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ポリス アンディ・サマーズ 来日コンサート [海外ロック]

ポリスのギタリスト、アンディ・サマーズが来年2024年4月に来日コンサートを行うことを考えているそうだ。


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米ミネソタのラジオ局The Current at 89.3 FMのインタビューの中で「次のライヴは日本で、来年4月に東京と京都で予定している。今ちょうどそのことを考えているところなんだ」と述べている。


日本公演のついての発言はこれだけで、詳細は今後発表されると思われる。



「マルチメディア・ショーと表現するのが妥当だと思う。ビジュアルとオーディオ、つまりエレキギターを演奏する生身の男と大きなスクリーンに映し出される写真群。それぞれに特別な音楽があり、それに合わせて僕が即興で演奏する。それはすべて入念に練られたものなんだ。ブラジルの音楽に合わせてソロギターを弾くものもある。バッキングトラックを使ったものもあれば、そうでないものもある。インド、日本、中国、インドネシア、アメリカなど、世界中で撮影した写真だよ。僕が演奏するポリスの曲もあるし、この公演のためにアレンジした曲もあるんだ。」


情報ソース:


ポリスのアンディ・サマーズ、2024年4月に来日公演を行う予定



これは楽しみだ。嬉しいニュース。

往年のポリスファンとしては、スティングだけじゃなく、アンディ・サマーズやスチュアート・コープランドの活躍も期待しているものだ。3人には、いつまでも元気で頑張ってほしいものなのだ。


自分の記憶では、アンディがソロで日本でコンサートやるのは初めてじゃないか?

これは胸ときめくできごとだ。


アンディ・サマーズは、それこそ45年以上前のポリス時代からカメラを大の趣味にしていることで有名で、それこそあの頃からいろいろな作品をリリースしている。腕前はプロ級だ。ポリスのワールドツアーで世界中を旅しているときにも、その国々でいろいろなショットを撮影している。そのライブラリーは世界に渡り、膨大で、自分の曖昧な記憶だけど、写真集か、本で出版しているんじゃなかったかな?


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いま、アンディ・サマーズは米国でライブ・ツアーをやっているんですかね?

インタビューでも言及しているように、ビジュアルとオーディオ、ギターを演奏する男と大きなスクリーンに映し出される写真群。そういうコンセプトのライブだ。アンディらしいと思う。


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今回の日本でライブやるぞ!発言は、その延長線上にある日本バージョンということではないだろうか・・・


スチュアート・コープランドも先だって日記でお知らせしたとおり、オーケストラをバックに自分がドラムスで叩き振りをするツアーのワールドツアー真っ最中だ。ポリスの曲をオーケストラでクラシックで演奏しよう、という試みだ。(笑)


日本にも来てほしいです。


写真とギター。アンディの人生そのものを命題にしたライブ。ポリス時代の曲もやるし、このライブのためにアレンジした曲もある。ブラジルのボサノバもやる。これは楽しみだ。


アンディ・サマーズが愛した1961年製のフェンダー・テレキャスター。

アンディの代名詞、顔と言っていい、このギター。まさにこういう塗装の禿げ方をしているのがアンディが使っていたギターである証拠だ。


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アンディは、ポリスのライブのときに、このギターをメインに使っていて、なぜこんなに年季の入ったギターを使っているのか現役時代疑問だったのだが、ちゃんと理由があった。それは日記で紹介したとおりだ。


このアンディが使っていた、まさにこういう塗装の禿げ方をしているテレキャスターであるが、これ、いま本人の手元にあるのか、よくわからないのだ。アンディ関係のSNSアカウントは全部フォローしているのだが、第三者の赤の他人が、この塗装の剥がれたテレキャスターの写真を投稿していたりして、あれれ~と思うのだ。


ひょっとして、アンディはすでにこれを売却していたりするのかな~と思ったりする。

来年の来日コンサートのステージでこのテレキャスターがお目見えするかどうか、楽しみだ。


自分の記憶、理解では、ここ数年、晩年のアンディはライブのステージでは、新しいギターを使っており、このテレキャスターはいっさい使っていない。


そういえばブルース・スプリングスティーンのギターもこのテレキャスターだ。


ポール・マッカートニーがビートルズ時代の現役時代に使っていたヘフナーのベースを探すプロジェクトをスタートさせたニュース。ベースのヘフナー社が音頭をとる。そのプロジェクト名は、「ザ・ロスト・ベース・プロジェクト」。


「ザ・ロスト・ベース・プロジェクト」は「歴史上最も重要なベース」だという、ポール・マッカートニーがドイツのハンブルクで1961年に30ポンドで購入した最初のベースに関する情報を求めるものである。


ポールは1961年に、ドイツ・ハンブルグでヘフナー社の「500/1 バイオリンベース」を30ポンド(現在のレートで約5500円)で購入。しかし、8年後のゲット・バック・セッションのときに所在が分からなくなった。



プロジェクトを主導するのはハフナー社のニック・ワス氏。2人のジャーナリストと共に、「ロックンロール史上最大のミステリー」に挑むとしている。


ワス氏はポールとの長年の協力関係で知られ、今回のベースについて本も書いている。

ワス氏はBBCの取材に対し、マッカートニー氏が最近、話を持ち掛けてきたのが、捜索プロジェクトのきっかけだと語った。


「ビートルズを作ったベース」


このベースに何があったのかは分からない。ワス氏は、恐らく1969年に「ゲット・バック」の撮影が終わった後にどこかに置き去りにされたのだろうと話した。


「どこにしまわれたのかも、誰がその場にいたのかもわからない」

「多くの人は思い出すだろう。(中略)あれはビートルズを作ったベースだった」


プロジェクトのチームは、捜索に商業的な動機はないと明確にしている。

スコット氏は、「ヘフナーは、誰かが純粋な善意で申し出るだろうと予想している。その人は恐らく、自分が何を持っているのかさえ分かっていないだろう」と話した。


懸賞金は18億とも言われている。


「ビートルズを作ったベース」


まさにその通りだ。ぜひ見つかることを祈る。

スマン。横道にそれてしまった。


アンディのテレキャスターは、その点、どこにあるのかは問題ないように思う。いまアンディは所有しているのか、そうでないのか。。。疑問なところだが、往年のファンとしてはテレキャスターを弾いているアンディの姿をぜひ観てみたいものだ。


アンディ・サマーズは当時のロックシーンのギタリストとしては、かなり異色なギタリストだった。ポリスに加入する前からいろいろなバンドを渡り歩いてきたベテランで、非常に技巧派でテクニックのあるギタリスト。ロックギタリストにありがちなワンパターンの奏法だけでなく、いろいろなバリエーション豊かな弾き方を心得ているギタリストだった。それこそクラシックギターに至るまで。なによりロックギタリストに見られる曲の間奏のときのこれ見よがしのギターソロをやらない人だった。(笑)現役時代、自分はこれが欲求不満でストレスだった。これは後年、彼の著書で告白しているように、当時のロックギタリストにありがちなワンパターンを嫌ったのと、スティングの意向もあったようだ。


音楽のジャンルを乗り越えたいろいろなギター奏法でバンドのメロディラインを紡いだ人で、この人の奏法で、ポリスのサウンドが他のロックバンドとちょっと違ったかなりユニークなサウンドになったといえると思う。


アンディのギターテクやギター演奏する姿は、もうそれこそ学生の時代から、社会人の初期に至るまでもうビデオで徹底的に見まくったので、もうクセからなにから手に取るようにわかるし、徹底的に脳裏に刻まれている。


それは晩年になったいまでもそんなに変わらないだろう。

そのギターを演奏する姿を観れば、あ~いかにもアンディのギターだ!と確信するに違いない。


おそらくいま米国でやっているビジュアル&オーディオのショーなのだろう。最近、SNSアカウントでそのライブのステージでギター演奏するアンディの近影の写真を拝見したが、太ったな~、腹出たな~(笑)てな感じだが、これは男性アーティストの場合仕方がないですね。男は高齢化するにしたがってビジュアル的に不利です。


でもその姿は、自分がかつて夢中になったアンディの面影がしっかり残っており、ファンとしてはうれしい限りだ。


アンディのソロコンサート、日本で拝見できることを楽しみにしている。


追伸:


これまたスティングがインタビューで語ったことだけど、「Synchronicity Box」という特別コンセプトアルバムが出るらしい。


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そういうコンセプトを考えているらしい。それこそ本番に至るまでのデモテープの公開や、リハーサル、そして未発表曲なども含まれるBOXみたいだ。これも楽しみだ。


もう45年以上昔のロックバンドで、年寄りの昔懐かしみ現象かもしれないけど、やはり人間って自分の学生時代、思春期時代のヒーローって必ずいるはずだ。その青春時代のヒーローは、自分が何歳になっても自分の中で永遠のヒーローで居続けるものなのだ。


これは人間、誰しもがそうなのだ。


時代がずれて経験するだけのことなのだと思っている。









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スチュアート・コープランド [海外ロック]

スティング、アンディ・サマーズと語ってきたら、ドラマーのスチュアート・コープランドのことも語らないといけない。もうこれは自分の使命である。


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”ポリスサウンド”とは?とあらためて考えたときに、いろいろな要素がある中で、スチュアート・コープランドのドラムはもっとも大事と言うか、その根底にある基本中の基本と言っていい。


彼のスネアドラム”ビシッビシッ”と疾走する感じで突っ走るドラムは、まさに”ポリスビート”と言われ、ポリスというバンドのサウンドの根底にあった。


とくに左手のスティックの持ち方に特徴があって、その左手がいわゆる、”ビシッビシッ”のビートを生んでいるのである。


左手で一定間隔のリズムで”ビシッビシッ”を叩き出し、それをベースにして、右手でランダムに高速の飾りの装飾打音を加えていく。


これがスチュアート・コープランドのドラム技法である。彼のドラムの一番のポイントは、この左手による一定間隔のビシッビシッなのである。これがすごい疾走感で突っ走っているような印象を我々に与える。ポリスビートと言われる一種独特のドラムビートに聴こえるのは、すべてこの左手の使い方にあると自分は思っている。


タイミングが前であること。フラムの多用。


ロックバンドでいろいろなドラマーを見てきたけど、かなり個性的で特徴があり、あまり他にはいないタイプだった。


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あの人間業とは思えない、規則的で一定間隔で叩き出すビートは、本当にすごいものがある。よく彼らのライブの映像素材を夢中になって見ていたので、スチュアート・コープランドは、じつにうまいドラマーだな~と子供の頃から思っていた。


そしてスラっと細身でさらに長身で、とにかく身体能力、運動能力が抜群に長けた人で、もう全身バネなのである。もうバネとしか言いようがないくらいピョンピョン、瞬発力がある。


ライブの最初にステージに3人が上がってくるときも、スチュアート・コープランドは大抵Tシャツに半パンツという軽装で、汗をかき、運動量が半端ないドラマーにとってはある意味あたりまえの服装なのだが、もういつもステージ上でピョンピョン跳ねているイメージしかない、自分には。


とにかくすごい体にバネのように瞬発力があって、あういう体の造りだからこそ、ポリスビートが生まれたんだな、と思ってしまう。


ロックバンドのドラマーは、数知れず出会ってきたが、かなり個性が強いユニークで特徴的なドラマーだと自分は思う。


彼のスネアの効いた”ビシッビシッ”のビートを体験してしまうと、もう他のバンドのドラマーの音は温くて緩くて自分には刺激のないものに感じてしまう。


スチュワート・コープランドのドラムは左手の使い方に特徴があると言ったが、音量が求められるロックドラマーとしては珍しく、左手の手のひらを上に向ける「レギュラー(トラディショナル)・グリップ」の使い手なのである。


プレイはリバウンドを最大限に活かし、アタックが強くオープンリムショットや打面を両手でほぼ同時に叩く「フラム」を多用するのが特徴。


そして、何より肝心なのはハイハット・シンバルの表現力。


とにかく突っ走る感じで、放っておくとどんどん前のめりになっていってしまう。走るタイプのドラマーである。切れ味が素晴らしい。



スティングは、感情が高ぶりやすい。

アンディ・サマーズのプレイの安定感によりギリギリの線を保ち、豊かな演奏をしている。そんな3人のバランスであろうか。


ドラムが「ハシる」というのは決して悪いことではなく、これこそがスチュワート・コープランドの味であり、ポリスを象徴していると言っていい。



使用ドラムは日本のTAMAの愛用者で有名である。


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そんなスチュワート・コープランドだが、25歳で参加することとなるポリス以前には


・プログレッシブロックバンド「カーヴド・エア」

・ジャズロックバンド「ラスト・イグジット」


に参加しており、プログレやジャズロックの土台があった。


そのため、エイトビートを美徳とする「パンクバンドのドラマー」では考えつかない視点を備えていた。


運動能力、身体能力抜群のドラマーだったが、音楽的な素養、知性溢れる音楽家でもあった。


スティングに出会い、彼の才能に惚れこんで、彼を誘ってポリスというバンドを立ち上げたのは、スチュアート・コープランドである。


”POLICE=警察”と人を喰ったようなバンド名を考えたのもスチュアートである。


またポリスのあのレゲエサウンドを考案したのもスチュアートである。スチュアートがスティングにレゲエを薦めて、スティングがすっかりその魅力に取りつかれてしまい、自分の作曲にどんどんレゲエを取り入れていくようになる。


ロックバンドにありがちな単調なエイトビートの範囲を大きく逸脱した複雑なリズム体系を取り入れて、かなり高度なサウンドを構築できたのもスチュアートの音楽的素養と彼のドラミングによるところが大きい。


デビュー当時は、ロンドンのパンクバンドのひとつとして見られていたが、そんなやつらとは3人は経験や素養が全然違っていた。それがすぐにわかってきて、実力通り、頭角を現してくるのである。


ポリスをパンクバンドとしてデビューさせようというアイデアもスチュアートである。



スチュアート・コープランドはアメリカ生まれのアメリカ人である。


父マイルス・コープランドJr(1916年~1991年)はミュージシャンで、CIAのエージェントでもあり、その前身である戦略情報局が設立された時のメンバーであった。


母ロレーヌ・コープランド(1921年~2013年)はスコットランド人の考古学者。長兄マイルス(コープランド3世、1944年~)はインディレーベルを創業してポリスをデビューさせ、ポリスの初期のマネージャーも務めた。のちI.R.S.レコードを創業しR.E.M.やゴーゴーズを世に送り出した。次兄イアン(1949年~2006年)は、ポリスのブッキング・エージェントを務めていた。


スティングはどちらかという内向的でナイーブな性格でクリエイターの役割なので、ポリスというバンドの運営などは、兄たちがバンドのマネージャーをしていたこともあり、スチュアート・コープランドが実質的なリーダーといってよかった。



そしてスチュアート・コープランドはどんな人、性格なのか?


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もうアメリカ人そのものである。根っからの明るい性格で、もうヤンチャそのものである。そしてマシンガンのように喋り出したら止まらない。


ポリスの最初の頃のインタビューで3人で受けていたときのこと。インタビューアーの質問に対してスチュアートが一方的にずっと喋りっぱなしで、他の2人は話す機会がなかったことがあったそう。


それ以来、バンドのインタビューは、今回は誰が答える、というように、答える担当を決めて臨むことになったそうである。


根っから明るいアメリカ人のスチュアートと、内向的でナイーブなスティング、そしてギタリストとして経験豊富で人生でも先輩だったアンディ。そんな絡み合いだったようである。



スチュアート・コープランドにとって、スティングとアンディとのつながりは、どのくらいのスピードで発展していったのだろうか?あるインタビューでこんなふうに語っている。


「スティングとは、すぐに打ち解けたよ。彼が演奏しているのを見て、“すごいベーシストだな、それに歌も歌える!かっこいい!これはいい。これで僕の歌のニーズは満たされる”と思ったよ。でも、彼があんなに歌えるとは誰も思っていなかったんだ。


アンディが加入したとき、スティングは意見を言わないので、バンドのマネージャーとしてはちょっと居心地が悪かったんだ。僕がフォトセッションを行い、写真を選ぶと、彼は“いいよ、何でもいいよ”と言うんだ。彼は音楽をやるのに忙しいんだ。それが彼の仕事だからね。


でも、アンディが加入してからは、いくつかのことがあった。第一に、意見を求める行為(セカンド・オピニオン)に対応しなければならなかった。アンディがいることで、バンドにもう一人、ビジネスのことを考える人がいることは、実は素晴らしいことだったんだ。


もうひとつは、本当に重要なことなんだけど、彼が持っていた派手なコードだったんだ。スティングに火をつけたんだ。アンディがバンドに加わった日から、スティングは、ものすごい曲を書き始めたんだ。ジャズをやっていた彼は、自分がどれだけ優れたソングライターなのか、本人もわかっていなかったんじゃないかと思う。でも、3分間の曲を演奏することを余儀なくされ、アンディのスキルと才能に恵まれたことで、すべてが一つになり、彼は素晴らしい曲を書くようになったんだ。」


ポリスが実質活動を休止し始めた1984年以降。スチュアート・コープランドはどのように音楽家・ドラマー人生を歩んできたのか?


スチュアートは、非常に頭の回転が速く、頭脳明晰で、知性も豊富だった。単なるいちドラマーとして人生を終えなかった。


ポリス解散か?永久に活動休止と言われていた1984年以降。スティングはソロ活動開始。アンディは盟友ロバート・フィリップとギターの共作アルバムを制作。そしてスチュアートは映画のサントラを制作するというミッションで忙しかった。


スチュアートが担当した映画サントラが、この「リズマニスト」である。1985年かな?スチュアートがアフリカの巡礼の旅をおこないその模様を収録した映画で、スチュアートのソロ映画作品、そしてサントラだった。


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1985年当時、スティングのソロはレコードを買って聴いていたし、アンディとロバート・フィリップスのギター共作のアルバムもレコードを買って聴いていた。でもスチュアートのこのサントラのソロ作品だけ買えなかったんだよね。大学の学生だったから当時お金がなかった。それ以来ずっと聴きたいと思いながらもずっとそのままになっていて、今回スチュアートの日記を書くにあたって、このアルバムを買って聴こうと思った。


でもすでに廃盤で通常ルートでは買えなかった。中古市場で探し出し、5000円も払ってやっと入手しましたよ。


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もう感無量でした。もう40年ぶりの再会である。40年経っていまようやく彼のソロを聴けます。


全般的にアフリカのあの民族音楽が全体のモチーフとなっていて、すべての曲に装飾されている。あの当時はポリスのドラマー、スチュアート・コープランドが担当したサントラということでかなり話題沸騰になっていたけど、いま聴くとやはり色褪せるというか、アフリカ民族音楽を聴いている以上のものはあまり特別に感じなかった。ただ9トラック目の曲で一気に目が覚めた。あのスチュアートのビシッビシッというビートが炸裂して、おぉぉぉおおお~これこそスチュアートのドラムということで、興奮してしまった。このアルバムで唯一自分がオッと思ったところかな?


この映画では、こんな撮影も。オリの中でドラムを打ちまくり、ライオンが興奮して襲ってくるみたいな。(笑)


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バンド活動休止になってからも、スチュアートはいろいろ活動が豊富で忙しかったようである。


1989年にアニマル・ロジックという3人編成のバンドを結成する。ベースとシンガーとドラムというトリオである。2枚のアルバムを出したが、続かずそのまま休止状態だったが、2022年に再結成して31年ぶりに新曲を発表したそうだ。


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作曲家としての活動も豊富でいわゆるサウンドトラックである。


1983年、映画監督のフランシス・フォード・コッポラの依頼で映画「ランブルフィッシュ」の音楽を担当して、ゴールデングローブ賞の作曲賞にノミネートされた。これをきっかけにコープランドは、映画「ウォール街」(1987年)、「トーク・レディオ」(1988年)、「見ざる聞かざる目撃者」(1989年)、テレビ番組「ザ・シークレット・ハンター」(1985年-1989年)、Dead Like Me(2003年-2004年)、ビデオゲーム「スパイロ・ザ・ドラゴン」などのサウンドトラックを担当した。



オペラ・バレエ・管弦楽曲でも活躍している。


「ランブルフィッシュ」の制作スタッフの一人であったマイケル・スムーインがサンフランシスコ・バレエの監督になり、コープランドにバレエの作曲を依頼した。彼は依頼に応えて「リア王」を作曲し、サンフランシスコ・バレエはこの作品を1984年に初演した。彼はこの活動をきっかけに、クリーブランド・オペラの総監督であったデビッド・バムバーガーにオペラの作曲をもちかけられて、4年間を費やしてHoly Blood and the Crescent Moonを作曲したのだそうである。


ポリス時代でもアルバムの曲の8割から9割はスティングの曲なんだけど、残りをアンディとスチュアートで分けるみたいな感じで、デビュー当時から作曲には携わっていた。ただそれをお披露目する機会がなかっただけのこと。


ポリス時代のスチュアートの曲はなかなかセンスがよくていい曲が多いと思っていたので、ソロになって自分の作曲能力を存分に発揮できていて本当によかったと思う。


この彼の作曲活動の履歴をいま理解しても、まったくすごいと驚かないし、彼ならそれだけの才能はあったと思っている。



いま最近のスチュアートの活動はどうなのか?

ちょっと調べてみた。そうしたらびっくりたまげてしまった。


なんと!!!クラシックのオーケストラとドラムとの競演ということで、クラシックのコンサートホールでコンサートをやっているのだ。


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Police Deranged for Orchestraということで、ポリスの曲をオーケストラを使って実現しようという試みである。セットリストを見ると、デモリューションマン、キング・オブ・ペイン、ロクサーヌ、マテリアル・ワールド、ウォーキング・オン・ザ・ムーン、高校教師、そして見つめていたい。。。


あのポリス時代の名曲目白押しである。

しかもアムステルダム・コンセルトヘボウでの実現である。(笑)


そのときの模様を紹介しよう。なんとスチュアートが指揮までやっている。いやいやギターまで弾いちゃってますよ。(笑)ポリスの曲をオーケストラで演奏する時代が来るとは思ってもいなかった。


クラシックの世界では弾き振りというのがあるじゃないですか?この写真を見てみると、どうも弾き振りならない”叩き振り”という感じなんですよね。ドラムをオーケストラの中心に添えるとは!


クラシック界におけるロックバンド・ポリスへのオマージュという図なのでしょうか・・・。


もう驚きとしかいいようがないです。


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Police Deranged for Orchestra。


Derangedというのは「精神が錯乱した」「気が狂った」という意味である。(笑)まさにポリスの曲をクラシックアレンジというのは狂気の沙汰なのだろう。


なんと!さらに驚くことに、このPolice Deranged for Orchestra、アムステルダム・コンセルトヘボウだけではない。去年の2022年から今年の2023年にかけて、いま世界ツアーをおこなっているのだ。(笑)


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ロンドン、ドイツ、ハンガリー、ポーランド。。

ひたすら驚くしかない。



まさか、スチュアート・コープランドがポリスの曲を使ってオーケストラと共演してクラシックのコンサートホールで演奏する日がやってくるとは!夢にも思わなかったです。(笑)日本にも来てほしいです。



陽気なアメリカン、スチュアート・コープランドの快進撃はまだまだ続きます。


彼が参加したアルバムのサウンドが本年度2023年のグラミー賞でベスト・イマーシブ・オーディオ・アルバムとしてノミネートされているそうだ。イマーシブ、3Dオーディオ、空間オーディオですか。。。最先端を行っていてさすがとしかいいようがないです。


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ドラムだけじゃないよ~~~・ギターも弾いちゃいます。(笑)


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陽気なアメリカン、なんか元気そうでよかったです。

ひさしぶりにスチュアート・コープランドのことを気にかけてみたら、予想をはるかに超える活躍ぶりで安心しました。


なんか自分はえらく元気をもらった気がします。









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スティングの来日公演_2023に向けて [海外ロック]

スティングがまた来日する。「マイ・ソングス・ジャパンツアー2023」である。


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「マイ・ソングス」というのは、いまから4年前の2019年にポリス時代からの自分のヒット曲をセルフカバーしたベストアルバムである。


ポリス時代の名曲からソロ楽曲まで40年以上のキャリアの総決算、いわば自分のミュージシャンとしての道標、歴史絵巻のような位置づけのアルバムである。そしてその秋には、そのベストアルバムにちなんだ世界ツアーもおこなった。


日本にも来てくれて、行きましたよ~。

幕張メッセでした。


とにかく幕張メッセというのは展示会用ホールであって、音楽ライブ会場としてはどうなのか、という感じで、ましてや大爆音のロックショーである。もう体中にドスンドスンというすごい振動が伝わってきて、耳が壊れるくらいの大音量。


そのとき、自分は年齢的にも体力的にも、もうロックのライブは無理かな、と感じてしまった。


今回、また日本に来てくれるということで、また行ってみる?とも過ぎったが、4年前と比較して、いまはかなり耳が弱くなっているので、もうあのような爆音は無理だな~と思い、今回は遠慮することにした。


自分にとって、2019年の「マイ・ソングス・ジャパンツアー」が自分にとってのスティングの総決算であった。


あの公演は最高に素晴らしかった。

日記にもその熱い想いを書いた。


「スティングが、ロックや彼仕様のジャズ・ロックの音楽性に飽きてきて、クラシックやもっと違った音楽性にトライしていたようなところもあって、ずっとそういう期間が長期間あり、ロックからすごく距離を置いていた時代があったと思う。


アーティストとして自分の音楽性を広げるという点では、それもあくまで正しい選択なのだけれど、やっぱり古くからのファンというものは、いつまでも自分がもっとも入れ込んでいた時期の姿、音楽性に愛着がある訳で、いろいろなジャンルに挑戦するスティングに不満とまではいかないまでも、どうしてもついていけない部分もあったのではないだろうか?


前作からロックに復帰してくれて、今回のアルバムでは自分のキャリアの総決算のロックアルバム。


やっぱりスティングにはロックが一番似合う!」


自分は4年前にこう書いて締めていた。そして最高のコンサートで、もう彼のコンサートに行くことはないかな、もうこれでお終い宣言をしていた。


予算や耳の調子、体力があればぜひまた行きたいのだが、やっぱりちょっと無理かなぁ・・・。


今回の日本ツアーの真意はどこにあるのかな?あれから、とくに新曲をリリースしたわけでもなく、4年前と同じ総決算的なマイ・ソングス中心のナンバー。


やっぱり2020年に世界中でコロナのパンデミックが始まってしまい、それ以来2022年までの2年間、音楽ライブは諸悪の根源みたいな扱いを受けて、ライブをやることは許されなかった。


ミュージシャンにとっては、自分の居場所をなくしたような喪失感、まさに人生最悪のときだったであろう。そんな悪魔のようなときを経て、ようやく世界的にも許容できるレベルになって、もう音楽家としてはいてもたってもいられなかったのであろう。


ライブはロックの原点である。


そんな体の内から湧き出てくるような衝動を抑えることができず、スティングがぜひ世界ツアー、日本ツアーを再開したいと思うようになったとしても、その気持ちがよく分かるような気がする。


自分は、今回のツアー、大成功となることを心からお祈りしている。

頑張ってほしい!!!


スティングの来日公演といえば、有名なのはらーめん屋さん通いである。スティングは、らーめんが大好きで、日本に来るとかならずらーめん屋さんに行って、それをインスタに投稿したりして、ファンの間ですごい話題になったりする。


スティングは来日すると、なぜかそのとめどもなく溢れるラーメン愛で話題になるのである。(笑)


前々回の来日のときに、インスタグラムで山頭火でラーメン食べました的なショットを上げて話題になった。そしてユニバーサル・ミュージックでは、スティングの大好きなラーメン屋さんベスト3も発表した。


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そして前回もその期待を裏切らなかった!


前回ツアーは福岡からスタートしたのだが、その福岡でまたラーメン・ショットをインスタグラムに上げたのだった。


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スティングが福岡で訪れたラーメン屋は、元祖唐辛子入り豚骨ラーメン屋の「鳳凛」。福岡で4店舗をかまえる鳳凛の春吉店である。


もっといいとこ連れてってやれよ~。(笑)

なんて言ったら怒られるかな。有名なところなんですかね?



スティングは雑誌のインタビューでそんならーめん愛について、こう言っている。


「いつでも最高のラーメン店を求めて歩いている(笑)。それも、観光客が行くようなところじゃなくて地元のサラリーマンが通っているようなところがいいね。実は昨日も福岡で美味しいところを見つけたんだ。作業着を着た人たちが、美味そうに食べてる最高の店だった。これから東京、仙台、大阪と行く中で、そういうラーメン屋を見つけるのが本当に楽しみだよ!」


そして、今回の来日ツアー、広島から始まって、大阪、東京、名古屋とわたるツアー。もうスティングはこのどこかでらーめん屋さんに行くことを宣言している。(笑)


「とにかく毎日、毎日、毎日、ラーメンを食べるのが楽しみです。店のカウンターでみなと並んで一緒に食べるのは、素敵です。日本が好きで、日本の文化が大好きです。」


ひょっとすると、今回の日本ツアーはらーめんが食べたくなって、ツアーをやろうと思い始めたのではないか?そんな気もする。いままではツアー中、らーめんネタをインスタに上げるのは1回だけだったけど、今回は連日連夜かもしれませんね。


しかし、らーめんが好きとはな~。(笑)自分の青春時代の憧れていたスターが、同じらーめん愛に溢れているとは思ってもいなかったです。


このツアーに先立って、朝日新聞社からのインタビューを受けている記事を拝読した。パソコン上でのWebミーティングという形式だったようだが、その記事はなかなかスティングらしい内容だと思った。


スティング 来日控え単独インタビュー 「歌は一晩で世界を変えられないけれど」



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スティングはやはり性格的に内向的でまじめだよね。彼の人間性はやはり”まじめ”というところに尽きると思う。そして、内向的でナイーブ。


彼のステージ上でのパフォーマンスは、それとはまったく正反対の別の彼、仮の姿、普段の自分とは違う別の世界での自分を楽しんでいる、そんな感じに思ってしまう。


非常に社会派で、世界の政治的なことも含め、つねにシリアスにまじめに考えている。それは自分のメディアでの発言やインタビューだけではなく、実際、自分の行動として起こしていて、非常に社会派の音楽家だと思う。



ウクライナを支援するために、1985年の楽曲「Russians(ロシア人たち)」の動画を公開したことが世界中で話題になった。なぜ、40年近く前に発表した曲をいま歌ったのだろうか。


今回の朝日新聞社とのインタビューでも、その理由について語っている。その内容を読んでみると、やはりスティングらしいな、と思う。いかにも彼らしい。彼のことを1977年からずっと見続けてきた自分が、彼らしい、と感じるから間違いない。


そのインタビューで興味深いところを何点か引用しよう。


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ロックなどの音楽が社会的なメッセージを発することは重要だと思いますか。


「歌で世界を変えることができるのか」と昔からよく聞かれます。私はたいてい「ノー」と答える。できるのは将来的に実を結ぶかもしれないアイデアの種をまくこと。


たとえば、若い聴衆を前に、私が関心を寄せる問題について歌うことができる。もしかしたら、その若い観客の中には、将来政治家や社会のリーダーになる人たちがいて、その人たちのものの考え方にプラスになるかもしれない。でも、それには何年もかかる。そうした意味において、歌が一晩で世界を変えることはできないと思います。


人生をより良く生きるには楽観的であることです。悲観的に生きるのはよくないと思う一方で、楽観的に生きるのは難しい世の中にもなっている。


でも、未来への道筋、希望を見出すことは絶対に必要で、そのために芸術、音楽が果たすべき役割は大きい。



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ここ数年、ロックを聴く人が増えたと言われています。若い世代が過去の名曲に簡単にアクセスできるようになったことが要因にあるのではないかと思います。社会的なメッセージを発する若い世代のロックバンドも増えています。ロックの現状について、どのように考えていますか。



ストリーミングによる音楽サブスクリプション(定額制配信サービス)は非常に興味深い。アーティストとしても、自分の曲がどのように受け入れられているかを知ることができる。


例えば、どの曲が一番人気があり、聴き手はどこに住んでいるか、そして性別や年齢までわかる。このようなデータはとても興味深く、これまで入手することができなかった。


「マイソングス」という私の最新ツアーでは、ファンが私のどの曲を聴きたいかという調査に基づいて曲を選びました。


ストリーミングは誰もがいとも簡単にあらゆる音楽の歴史を手に入れられる。とても便利で素晴らしいツールです。


唯一の問題は、ミュージシャンに適切な報酬が支払われていないこと。そこから得られる報酬は非常に小さい。私はすでに成功しているからいいが、若いアーティストにとってはとても厳しい状況です。彼らにはもっともっとサポートが必要で、もっと公平であるべきです。




さて、2019年に「マイ・ソングス」のベストアルバムをリリースしたあの年、それにちなんだ日本ツアーにも行ったりして、あの年は、ポール・マッカートニーと並んで、自分のスティングに対する愛や想い出、個人的な想いを日記という形で数々リリースしてきた。


あの年はいわゆる豊作の年であった。


もうあれ以上のことは言えないし、書けないし、あれが全部なのであるが、あらためて言わせてもらえば、1977年~1987年、まさに中学生から大学生に至るまでの思春期の学生、青年時代、自分の崇拝していたスターでした。


やっぱり子供時代、とくに男の子というのは、自分の内なる中にヒーローというのがかならずいるんですよね。そういう存在がかならずいる。


子供の頃から音楽が好きで好きで堪らなかった、そしてその後の人生も音楽に傾倒する人生を歩んできた自分にとって、そして洋楽ロックまっしぐら路線だった青春期の自分にとって、スティングはアイドルでした。


ルックス、ハスキーでセクシーなテノールの声、そしてカッコいいステージパフォーマンス。


もうお互いいい歳になってしまい寄る年波には勝てないと思いますが、スティングはいい歳の取り方をしているな、と思いますね。


若い頃とは違う年相応のダンディズムを兼ね備えながら、上手に歳を取っているように思います。いつまでも若々しく長生きして頑張ってほしいです。


自分も負けず、これからの人生頑張って生きていかないといけないな。


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続・私の音楽遍歴 [海外ロック]

大好評だった?(笑)前回に続き、第2弾。まだまだ秘蔵のアナログレコードあります。自分の青春時代を彩った音楽たちの続きです。


中・高・大と学生時代は洋楽ロック少年だった自分に、その扉を開いてくれたのはビートルズやポール・マッカートニー&ウィングスだったわけだが、最近Twitterでとても魅力的なアカウント見つけてしまった。


いわゆる"bot"というやつで、有名人の発言集をあつめたつぶやきですね。クラシックの作曲家や小説家など、もういろいろなジャンルがあるけれど、最近、ジョン・レノンとポール・マッカートニーのbotに出会ってしまった。(もちろん非公式アカウントですが。)


これがすごい夢中になってしまう。


クラシックの作曲家の発言より、全然自分に与えるインパクト大きいです。(笑)


なんかジョンやポールがリアルに発言した言葉なんだな、と思うともうズキ~ンと心が締め付けられる感じで、内容も長年のファンにとっては刺激的で、かなり衝撃です、自分にとって。


ジョン・レノンbot
ポール・マッカートニーbot


です。ぜひビートルズ・ファンでしたら、フォローしてあげてください。ボクは、他にもジョージやリンゴのbotもフォローしました。


ジョンとポールの発言で結構刺激的な内容をちょっといくつか紹介しますね。

さすがジョンのほうが過激です。(笑)


<<ジョン・レノンbot>>


綺麗なメロディはポール。俺はロックンロールしか書けないと思っていた時期があった。でも例えば"This Boy"を聴けば、俺は最高のメロディを書いていたことが分かる。



ビートルズは、ポールの曲を細かいところまで推敲するのには何時間もかけていたが、"Strawberry Fields Forever"や"Across The Universe"みたいな俺の良い曲の番になると、だらけた雰囲気になって、実験的なことをやるはめになるんだ。



"She Loves You"は俺たち2人で書いた曲だ。ポールのアイデアだったと思う。アイラブユーとまた歌う代わりに、第三者を登場させて、何か別の物を掴ませるようにしようとポールが決めた。



【"Taxman"について2】「ジョージの曲を手伝わなきゃならないなんて、やめてくれよな全く」と俺は思った。自分の分とポールの分で手一杯だったんだ。でも俺はジョージのことが大好きだし、彼を傷つけたくなかったから、彼が電話してきた時、とりあえず本音を隠して「いいよ」と言ったんだ。



【"Let It Be"について】作り直される前のくだらないものが発売されるのもいいんじゃないかとすら思っていた。ビートルズという偶像がそれによって破壊されるから。地に堕ちるわけだ。



<<ポール・マッカートニー>>


人々はみんな、「これはポールじゃない、ジョンの曲だ」とか、「ジョンじゃない、ポールだ」と言うけれど、違うんだよ。僕は分かってる。他のビートルもそうじゃないって知ってるよ。作品のほとんどは、グループの団結と努力で出来てるんだ。



ジョンとは最初のころから一緒にやっていたし、音楽的な意味でも非常に近い意識だった。それに僕らは、競い合ってたしね。作曲面とかでね。彼がいい曲を書いてくると、僕はもっといい曲を書こうと思ったものだよ。けど、ウイングスではそういうことはない。



ジョンを殺した奴については僕の頭のなかで、あるフレーズが延々と鳴っていたんだよね。こいつはアホのなかのアホだと。本当に悲しくてどうにもならなかった。ジョンはなんか、いつまでもいてくれそうな、それでいつでもつるめそうな、そんな気がしてたから。



自分でもそのうち音楽をするのが飽き飽きするんじゃないかと思っていたけど、全然音楽には飽きていない。不思議なことに年が経てば経つほどエキサイティングになってきた。経験を積むほど"やれるんだ"という自信がついて、心配がなくなったからだと思う。今では間違っても気にもならなくなったね。



バディ・リッチが、リンゴが技術的に上手くないと馬鹿にしたという噂を聞いたことがある。僕らはバディ・リッチを尊敬していたけど、リンゴのサウンドとスタイルの方が好きだ。もちろんリンゴは一分間に1000本のパラディドルなんて叩けない。でも僕らはそもそもそんなの求めていないってわけ。



では第2弾行きます。


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スティービー・ワンダーも自分の世代では絶対外せないビッグ・スターである。少年だった自分は、全盲で作曲するその才能が当時とても信じられなかった。スティービー・ワンダーは、自分はやはり不世出の希代のメロディー・メーカーだとつくづく思う。一度聴いたら、決して人の心を掴んで離さない、そのキャッチーな旋律は本当に素晴らしいです。


大学時代によくロック談義をしていた友人は、スティービー・ワンダーが嫌いだった。あのこぶしをまわすような歌い方がいやだという。あいつは根っからのロック少年だったからなんだろうな、と当時の自分は思っていた。


スティービー・ワンダーのアルバムは、もう傑作が数えきれないほどあるけれど、その中に自分が最高傑作、この作品の完成度を超えるものはない、と断言していたのが、この「キー・オブ・ライフ」。


これは素晴らしいです。


1976年に米チャートでも連続13週1位を独走して、その年の米グラミー賞で主要4部門を独占した。おそらくスティービー・ワンダーにとって、この作品が出世作だったのだと思う。


単なるポップスというより、もっと深遠な世界、自分は自然=ネイチャーの感性に寄り添った音楽、アルバムのような感じがした。


本当に、これがスティービーの最高傑作だと思います。

愛するデュークや可愛いアイシャがいいですね。


特に可愛いアイシャは、赤ちゃんの声が入っていて、これは自分の子供に対する愛情表現の曲なのかな、と思いました。このキーオブ・ライフ、そして特に可愛いアイシャは40年経過したいまでも、Walkman→iPodと変遷する中(いまはもう耳悪くするのでインナーオーディオ辞めました。)ずっと通勤時間に聴いてきた曲です。



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スティービー・ワンダーと言ったら忘れられないのが、ポールとのジョイントで話題沸騰だった「エボニー&アイボリー」。このタッグを知ったとき本当にびっくりしました。


もう夢中で聴いていたような・・・。やっぱりポールがリードする感じで、スティービーもちょっと引いた立ち位置だったのが印象的でした。題名の意味は、「黒鍵と白鍵」なんですよね。


これ、いまやったら人種差別問題で訴えられるのではないでしょうか?(笑)


自分はもちろん両人ともファンでしたが、このジョイントを聴いて、ますますポールのことが好きになりました。ポールの方がアピール度が大きかった。あと、自分は買いませんでしたが、ポールは、マイケル・ジャクソンともジョイントしていますね。マイケルから、「作曲の仕方を教えてください。」と言われたとか。。。


ますますポールの偉大さを感じた、そんな当時でした。



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フィル・コリンズも当時の自分の世代では忘れることのできないメロディ・メーカーでしたね。3人編成のジェネシスの活躍も凄かったですが、自分の時代はフィルがソロで活躍したタイミングでした。そのときに大ヒットしたアルバムがこのアルバムですね。頭髪が薄くて格好良くないのに、すごくセンチメンタルでいい曲を書くそのギャップが好きでした。(笑)いま、どうしているのかな~???


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ボビー・ウーマックというシンガー・ソングライターを知っていますか?この当時の1980年代、MTVで大活躍したアメリカの歌手ですね。音楽のジャンルからすると、ソウルやファンクに属すると思うのですが、本当に美しいメロディを書く人で、でもどこか真正直なポップスではない、ちょっとソウル・ファンクのあのやや陰影感のある感じがとても素晴らしかったです。自分はMTVで大好きになり、その当時大ヒットしていたこのアルバムを買ったのでした。2014年に亡くなられていますね。2009年にロック殿堂に入りました。


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パット・ベネターも自分のMTV時代に活躍した女性シンガー・ソングライターです。1970年代、当時はまだ女性のハードロッカーが少なかった時期に活動を始め、1980年代前半に全米でトップクラスのボーカリストに昇り詰めました。ロックといっても女性でないと出せない格好良さがありますね。


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ボクの世代で、フリードウッド・マックを知らない人はいないでしょう。1970年代に絶頂期を迎え、自分が聴きだした1980年代は安定期に入ったビッグバンドでした。この「噂」のアルバムは、もっとも彼らの中で有名な作品ですね。初期の頃は結構過激な音楽指向のバンドらしかったですが、自分が聴いていた時はソフトムードな感じでした。


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フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドは、これまた1980年代のMTV全盛時代のスターでしたね。シングルカットの「リラックス」が大ヒットしました。ボーカルがゲイでしたね。ちょっとよく覚えていないけれど、あのカルチャークラブの前身のバンドでしたっけ???


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ビッグ・カントリーは、スコットランドのロックバンド。この頃の自分は本当にUKべったし、でしたね。バグパイプに似せた音色でケルト的な雰囲気を醸し出すギターサウンドや、男っぽい骨太の曲中に時折挿入される甘い女性コーラスなど個性的なサウンドでした。英国、カナダ、アメリカの3国でゴールドディスク以上を記録して100万枚以上を売り上げたセールス的には大成功したバンドでした。


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スティーブミラーバンドを知っている人はなかなかいないだろうな・・・アメリカのロックバンドでした。自分はロックのルーツは、やはり黒人のブルースやリズム&ブルースに根源にあって、そこから影響を受けているミュージシャンが当時すごく多かったので、自分もその世界を勉強してみたいと思っていて、それでこのバンドを聴いてみようと思ったのでした。この「ジョーカー」は傑作です。


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ストラングラーズは、あのUKパンクそしてニューウエーブの時代を駆け抜けたバンドでした。来日公演もしています。ロンドンに発したパンク&ニューウエーブの時代はもっとも自分の心の中で恐怖に感じたあのドキドキ感は、たぶん今後現れることもないんだろうな、と思います。


パンク・バンドは大体演奏テク的にお粗末で勢いだけで出てきた人たちが多い中で、ストラングラーズはバンドとしての演奏技術力はしっかりしたものを持っていました。三島由紀夫に捧ぐ歌なんかも作曲していましたよ。(笑)



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ピンクフロイドの「狂気」。懐かしすぎる。(笑)もうベストセラーでしたね。ピンクフロイドと言ったら、この狂気と、あと原子心母でしょうか。UKのロックバンドでした。プログレ(プログレッシブ・ロック)ですね。自分はプログレはそれほど聴き込んではいませんでしたが、ピンクフロイドだけはよく聴いていました。プログレは大人のロックというイメージを当時持っていました。ピンクフロイドは、プログレのジャンルの中では
五大バンドのひとつと言われていました。


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ニューオーダーは知る人ぞ知るという感じのバンドでした。いかにもUKロックという感じ。この「ブルーマンデー」は当時のUKチャートの首位を独走していた記憶あります。サウンド的には、テクノロックという感じの音楽です。ロッキンオンで絶賛していたのをきっかけに知って、さらに英国チャートを独走して話題になっていたので買った、という経緯だったと思います。



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P.I.L.(Public Image Limited)は、まさにパンク→ニューウエーブの代表格ですね。というか、あのセックスピストルズのボーカルのジョニーロットンが、ピストルズ解散後に本名のジョン・ライドンに戻して結成したバンドですから。


P.I.L.と言ったら、絶対このFlowers Of Romanceでしょう。


このジャケットに自分のアンテナの感性が猛烈に反応。
これは素晴らしい!
こういうセンス、大好きです。超自分好み!


でもセックス・ピストルズを知っている世代の自分は、あのアナーキーなサウンドを恐れて、P.I.L.もそれを踏襲しているのではないか、とずっと恐れてなかなか怖くて再生できなかった記憶があります。(笑)ジャケットだけをただ鑑賞しているみたいな感じです。



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そしてもう自分の日記で何回も登場している常連のポリスですが、アルバムを全部揃えているのは当然ですが、こういうシングル・レコードも持っているんですよね。


当時の時代を生きていた生き証人ですね。


「見つめていたい」のジャケット格好いいですよね。シンクロニシティーのジャケットは、ロック史上でもっともカッコいいジャケットだと思っています。


隣は高校教師です。もちろん日本盤ですからタイトルも日本語で印字です。
高校の時に買ったシングルじゃなかったかな?
まさに生き証人。
大切な財産です。


どうですか?

みなさんの聴いていた音楽と同期するところありますか?


当時世間の流行であったフォークソングや歌謡曲などに夢中になっている友人をよそ目に、自分はちょっと違う感を出したい、かなり英国ロックに傾倒していた、粋がっていた生意気な学生でしたから、ちょっと変わっているかもしれませんね。


でも有名どころは、みなさんによく知っている音楽ではないでしょうか。


音楽の力は偉大です。
音楽は世界を救います。
音楽は不要不急じゃないです。


コロナ禍でみなさん明日を生きていくのも必死という状況もよく承知していますが、そして自分がそういう状況下に対して、できることも大きくないですが、せめて上の3つのことを世界に向けて発信することはできるのではないでしょうか。







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