうかが証明されているのである。


そういう点で東響の電子チケットは、バーコードリーダーを必要としないコストのかからない画期的な開発である、といえるのではないだろうか?



もちろんよく内部の技術事情がわからないので、これから検討次第でいろいろ情勢は変わってくるであろう。



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これからのDX時代のコンサートホールの在り方として、発券の手間(郵送&コンビニ)のいらない電子チケットは一石を投じるであろう。


欲しいときに、すぐに購入できて、その場で提示できる。


もちろん問題は山積みではある。クラシックのコンサートの客層は、高齢化社会なので、スマホを使ってのこのような一連の操作が苦手でついていけない、という問題もある。


そういう点では、ポップスやロックなどの若年ファン層のほうが占める世界のほうにいち早く根付くのかもしれない。


また、自分はそんな電子化、オンライン化することがすべていいと思っているわけではない、と考えている1人である。



やっぱりクラシック・コンサートのチケットは紙がいいです。(笑)何十年もこれで過ごしてきているから、やっぱり馴染みが深いです。愛着があります。


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上は現地スイス・ジュネーヴのヴィクトリア・ホールで体験したスイス・ロマンド管弦楽団のチケットである。(SACDの右横にあるもの)


こういうお洒落なチケットホルダーに包まれて送られてくると、その豪華ゴージャス感、真心のこもった親切感が感じられて、人間としてとても幸せな気分になるものである。


全部、e-ticket化してしまうと、とても合理的かもしれないけれど、そこには味気がないものになってしまい、そういう大昔からクラシック界が大事にしてきた大切な心が失われるような気がしてならない。


そういうアナログ的な大切なものもやはり残していって、デジタルなオンラインな仕組みと同居していくということが、これから数年間はずっと続いていくものと思うのである。












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海外生活をすることの勧め [クラシック雑感]

自分の経験談だと、ヨーロッパに住んでいて、たまに日本に帰国して、そしてまたヨーロッパに帰るというルーチンを繰り返していると、それがすごい簡単なこと、いつでもやれるようなことに、そのときは感じるんですよね。ヨーロッパ~日本間がすごい近い距離に感じます。


でも一度、日本に本帰国してしまうと、それがものすごく難しい、ハードルが高いことになってしまう。


旅行としてヨーロッパに行くとなると、かなり大仰なことで、一大イベントのようになってしまう。


かなり距離が遠くなる感じがします。


やっぱり若い時代に、どんな形であれ、1度でいいから海外での生活は体験したほうがいいと思います。


若い時代がいいです。


歳とってくると、持病を持つようになって定期通院をしないといけなくなり、海外での生活は難しくなる。自分もできればもう一回海外で暮らしてみたいとも思うけれど、持病通院があり、命にかかわることなので、危険すぎていまはもう無理だと思ってます。旅行で十分いいかな、と思います。


だから健康体の若いころがいいです。若い時の方がなんでも吸収できるし、そして環境に順応できる体と脳の柔らかさがありますね。


もちろん海外生活に向く人、そうじゃない人もありますね。いろいろな面でありますが、一番大事なのはメンタル面かな。1人で居ること、孤独でいることがあまり苦にならない人がいいですね。


海外で生活すると1人感、孤独感が日本のときより大きくなります。自分は1人が好きな人なので、全然苦にならないし、日本にいるときも、ヨーロッパにいるときもほとんど同じ感覚のようなものだったので、差を感じなかったです。


自分は1人でいろいろなところに出かけて感動したり、1人でいろいろ瞑想していたりするのが好きな人なので、そんな人には向いていると思います。


でもいまはSNSがすごい発達しているから、海外にいても日本のみんなと常に繋がっている感覚が持てますね。そういう点ではそういう心配はないのかもしれません。


自分の時代とはずいぶん違いますね。逆を言えば、そのSNSで常に日本と繋がっているから、せっかく海外にいるのに、海外に住んでいることの恩恵、有難みがわからなくてダメなのかもしれませんね。


そういう意味でも、せっかく海外に住んでいるなら、SNSを遮断する生活を思い切ってするのもいいのかもしれません。


クラシックの音楽家のみなさんは、やはりぜったいヨーロッパでの留学は経験されたほうがいいと思います。


いまはインターネットがすごい発達してあたり前の時代だから、遠距離であっても日本に居ながら、どこの国の情報でも簡単に得られるし、その国、その場にいるような感覚になれるけれど、でもそういうことじゃないんですよね。


それじゃダメなんですよね。


やっぱり実際のヨーロッパのその国、その街に住んで、あの美しい街の景観の中を自らが歩き、ブロンドの西洋人がふつうに歩いているその空間に、自分もその中に埋没している感覚、同化している感覚がとても大切で、その空間にいっしょに自分も居ること、あの空気感をじっさい自分の肌で感じないと絶対ダメです。


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芸術家にとって一番大切な”感性”は、その現地のリアルの空間にじかに住んでみないと絶対養われないことだし、体得できないことだと思います。


だからヨーロッパ現地に住む経験は絶対必要です。


クラシックのルーツ、故郷はヨーロッパだし、古の作曲家が活躍したその国、街でじかにその空間を自分の肌で触れて体感することで、その芸術の”感性”を磨く、養うことは絶対必要だと思います。


その経験がある、なし、でその後の音楽家人生でずいぶん大きな差が出てくるのではないでしょうか?


でもそんなことは、自分が言うまでもなく、音楽家のみなさんは若いうちに、留学しますよね。それがあたりまえの演奏家人生のルーチンになっていますよね。


自分はそのクラシック界の常識が最近ようやく分かってきました。(笑)


鉄は若いうちに打て!ですね。


いま留学中の若い演奏家の方々は悔いが残らないように精一杯、現地の空気、感性をすべてを吸収してきてください。応援しています。留学資金の問題、奨学金・・・いろいろ困難はありますが、やっぱり海外生活はぜったいしたほうがいい。


いまはコロナの問題もあって、そのタイミングにあたってしまった若い子たちは本当に可哀そうだとは思います。その背負ってしまったハンディをリカバリーしてあげられる仕組みがあるといいですね。そして、このふざけた世相を早くなんとか終わらせて、また夢と希望に満ちたあの世界が戻ってくるといいですね。





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ザルツブルクと川崎の音楽的友好の軌跡 [クラシック雑感]

ミューザ川崎シンフォニーホールは本当に素晴らしいコンサートホール。日本が世界に誇る最先端のコンサートホールと言って過言ではないだろう。


世界の巨匠、マエストロが大絶賛するその抜群のアコースティック、音響の素晴らしさ、そして従来のホールとは一線を画すその斬新で近代的な空間デザイン。まさに近代ホールの最先端をいくという感じで超カッコいいホールである。


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もちろん自分の大好きなホールである。


自分の家に近いこともあって、またミューザ川崎の音響を極め尽くしたい、徹底的に自分のものにしたいという気持ちがあって、東響の名曲全集の定期会員になって3年間通いました。またミューザ川崎友の会は現在も会員継続中である。


大谷康子さんがコンサートマスターの時代ですね。その最後のお勤めの公演も見届けました。そして新しい水谷晃くんへの交代も体験。そんなちょうど端境期のときでした。自分が通っていたのは。


大谷康子さんは、そのあと、お別れ記念として、ミューザで1公演で4大ヴァイオリン・コンチェルトを演奏というすごい企画もあったのではないでしょうか?自分は座席にいましたよ。ヴァイオリンを弾きながら観客席に降りてきて自分の目の前を通り過ぎましたから。


ミューザ川崎のホール設計、空間デザインの設計をなされた設計者のお方の事務所にも訪問させてもらった経験あります。いまでこそ華形ホールの最先端をいきますが、その当時ならではのいろいろな苦労を伺いました。川崎にクラシックのホールを建てるなんて土台無理、集客できない、もっとエンタメ系のホールにしないと・・・とか散々な反対の目に遭ったとか。。。などなど。


2004年にオープンになったばかりのまだまだ歴史の新しいホールであるが、まさに”音楽のまち、かわさき”のシンボルとして、そしてクラシック界でのまさに中心的な存在のコンサートホールに育っていまに至るなんて、いまの繁栄ぶりをその当時予想できた人ははたしてどれくらいいるであろうか。


こうしてみるとミューザ川崎は自分にとってもとても所縁が深いホールである。

もちろんこれからも・・・である。


そんなミューザ川崎の2Fのホワイエにオーストリア、ザルツブルク市との音楽の友好の軌跡のパネルが展示されているのをご存じであろうか。


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もちろんとても有名なことなので、誰もが知っていることだけれど、こうやって改めて日記にしてみるのもいいことなのではないか、と思い立ち、自分の日記で特集してみることを思い立った。


2004年にミューザ川崎開館とともに、駅前のところもラゾーナ川崎とか、大規模なショッピングモールも備え、一連の都市開発がなされて、”音楽のまち、かわさき”として街おこしみたいな感じで新しい街のブランドイメージで再スタートした。


川崎といえば、やっぱり煙突から煙もくもくの工場地帯というイメージが大きかったから、ずいぶん大きなイメチェン路線であった。


そんな”音楽のまち、かわさき”のイメージ戦略の一環として、あのザルツブルク音楽祭で有名なザルツブルク市と川崎市は姉妹都市を提携するのである。



上のパネルはそんなザルツブルク市と川崎市との音楽的な友好の軌跡を描いたパネルなのである。ちょっと感動します。


今度、ミューザ川崎にコンサートに行った折は、ぜひ一度そのパネルをじっくりと読んでいただけると嬉しいです。



ちょっとその内容を紹介してみますね。


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●川崎市とザルツブルク市の友好


両市の友好都市提携は、平成3(1991)年1月、洗足学園音楽大学でモーツァルトコンサートが開催された際に川崎市長とザルツブルク市長が、両市の芸術文化のおける交流について、会談したことを契機としています。同年8月には、川崎市長を団長とする代表団がザルツブルク市を訪問し、続いて平成4(1992)年にザルツブルク市長を団長とする代表団が川崎市を訪れ、洗足学園前田ホールにおいて友好都市締結議定書を取り交わしました。ザルツブルク市とは、日本国内で唯一の友好都市となります。



ザルツブルク市と川崎市の友好都市締結議定書~展示されています。


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●ザルツブルク市との人材交流事業①


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寄付金を活用したザルツブルク市への訪問団の派遣に合わせて、人材交流のさらなる架け橋となるため大谷康子川崎市文化大使がザルツブルク市でリサイタルを開催したほか、公募による川崎市民交流団も現地を訪れました。


大谷康子川崎市市民文化大使のリサイタル


ミラベル宮殿で大谷康子川崎市市民文化大使によるヴァイオリン・リサイタルが開催され、駐日オーストリア大使をはじめザルツブルク市関係者やモーツァルテウム大学関係者に演奏を披露しました。


川崎市訪問団のザルツブルク市派遣


学生たちは、滞在期間中、著名な音楽家を数多く輩出してきた世界的に有名な音楽専門教育機関であるザルツブルク・モーツァルテウム大学を訪問し、教授などによるレッスンを受けるとともに、同大学の学生たちによる演奏会を鑑賞しました。



●ザルツブルク市との人材交流事業②


オーストリア音楽家交流コンサート


両市の相互理解と友好を深めるとともに、良質なクラシック音楽や海外の音楽文化に触れる機会を提供する平成25(2013)年から、オーストリアから音楽家を招聘し、市内音楽大学の演奏家との交流コンサートを開催した。



●ザルツブルク市・ザルツブルク音楽祭からのミューザ川崎シンフォニーホール復興への寄付について。


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ご存じ、2011年の東日本大震災のときにミューザ川崎は被災した。その復興に向けて、ザルツブルク市・ザルツブルク音楽祭は寄付活動をおこなってくれたのだ。


平成23(2011)年3月に発生した東日本大震災で被災を受けたミューザ川崎シンフォニーホールは、2年間の休館を余儀なくされ、その間、国内外の音楽家や市民などから早期復旧を望む声とともに、多くの支援が寄せられました。


その際、ザルツブルク音楽祭総裁のヘルガ・ラーブル・シュタードラー氏をはじめ、出演者の方々から、「ミューザの復興に向け、オペラのゲネプロ(最終リハーサル稽古)での収益金を寄付したい」という申し出がありました。


同音楽祭は、これまでも慈善興業をおこなっており、東日本大震災への支援を考える中で、著名な音楽家の方々から高い評価を得てきたミューザの被災を知り、支援いただけることになったものです。友好都市であるザルツブルク市もこれに賛同し、音楽祭の収益金と合わせて総額20万ユーロ(約2100万)の支援をいただきました。いただいた支援金はホールの復興に向けた取り組みとホールの魅力や利用者サービスの向上、「音楽のまち、かわさき」のすそ野を広げる取り組みに活用しました。



ミューザ川崎シンフォニーホール復旧支援寄付者氏名がこのように黄金のパネルで彫刻され、展示されています。ピアニスト小川典子さんのお名前も発見しました!


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どうですか・・・すごいでしょう!ザルツブルク市と川崎市がいかに音楽的に友好関係を築き上げてきたか、よくわかります。そしてあの東日本大震災のときにミューザが被災したときも、寄付金ふくめいろいろ助けてくれたんですね。とても涙なくしては見れないです。


ぜひミューザ川崎の2Fのホワイエに行ったときは、このザルツブルク市と川崎市との友好の歴史パネルをご覧になってほしいです。開演前でもいいし、インターミッションのときでもいいです。


ミューザ川崎のコンサートで開演前になると、ホール内に鐘の音が響き渡りますよね。あれは、じつはザルツブルク大聖堂の鐘の音だということを知っていますか?(それはさすがに知っていますよね。(笑))


ザルツブルク大聖堂。世界遺産に登録されています。自分も2013年にザルツブルク音楽祭に行ったとき、このザルツブルク大聖堂を体験してきました。


下の写真は自分が撮影したザルツブルク大聖堂の写真です。


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モーツァルトは、この教会で洗礼を受け、オルガン奏者も務めているのです。モーツァルトが洗礼を受けた時の洗礼盤もあって、それをそのときにじかに見ることができた自分は本当に幸せ者です。


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またカラヤンの葬儀もここで行われ、10年後の1999/7/16にカラヤン没後10年記念コンサートと称して、アバド&ベルリン・フィルがこの大聖堂でコンサートを行っています。これはNHKで放映され、録画して大事なコレクションとして保管してあります。自分の宝物。ときどき観て感動しています。



じつは、この大聖堂では時々オーケストラコンサートが開かれていて、自分はぜひここでモーツァルト所縁ということでモーツァルトのレクイエムをこの大聖堂で聴けたら最高に幸せだなぁ~と思っていたのです。


でも、旅程と合わなかった。オルガンコンサートであったら、やっているようだったので、そのオルガンコンサートを聴くことにしたのです。


この大聖堂のパイプオルガンはヨーロッパ最大のオルガンと言われているようで、願ってもいないチャンス。

 

この大聖堂は普段はフリーパスで自由に入れるようになっていて、自由に見学できる。オルガンコンサートのチケットはどこで売っているのかな?と悩んでいたら、大聖堂前のお土産屋さんで販売していた、という盲点であった。(笑)


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ザルツブルク大聖堂で、ヨーロッパ最大級のパイプオルガンで聴くオルガンコンサートはもう最高でした。体にジンジンと響いてくるオルガンの音色。


正装の紳士・淑女が彩る音楽祭と違って、着飾ったりしないざっくばらんなザルツブルク市民のみなさんといっしょにオルガンコンサートを楽しんだのです。


これは最高だったなぁ~。


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そんなザルツブルク大聖堂の鐘の音が、そのままミューザ川崎の開演前の鐘の音として使用されているのです!


そしてさらには、このザルツブルク大聖堂の鐘の音が、JR川崎駅の前にモニュメントとして建立されて、そこからその鐘の音が聞こえる仕組みになっているのです。


矢羽根案内サインモニュメント


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ザルツブルク大聖堂の鐘の音を現地で録音してきた、とても美しい鐘の音色が、8時、12時、18時に流れる仕組みなのである。五線譜はモーツァルト作曲のアイネ•クライネ•ナハトムジークの楽譜の冒頭が表現されているそう。


これから川崎駅での待ち合わせは、ザルツブルクの鐘の前で…(笑)


ザルツブルク市と川崎市との音楽的友好の絆について。。。でした。










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デジタルサントリーホール [クラシック雑感]

サントリーホールの35周年記念事業の中で1番楽しみにしていたのが、”デジタルサントリーホール”。


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もうサントリーホールの公式SNSなどで定期的にプロモーションされているので、もうみなさんよくご存じと思いますが、なかなかワクワクしますね。


コンサートホールが、こういうオンライン・プラットフォームを自前で持つというのは、やはりこれからのネットワークの時代だな、とつくづく予感します。


巷では、”デジタルトランスフォーメーション(DX)”と言うんですね。ずっと以前からよく見かける言葉でしたが(わが会社にもDX事業部というのがあります)、そのままスルーしていましたが、改めて意味を確認すると、


・デジタル技術を浸透させることで人々の生活をより良いものへと変革すること。
・既存の価値観や枠組みを根底から覆すような革新的なイノベーションをもたらすもの。


ということなんですね。


Digital Transformationなので、DTじゃないか、とも思うんですが、「Trans」を「X」と略すことが一般的な英語圏の表記に準じているためなんだそうです。


これからの時代、コンサートの動画配信を、コンサートホール単体で自前でプラットフォームを持つべきであろうとは思っていましたが、単にそれだけじゃなくて、いろいろデジタル技術やオンラインでできることの可能性を追求しているところが素晴らしいです。


まだオープン当初だから、手探り状態だと思いますが、これから何年もかけていくうちに、いろいろな夢のようなことがバーチャルなオンラインで、おうちでPC上で体験できるようになりますね。


本当にワクワクしてきます。


使ってみて、ちょっと思ったことですが、公式ホームページとの違いはなんなんだろう?ということが頭に過ぎりましたが、いちばんの違いは、やはり動的コンテンツであるということですかね。


公式ホームページは文字情報と静止画メインですが、デジタルサントリーホールは文字、静止画はもちろんのこと、どちらかというと動画中心で、それも3D表示やドローンを使っての撮影とか、かなり動的コンテンツだなぁと思うところです。


おうちにいながら、サントリーホールの空間にいるような感覚を味わえることを主眼に置いているのではないでしょうか?


そこが、まさにDXならでは、ということなのでしょう。


そのような挑戦を日本のコンサートホールで、まずサントリーホールがパイオニア的に始めた、というのがさすが、だと思います。


デジタルサントリーホールの概要はこんな感じ。


・デジタルオープンハウス
・バーチャル・バックステージツアー
・オンライン配信
・オンラインショップ
・アーカイブ(動画ライブラリー/公演アーカイブ/おすすめコラム)


デジタルサントリーホール
https://www.suntory.co.jp/suntoryhall/dsh/


この中で、バーチャルバックステージツアーを体験してみました。


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自分は、サントリーホールのバックステージツアーを2015年にリアルで体験しています。それとまったく遜色なく、PC上でバーチャルに体験できるのは素晴らしい。


リアルの場合は、はがきで抽選でしたからね。誰もが体験できる、というものじゃなかったです。でもいまは誰もが、6年前にリアルで説明を受けた内容と、まったく同じ内容をレクチャーしてもらうことができる。


これは画期的です。


オンラインショップも体験して、実際買い物してみました。


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自分は、在宅勤務で使っているノートPCを会社出勤日に持っていくときのトートバックでいいのが欲しいと思っていたので、サントリーホールのオルガンのデザインがついたトートバックをオンラインショップで購入しました。


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いやぁうれしい。
いま使っているのはまったくイケていないですから。(笑)


これで堂々と音楽ファンらしいトートバックを持ち歩くことができて最高です。


オンラインショップの商品を眺めていると、あのホールホワイエで、2階に上がるところのエスカレーターの奥の方にあるショップで売られている商品のリストだと思いました。


思うんですが、EC機能って、このネット時代、いまやごくあたりまえの機能ですが、コンサートホールのプラットフォームとして、こういうEC機能がある、というのは、じつは、サントリーホールが初めてじゃないですかね?


自分はあまり記憶にないです。(じつは他のホールですでにやっている場合はゴメンナサイ)


まず手始めはホールのショップのECですが、ECビジネスは無限の可能性があって収入源になりますので期待ですね。コンサートに出演したオーケストラやソリストなどに纏わる販促物など、無限の可能性ありますね。



オンライン配信は、ライブストリーミングやオンデマンドなど、コンサートの動画配信。


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自分がコンサートホールに対していちばん期待していた、欲しかったプラットフォームです。


自分は、技術的にどのような配信プラットフォーム、信号諸元を使っているのか、技術的な情報が知りたいです。(笑)


コンサートの動画配信は、いままではSNS経由でのURL紹介だったり(それもYouTube)しましたが、今後は専用の自前のプラットフォームで、有料コンテンツなのがいいですね。


このオンライン配信は今後とも期待しています。


デジタルオープンハウスは、いろいろなオンラインイベントに挑戦していく感じのトライアル、企画物なのでしょうか。


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第1弾の現在は、期間限定のこどもからおとなまで、またクラシック初心者から愛好家まで、どなたにもお楽しみいただけるさまざまなコンサートや体験型プログラムの映像を、2021年5月31日までの期間限定で無料公開しているようです。


そのほか、アーカイブ


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動画ライブラリー

過去の公演ダイジェストやアーティストからのメッセージなど、様々な動画をみることができる。


公演アーカイブ

1986年開館以来のコンサート情報やチラシなどが検索できる貴重なデーターベース。


おすすめコラム

サントリーホール情報誌「Hibiki」や、ホームページ、そのほかの読み物からおすすめをピックアップ。



こんな感じで、公式ホームページとはちょっと違うDX時代のコンサートホールのプロモーション・コンテンツの役割を担っていくのだと思います。


楽しみですねぇ~。
期待しています。


コンサートのライブ配信は、制作費用などかさむもので、なかなか経営的に難しいビジネスだと仰るのはよくわかりますが、もうこれは時代の流れで止められないことですね。


いまは黎明期だからそうなのであって、これから工夫、切磋琢磨してなんとかしていかざるを得ないことでしょう。そうやってビジネスベースになるように持っていくしかないんだと思います。


いまさらコロナ以前の状態には戻れないです。
この大きな流れは止めようがないし、逆らえないと思います。







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サントリーホールの正装コンサートを実現するためには・・・ [クラシック雑感]

サントリーホールの正装コンサート。自分が体験した5年前の30周年記念ガラだけでなく、定期的に(たとえば5年間隔)開館〇〇周年の記念イヤーにおこなわれているサントリーホールの伝統行事なんですね。


知りませんでした。


とにかく日本でこのようなことができるのはサントリーホールしかないであろう。

こんな光景が一面に繰り広げられる。


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いいですねぇー。


観客のみなさんもビシッと正装して、その記念コンサートを楽しみましょう!という発想がいいですね。夏のヨーロッパの音楽祭では、正装はごくノーマルな身だしなみであるが、日本でそれを強いるのは、なかなか文化の違いもあり、難しいのではと思います。


今年の開館35周年記念ガラでも、もちろん正装コンサートがある。

ところが、ご存じのように、いままさにコロナ禍真っ盛りである。


おそらくサントリーホール側ではこの35周年記念事業を立案したときは、1年もすればコロナも沈静化しているであろう、という読みがあったに違いない。でも現実は、変異株みたいなものも出てきてしまい、まん防では足らず、また緊急事態宣言に突入だという。自分は、蔓延防止法と緊急事態宣言の違いがよくわからないです。(笑)


そんな現況下、はたして正装コンサートが開催される10月の秋には、マスクをせずにふつうの社会が戻ることに現実味はあるのであろうか?


男性ならタキシードに礼服、女性であればドレスに和服。こんなにビシッと決まっているのに、みんなマスクをつけている図はちょっと・・・(笑)。


さらにはこういう正装の図では、写真のように歓談するからこそ、全体の絵が映えるのであって、それを制限されたら、せっかく正装しているのも意味がないのではないだろうか?


それはドリンクなどの会食もそうである。
正装しているんであれば、片手にワイングラスは必須である。


コロナが突き付ける条件は、正装コンサートにとって極めて厳しい現実である。


でも、たったひとつ解決策はある。


これは、サントリーホールが今年、正装コンサートをやると知ったときに、自分の脳裏に一瞬浮かんだ案で、自分としてはそれだけはやってほしくないと思っていた案である。だから黙っておきたかったのであるが、隠し事はできない性格なので。


それは観客、聴衆側にPCR検査や抗原検査などの陰性証明を課す方法である。

サントリーホール大ホールの2000人全員に検査を課すのである。


もちろんソーシャル・ディスタンスや人数制限もあるのだろうから、もっと少ない客数ではあるだろう。陰性が証明されたのであれば、べつにマスクをする必要はないのではないだろうか?さらには飲食もOKなのでは?


正装コンサートが立派に成り立つ。

この案がふっと自分に浮かんだのは、先例があるからだ。

それはベルリンフィル。


ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1日限定の試験公演で検証
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210321/k10012927121000.html


世界最高峰のオーケストラの1つ、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団などが参加して、新型コロナウイルスの感染防止とイベントの開催をどうすれば両立させられるのか検証する取り組みがドイツで始まった。ベルリン市は感染防止とコンサートなどの開催を両立させる方法を検証する取り組みを始め、20日、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団が1日限定の試験的な公演を行った。


感染対策として、観客に当日、指定した検査場で、抗原検査を受け陰性だと証明するよう求めたほか、観客の人数を大ホールの収容人数のおよそ4割にあたる1000人に限定した。


訪れた男性は「生の芸術に触れる機会は限られ、検査を受けてでも訪れる価値が十分ある」などと話していました。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の代表、アンドレア・ツィーチュマン氏は「さまざまな感染対策に観客は応じてくれるのか、私たちもこうした対策を継続していけるのかを探っていく」と話していた。


ベルリン市は、来月にかけてオペラやコンサートを試験的に開催し、得られた結果をもとに、イベント再開の可能性やリスクを検討するとしている。



ここで重要なキーワードが”抗原検査”である。


コロナの検査で一般的なのはPCR検査である。いまもPCR検査が主流なのではないだろうか?でもPCR検査はどこでも受けられるという訳ではないし、いまはだいぶ拡充されているのかもしれないけれど、去年あたりでは、普通の病院ではPCR検査は受けられなく、保健所じゃないとダメでしたね。


しかもPCR検査は、結果が出るまで1週間とか時間がかかる。

それに比べ、抗原検査はものの10分くらいで結果が出るのである。


抗原と抗体。抗原はウイルスそのもの。抗原検査はウイルスがあるかどうかの検査。

自分もPCR検査はよく知っていたけれど、抗原検査は知らなかった。


去年の秋のことである。ご存じ、松本にコロナ明け復帰コンサートに行った。(松本市音楽文化ホールで川本嘉子&吉野直子デュオ・コンサート)そのとき過度な観光を強行してしまった結果、帰京してからなんと発熱してしまったのだ。もう慣れっこのいまと違って、当時発熱してしまったら、それこそ大恐怖である。


どうしよう?と青ざめた。


しかもPCR検査は、保健所でないと受けられない。


発熱してしまったら、自分はどうしたらいいのだろう?という準備をしていなかった。かかりつけの内科の病院にすがるような気持ちで電話で相談したら、いますぐ来てください、という。嬉しかった。先生に松本で過度な観光をして、帰ってきて熱が出てしまいました。どうしましょう?と。


そうしたら、先生は、コロナはうちでも検査できますよ、と仰る。

それが抗原検査だったのである。


PCR検査も抗原検査も、鼻の中を綿棒でグリグリかき回されるのは同じである。でもその結果を得る方法が抗原検査の方が簡単なのである。ものの10分で答えが出るのだ。


結果、コロナもインフルエンザも陰性だった。
単なる疲労で体が火照っていたという診断結果であった。

自分はよかった~!!!


抗原検査、なんて便利なんだろう!
どこの病院、内科でも常備されていて、ものの10分で答えが出る。


世の中、PCR検査、PCR検査と騒いでいるけれど、抗原検査で全然十分じゃん!とそのとき思ったのである。もちろん医学的には、陽性、陰性の精度からすると、抗原検査はあくまで簡易的なもので、PCR検査の方が精度が高いのかもしれないけれど、抗原(ウイルス)があるかどうかの判断なのだから、抗原検査で十分なのでは?と素人ながらに思ってしまうのである。


ベルリンフィルが、コンサートの前に、観客に当日、指定した検査場で要請したのは、抗原検査である。自分はこのニュースを見て、なるほど、それは納得!と思ったのである。その場で10分くらいで結果がでる。


これだったら、聴衆全員に抗原検査を課しても、ちょっと時間がかかるかもしれないけれど、聴衆の安全が確保される。聴衆が全員陰性であれば、別にマスクをしなくてもOKなのでは?さらにドリンク、会食もOKなのでは?と思うのだ。


陰性が証明されたものだけが、コンサートホールの中に入ることができ、マスクなしの正装コンサートが成立する。


これが現実的な手法なのだろう、と思った。
ベルリンフィルのアプローチ。


だが、正装コンサートだから、こういうことをするなら自分は理解できるが、普段もこういう検査が必要か、という話になるのであれば、自分はかなり疑問視する。ベルリンフィルの場合は、あくまでパイロット実験である。日本と違って、ヨーロッパ、とくにドイツは厳しいですからね。


比較的軽症な日本で、コンサート前に聴衆に抗原検査を要請するという仕組みになったら、自分もそうだけれど、かなり猛反発を食らうのではないか、と思う。


検査を受けて陰性の人しか入れないなんて・・・。


いまの自分もそうだけれど、無症状の陽性が判明したら、かなり面倒なのである。(笑)無症状なんだから、そのままそっとしておいてくれ、という感じで、その陽性の事実を知ったら、かなり動揺すると思う。


しかも社会生活、会社生活に影響を及ぼすことは必至。


ベルリン・フィルが言っていた「さまざまな感染対策に観客は応じてくれるのか、私たちもこうした対策を継続していけるのかを探っていく」である。模索状態なのであろう。


検査を受けないとコンサートを聴けないなんて、いまの日本では絶対反発を食らうと思うな。ヨーロッパほど重症ではないから。


自分は絶対いやである。
反対である。


まっどこまでやるか、の問題ですね。
コロナに煩い方は徹底的にやれ!なのかもしれませんが、自分はちょっと勘弁派かな?


もしサントリーホールが正装コンサートで、当日、会場で、抗原検査を実施するという話になったら、自分は行かないかも?(笑)


正装コンサートに向けて、サントリーホールがどのような判断をするのか注目である。






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植樹のナゾ [クラシック雑感]

東京文化会館の公園改札は激変した。


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改札口がこのように一番左端に移動になった。


そしてなによりもその景色を激変させた最大の要因は、改札口前が道路が走っていたのを歩行者天国にしてしまったことであろう。


これによって東京文化会館の前の景色が一変した。


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掲示板もできて、ちょっとした観光スポットになっている。


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大きな樹木がそびえ立ち、その周りをサークルのように人が腰掛けることができるようになり、このようにみなさんが腰掛けて休憩しているという、なんとも心和む光景が繰り広げられるようになった。


自分はすごくいいことだと思う。


以前は、ただ道路があって、そこを自動車がビュンビュン走っていただけの殺風景な景色だったのだ。終演後、東京文化会館から出てきて、その道路の横断歩道を渡らないといけない、ただそれだけだったのである。


それがなんとも自然に優しく、視覚的にとても心和むいい景色になったと思う。


ただ、フッと自分は疑問に思ってしまった。


この大きな樹木の植樹はいったいどうやったのだろう?(笑)

ここはもともとアスファルトの道路がバンバン走っていたところだ。


植樹というのは、いわゆる都市計画の一環で何十年、何百年と育てて待たないといけないもののはず。


しかも、この写真の通り、ものすごい太い大きな樹木だ。もう何千年も育った樹木のような感じだ。サークルの中に土があって、そこに埋め込まれているような感じである。


仮にだ。サークルを作って、その中に土を埋め、そこに樹木を埋めたとしても、これだけの大きな樹木である。安定性など考えると、それではとても危険である。


地下深く根を張らないとダメなのではないだろうか・・・。


これは、かなり大きなナゾである。(笑)


いままでは間違いなく、このようなものはなかった。今回、この一面に広がっている風景を見て、自分はすごいいままで見たことのなかった斬新さを感じたくらいだからである。


まさに東京文化会館の公園改札の前は激変した。


ちょうどこの日の東京春祭のコンサートが始まる開演直前に、そのことに気づいてしまい、無性に不思議に思ってしまい、これからコンサートが始まる、というのに、集中できなくなってしまったのである。(笑)


なんか、そんなことを考えていると、この東京文化会館の前のこの樹木も昔あったけな?と疑ってしまう。(笑)


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まっいっか?


すごく美しい光景になったんだったから、余計なことを考えないほうがいいかもしれませんね。結果オーライということで。


こうやって人が腰掛けることができるサークルができたことで、コンサート前で人が溢れてきたときに休むところができて、とても重宝しますからね。


開演前は、東京文化会館の前は、コンサート待ちの人でごった返しになって、しかも東京文化会館の中のイスはコロナ対応で撤去されてしまったので、尚更人が座る場所がなくなり、このようなサークルはますます重宝されると思います。


こうして、自分の今年の音楽の新年度シーズンも、こうやって東京・春・音楽祭で無事スタートすることができたのである。


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老人力 [クラシック雑感]

やっちまった!!


東京・春・音楽祭2021の川本嘉子さんのブラームス室内楽のチケットを取っていたのだが、セブンイレブン支払い発券にしてあって、その発券期限が過ぎていた。(笑)


ショック!!!

いま気づいた。

立ち直れないなぁ。


すぐにサイトで再購入しようと思ったが、当然ソールドアウト。

悲しすぎます。。


川本嘉子ブラームス室内楽は、2015年あたりから毎年皆勤賞だったのだが、6年目にしてついに記録が途切れてしまった。


クレジットカード払いでもいいのだが、東京春祭サイト、AMEXも使えるようにしてください!


奇しくも、今日、東京・春・音楽祭からライブ・ストリーミング配信サイトのご案内がアナウンスされたばかり。なんと、それを見て、あれ?発券どうだったっけ?という感じで確認したら、期限切れ。


結局、ライブ・ストリーミングでブラームス室内楽を鑑賞することになってしまいました。(笑)


まっ、いっか。IIJが最新の動画視聴技術を採用したライブ・ストリーミングということなので、どういう感じなのか、を体験できる、という意味でよかったと捉えるべきか・・・。


でもやっぱり春の到来、上野の春、桜の季節と来たら、東京文化会館に行きたいよねぇ。なんか直接上野に行かないと春が来た気がしない。上野の駅ナカのたいめいけんのオムライスを食べないと春を感じる気がしない。


あと、この音楽祭での自分の予定は、ヤノフスキ先生のN響ワーグナーだけ。
これははたして実現するのであろうか?(笑)


いまだにチケット発売の知らせもないし、ヤノフスキ先生来日できるのか?独唱ソリストたちの歌手たちも来日できるのか?コロナ対策のため、合唱の人数を少なめに設定しないといけない。早く来日して、そのウォーミングアップ、きちんとモノになるだけでも相当時間が必要であろう。


ヤノフスキ先生はメールをやらない時代の方なので(笑)電話とFaxでやっているらしいが、Faxも壊れてしまったらしい。(笑)


結局、実行委員会と電話(しかも国際電話で高い!)のやりとりだけでやっているらしいから、本当に大丈夫なのかな?と心配しています。


合唱指揮が、バイロイト音楽祭の合唱指揮者の方というinfo.も嬉しかったけれど、これも来日できるのか?すべては緊急事態宣言解除の3/7以降に急速に動き出すことは間違いない。


これもダメだったら、オレの春をどうしてくれる???


しょうがないから、春の桜の東京文化会館に行くために、もう他の公演を探ってみますか?もう全部ソールドアウトだったりして?


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最近、自分は急速に老人力が忍び寄ってきていることを実感している。


チケットを購入して、それを失券したり、コンサートの日程を間違えたり、ということはまずしない人だった。


自分のライフスタイルが在宅勤務になって、体力が著しく衰退。
まず通勤の徒歩がなくなり運動不足。
散歩してもいいが、外寒いし。


家の中を歩いていても、ときどきふらつく、ということがあって、座っていても、そこから立ち上がるのも結構ツライ。なんか自分もついに歳なんだなぁ。ついに老人力が忍び寄ってきているのか、結構戦々恐々としています。


ふらつくのは、かなり危ないと思っている。そのまま倒れて、頭ぶつけて重症になったり、とにかく気を付けないといけない。


最近よく思うのは、こんなに老人力が忍び寄ってきて、体力が落ちまくっていたら、もう海外旅行で、1回の旅行でいろいろな国を渡り歩いて、重いカートを引っ張りながら移動して、昼は観光、グルメ、夜はコンサート。。。そんな生活はもうとても無理なんじゃないか、と思うことだ。(笑)


これ、最近とみに心配しています。


あと、最近物忘れも多くなったし、ふっと人の名前やある言葉が出てこなかったりする。
ここにも老いの兆候があります。

あ~やだやだ。


自分はコンサート日程は、PCのMicrosoftのOutlookのカレンダーに書き込んであって、前日になるとアラーム表示されるようになるので、いままでミスしたことはなかったが、一応念のため、またみなさんにノンノン・コンサート日程をお知らせするためにもここに記しておきます。


年末年始のオーケストラ強化月間以来の活動開始の予定です。



2021/3/4(木) 曽根麻矢子チェンバロ・リサイタル@ハクジュホール


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これはもう今週です。とても楽しみです。この5か年計画?のツィクルス、コンプリートしたいですね。ひさしぶりにバッハの世界に埋没したいです。最近ハクジュホールしか行っていないような記憶が。。



2021/3/31(水) Keiko Lee デビュー25周年記念コンサート@Billboard Live YOKOHAMA


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最近新しくオープンしたBillboard Live YOKOHAMA (ビルボードライブ横浜)は、ぜひ1回近いうちに行ってみたいと思っていたところに、ケイコ・リーさんがデビュー25周年記念ツアーをするということで一連のライブハウスで怒涛のツアーを計画している。こりゃ、乗っかるしかないでしょ!ということで、チケットゲットしました。


軽井沢大賀ホールで夏のジャズフェス以来だから何年ぶり?しかもライブレストランでのケイコ・リーライブ鑑賞は、あの怒涛の如く通いまくっていた全盛期以来だから相当久しぶりです。


とても楽しみです。ディナーも奮発して、いいものを食べたいです。(コロナ対策でDistanceは確保されている。)あの頃とレパートリーもだいぶ違い、自分の知らない曲も多いんでしょうね。とにかくBillboard Live YOKOHAMAを体験できるのがなによりの楽しみです。



2021/5/20(木),2021/5/24(月) エリーナ・ガランチャ リサイタル2021@すみだトリフォニー


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去年の5月の予定がコロナで延期になり、今年の5月になりました。
去年の予定では、マーラーフェストで帰国したその直後に行く予定になっていました。


憧れのガランチャさまを、じかに体験できる!
これは相当楽しみです。もちろん公演2日間ともフルで通います。


オーディオや映像ではかなり聴き込んでいますが、やっぱりじかに観ないとわからないですね。そういうもんです。


はたして緊急事態宣言解除後の外国人の日本への入国はどこまで許されるのか?
すべてはここにかかっていますね。これでダメならだぶん中止でしょう。


いちおう今のところこれだけです。

あと4月の鈴木雅明指揮&N響、吉井瑞穂オーボエはぜひ行ってみたいです。
チケットはこれから。


あと、今年の旅行の予定としては、去年突然の感染拡大で急遽中止した姫路城、そして京都の聖地(ますたにラーメン)&京の和菓子(老松)はぜひ実行したいと思っているところです。


ただし、コロナが弱い暑い夏の季節に行きたいですね。






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AI・IoT [クラシック雑感]

5G,AI,IoTは、もう家電メーカーや電機メーカー、あと自分に関係する分野でいえば、カービジネス、自動車産業にとっても、キーワードになる最新技術で、将来の目指すべき新しいテーマ、いろいろな分野の商品に、これらのテクノロジーを入れようと日々努力していることは間違いない。


また、これらの分野の特許出願も盛んにおこなわれていることも当然である。

いまやあまりにも日常化しているキーワードですね。


5Gというのは第5世代移動通信システム、無線通信システム、大容量の動画・音声をサクサクやりとりできる無線ネットワークで、世界が一変するということで大注目。AIは人工知能、そしてIoTはInternet Of Thingsの略で、「モノのインターネット」。いろいろなモノにインターネットへの通信機能を付加して、どんな世界が展開できるか、そんな世界を模索する技術だ。


もうどこのメーカーでもやっているというか、鋭意取り込み中というところであろうか?


社会人になってからの会社人生をすべて電機メーカーに勤めることで、その数十年間の中でしみじみと学んだことがある。


それは画像処理(圧縮・伸長技術も含む)や音声処理(圧縮・伸長技術も含む)、そして記録メディアの大容量化の開発。この3点セットは、もう電機メーカーにとって基礎体力のようなもので、その開発費など金食い虫的な存在なのかもしれないけれど、この分野を怠ってしまえば、もうにっちもさっちも行かなくなってしまい、その企業の存命危機にも及んでしまうと思うこと。


いまの時代では、商品が売れるポイントは、もっとアプリケーション的と言うか、ユーザーの使い勝手、便利さという視点が大事なのであって、そこがモノを売るための戦略になっているような気がする。


昔と違って、この3つの分野は、いまや商品を売るための絶対的で、徹底的なアピールポイントにはなりえないのかもしれないけれど、でもここを疎かにしてしまったら、企業体力、企業の基礎体力、いわば技術力そのものがなくなってしまい、知らず知らずに老衰してしまうような気がする。


この3つの分野は一度やめちゃうと元に復活するのは大変ですから。大事な資産は保有し続けるべきです。


画像処理・音声処理・記録メディアの大容量化の3点セットはそんな電機メーカーの基礎体力の存在なのではないかと感じます。


自分の長年の経験値の感覚みたいなものです。


AIは、自分は、今後のこの企業の基礎体力の役割を担うのではないか、と想像します。AIで実現できることは、どちらかというとその人間では達成不可能な完璧なまでに計算された高性能、計算処理の高速化などがアピールポイントである。


でもAIだけじゃ、商品が売れるアピールポイントにはならいないんじゃないか?


AIもやはり画像処理・音声処理・記録メディアの大容量化の3点セットと同じ立ち位置で、いわゆる企業の基礎体力的な存在で、商品を支えていく感じで、それで今後は絶対に必須な技術。この基礎体力を疎かにしたら、将来取り残され存亡の危うさもあり得る。


だからAIは、決して商品宣伝の戦略の表には出にくいけれど、じつはその屋台骨を支えている基礎体力のような存在。


そんなイメージである。
だから企業はAIを今後やっていかないといけない。

そんな感じに感じています。



昨日、自分がいつも贔屓にしている大戸屋のある店舗に行って驚いてしまった。


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なんと!配膳のためのAIロボットが活躍していた。


店員さんの話だと、先週から導入を始めたそうで、名前は、”ひよしちゃん”というらしい。


大戸屋は、株主問題で旧体制と新体制が揉めていたニュースを拝見していたが、ひさしぶりに来てみたら、いまや、配膳もAIロボットで自動である。(笑)


この時代の進化は、もはや誰にも止められないだろう。
古き良き伝統を慮る精神も大事だが、これが我々に突きつけられた現実の姿だ。


このAI配膳ロボットだけではない。


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メニュー・オーダーも、いまや完全にiPadでの自動入力オーダー。このシステムに変わってから、オーダーから、配膳されるまで、スゴい回転率速くなった。(ひょっとしたらiPadではなく、お店特有の専用端末かもしれない。)


iPad入力に変わってからの配膳のスピード・アップは、自分は大戸屋のこの店舗に通い続けて10年以上の大ベテラン。昔をよく知っているからこそ、その配膳スピードの驚異的な改善が実感できるのである。本当に早くなった。


たぶん各テーブルの位置情報は、iPad入力により、その各テーブルの各iPad端末の個別IDが、そのままAI配膳ロボットに認識されているのだろう。


まさにキッチンとの連携プレーである。


店舗システムのAI,IoT化は、そのまま客の回転率の促進につながり、お店の利益上昇につながる。う~ん、時代はどんどん進んでいく。そのスピードぶりに驚くばかりだ。


でもそのとき自分は、すべての飲食店がそうなるべきか、というとそうなのかな、という気持ちもある。


昨日、吉田類さんの酒場放浪記が、ついに酒場を放浪すること1000回記念と言うことで、特別番組をやっていた。


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日本のよき伝統文化である”酒場””居酒屋”という大衆文化、地域密着型文化に対して、はたしてこのようなAI,IoTの導入は向いているであろうか?


自分の感触は”ノー”である。


やはり居酒屋、酒場は、オヤジ、店員さんとの直接対話、「今日はこんないいもんが入ってまっせ!」的な何気ないやりとりがないとダメなのだろうと思う。そういうやりとりがあってこそ、人の気持ちの行き来ができるのであって・・・そんな文化である。


人の温もりですね。


”酒場””居酒屋”文化には、AI,IoTは向いていないような気がする。


クラシックの分野で、AI,IoTの導入はどうであろうか?


いつぞやAIのアンドロイド・ロボットが指揮者になって、人間奏者たちのオーケストラを指揮する、というニュースを拝見したが、大変申し訳ないが、自分はあまりいい印象を持たなかった。


AIロボットの指揮者には、いわゆるAIによってプログラミングされた、昔のカラヤン、バーンスタインとかの巨匠の指揮振りのデータ情報が埋め込まれているのだろう。


だから、その指揮は、外見はロボットだけれど、指揮振りはカラヤンやバーンスタインそのものなのかもしれない。


でも自分は、やはりその外見ロボットが指揮をしている、というその姿に限りなく違和感、拒絶感があった。


また独奏者、ヴァイオリニスト、ピアニストなどの独奏者の奏法やクセなどもAIで徹底的に解析してデータ化することも可能なのであろう。


このようなことはすでにいま現在研究されていることではないだろうか?


クラシックの分野でAIによってなにができるのか?というのは、まだまだこれからの未知分野で探り中というところだと思うが、自分としては、AIがあまり表に出てくるような仕組みではなく、もっとその屋台骨を支えている基礎体力的な存在になってくれる、そういう立ち位置であってくれれば理想なのではないか、と思うのである。


やはりクラシックという分野は、指揮者、オーケストラ奏者、独奏ソリスト、声楽家ともに人間が織りなす芸術である。いろいろな人間がやるから、その個性が生まれるのであるし、また希代まれにみる大名演の公演もあれば、凡演の失敗もできてしまう。


そしてそこに音楽評論という世界が存在する。


音楽評論は、人間が織りなす芸術文化に対してのとても、いや最も人間らしい分野なのではないか、と思うからだ。


いろいろな指揮者、いろいろなオーケストラ、いろいろな独奏者がいるからこそ、その大名演&凡演、そしてそのバラエティ豊かな個性に対して論評を加えることができる。


AIロボットがおこなう画一的な行いに対して、果たしてそのような個性・多様性を見出すことができるであろうか?(ある学習されたプログラミングされた個性は見ることができるかもしれない。)・・・な~んて漠然だけど感じているのだ。(笑)


だから、クラシックの分野については、AIはいま指揮者たち、演奏家たちが困っている悩み事をそっと屋台骨で支えてあげるような、それで全体的に性能アップするような、そんな立ち位置を期待している。


自分の意見ですけれどね。

自分はクラシックに関しては、比較的保守的なので。。。


やっぱりいままでのクラシックの歴史・文化を壊したくない、その歴史をそのまま今後も永遠に継承していきたい。。そんな気持ちがあります。


あまりドラスティックに変わってしまうのは、好まないです。


たとえば電子楽譜GIVDOなんかもそうですね。自分はやはり奏者は紙の楽譜をめくってくれる操作をしているほうが好きだなぁ。奏者にとっても電子楽譜は、いろいろ便利な点が多いのでしょうけれど。


将棋の世界でもそうですね。
AIの登場で、棋士たちのライフスタイルが劇的に変わった。


いままで過去の名勝負の棋譜を自分で並べて、それを自分で勉強するという勉強スタイルが、いまやAI将棋ソフトで対戦もできるし、その棋譜をAIソフトで再現、勉強、分析することもできる。


でも人間の棋士同士が対戦するいままでの将棋スタイルが変わっている訳ではない。AIは、あくまでそんな棋士たちの勉強道具、あくまでツールとして利用しているに過ぎない。将棋の世界でもAIは、あくまで屋台骨を支える基礎体力的な存在である。


そのようなアプローチは、やはりAIとともに生きていくことを考えていくとき、必然と生まれたお互いの立ち位置の関係だったのだろう。



あくまで予想だけれど、クラシックについては、本当に何百年という伝統芸術の歴史の継承であるから、AIとの住み分けを考えた場合、AIが表に出るのではなく、そういう基礎体力の部分の屋台骨を支えるような役割がいいのではないのかな?と素人ながらに思うのである。AIをツールとして使うということですね。


AI,IoTについてそんなに明確なビジョンがある訳ではありませんが、なんとなくイメージ的に沸々と自分の中に沸き上がってきていることを書いてみたまでです。


昨日の大戸屋のAI配膳ロボットとの出会いがきっかけでした。(笑)





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