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復活の日 [国内クラシックコンサート・レビュー]

「一に健康、ニに才能」というのが座右の銘である。なぜ「一に健康」で「ニに才能」かというと、単純に考えて健康が才能を呼びこむことはあっても、才能が健康を呼びこむ可能性はまずないからである。


この座右の銘を知ったとき、自分はものすごく感動して、これをそのまま自分の座右の銘にすることにした。


思い起こせば、自分の50数年の人生の中で、もっとも人生の危機と言える期間は、いずれも病気になって健康を損なったときである。


健康の有難みは、普段なんとも感じなく生活しているけれど、それを損なってはじめてその有難みを思い知るものである。


今年のミューザ川崎のフェスタサマーミューザ川崎2021で広上&京響の公演で最後のお別れをしに行ったとき、謎の平衡感覚欠如&歩行困難に襲われ、なんとか川崎までコンサートに行ったのだけれど、自宅へ帰るまではもう這って死に物狂いで帰ったと言って過言ではなかった。


その夜に超絶具合が悪くなって、夜が明けるのを待って、救急車で病院へ救急搬送された。(自分で救急車を呼びました。)


緊急入院。それから怒涛の2か月間の闘病生活を余儀なくされた。楽しさいっぱいのあの頃、誰がこんな展開を予想できたであろうか。。。


Tokyo2020真っ盛りのとき。閉会式まであと2日という日だった。もうなんかすごい遠い昔のように思えてしまう。(笑)


平衡感覚、バランス感覚欠如。歩行困難。もう車いす生活である。車いすから立つことすらできなかった。目眩で超気持ち悪い。


医学の進歩により、最近の治療の考え方が変わり、入院したその翌日からすぐリハビリに入る。昔は安静にという発想だったらしいが、いまは事が起きた事象のすぐその翌日からリハビリに入って、もう最初の2か月間が勝負。この2か月間でいかにもとに戻せるか、が勝負だ、ということだった。1年以上、数年経ったら、その回復度のカーブ曲線も緩やかになってしまう。


だから回復カーブ曲線が急激に変化する最初の2か月間が勝負だった。


そこからリハビリのスタッフと2人3脚の生活。


理学療法士、作業療法士という名前の職業をはじめて、そのときに知った。リハビリのスタッフのことである。国家試験資格が必要な大変な仕事である。


患者に寄り添って、その患者の症状にあったカリキュラムでリハビリを指導してくれるスタッフだ。


リハビリのPT/ST/OTと言う専門用語も初めて知る。


PT=Physical Therapy:理学療法

OT=Occupational Therapy:作業療法

ST=Speech Therapy:言語聴覚療法

 

である。自分の症状から、OT/STはすぐに免除され、PT、つまり運動だけのカリキュラムになった。


1日3コマ(3時間)、みっちりPT(運動)のリハビリである。


なんせ、立てない、歩けないんだから、自分はかなり自分の将来について恐怖感に襲われた。


このまま行くと・・・回復しなかったら・・・


会社へ通勤できないものももちろんだけれど、クラシックのコンサートにもう行けないじゃないか!!!もう目の前が真っ暗になって、あまり先のことを不安に考えても、疲れるだけだと思い、考えないようにした。目先のリハビリのことだけに専念する。


そして飯食って寝る・・・ただそれだけである。


リハビリやっているときはいいけれど、それが終わってベッドで横になると(病院はそれしかやることがない)ついつい将来の不安のことを考えてしまうんだよね。これは仕方がない。


でもそんな悲壮感溢れる2か月間の闘病生活ではなかった。かなり明るく楽しく過ごしていた。毎日、リハビリのスタッフと、たわいもない世間話で盛り上がりながら、リハビリするのが楽しくて楽しくて仕方がなかった。患者を暗い気持ちにさせないということもスタッフのミッションのひとつなのであろう。


病院食は噂にたがわず美味しくない。カロリーコントロール食。


それでいて、1日3コマの運動であるから、当然どんどん体重が減っていく。15Kg減!!


リハビリも最初は平行棒や歩行器、そして杖とかで、徐々に・・・。フリーハンドで立って歩けるようになったときは、もう天にも昇るような最高の気持ちだった。


こんなあたりまえのことができて、神に感謝である。


リハビリのPTのメニューはほとんどすべてをやり尽くした、と言っていいほど極めた。


毎日日替わりでスタッフも変わる。やっぱりリハビリのスタッフは男性のほうがいい。自分の場合ですが。。。男性のほうが力があるし、メニューが厳しくて、そのほうが早く元に戻りたい、治したい自分にとってありがたかった。


女性は力がないし、気持ちが優しいので、メニューが軽いというか優しすぎるんですよね。スタッフが女性の場合は、おしゃべりを楽しむ、という感じだったかも?



そうして、いまや外見から見た限りでは、健康だったころの普通の歩行状態となんら変わらず平常通りに戻った。


1週間前に退院して、先週の金曜日に会社へも復職した。(当面在宅勤務ですが。)


この間、いろいろ気持ちの揺れ動きはあったが、正直言葉で表現するのは難しい。これくらいの描写が限界であろう。



そしてようやくコンサートに行くこともできた。


入院していた時は諦めていたサントリーホール35周年記念ガラ・コンサート、正装コンサートがスケジュール的に可能になって、退院後はじめての復帰コンサートとなった。


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こうやって、サントリーホールに自分の脚で歩いてこれるようになる日がまたやってくるとは・・・。こんな至極あたりまえのことを、毎日夢見て、2か月間特訓していたのである。


リハビリPTのとき、外の歩行距離をどれくらいまで回復できたらよし、とするか、スタッフと話し合ったとき、自分は溜池山王駅からサントリーホールまでの大体の距離を想定して、1kmと伝えたのである。


それ以降のメニューは、すべて1kmを想定してメニューが組まれた。病院内歩行にしろ、病院外歩行にしろ、すべて1㎞が基準となった。


自分が溜池山王駅改札から、あの長い地下通路を歩いて、ANAインターコンチネンタルホテル東京の敷地内通路を通っていったとき、なんだ、本番は全然楽じゃないか!という感じだった。


よかった!


そしてこのサントリーホール前に到着したとき、自分はやはり胸が熱くなりこみ上げてくるものがあったな。


この写真をそのまま自分に寄り添って頑張ってくれたスタッフたちに感謝をこめて送ってあげたい気持ちでいっぱいであった。


こんな感じの2か月間であった。


これからは、サントリーホール35周年記念ガラ・コンサートの模様の紹介である。


なんかホールのフロントの前の飾り付けが5年前と比べるとずいぶん地味になったな、と思うけれど、よくよく見ると秋らしい味のある雰囲気のある飾りつけですね。


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そしてこの開演前のファンファーレ。


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正装にマスク。(笑)


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これからここにあげる写真を後年顧みたとき、あ~2021年はコロナ禍の年だったんだなぁとしみじみ思うことであろう。


そしてなによりも自分にとって今回の印象に大きく寄与したのは、女性の和服姿。5年前の前回と比較しても圧倒的に、女性の和服姿が多かったと思います。


日本の正装コンサートの特徴は、やはり女性の和服姿と言っていいでしょうね。日本独特の雰囲気を醸し出していると思います。すごくいいと思います。日本らしくていいです。


それでは、5年に1度のサントリーホールの正装コンサート。35周年記念ガラ・コンサート2021にドレスアップして集まってくれた紳士・淑女の様子をお楽しみください。


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コンサートは、イタリア・オペラ特集。


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ルイゾッティ&東響で、海外・国内の独唱ソリストたちによるイタリア・オペラのアリア特集だった。素晴らしかった。全体のトーンがあのイタリアの情熱的な明るさの雰囲気いっぱいで、あ~これはイタリアだなぁとつくづく思った。サプライズも多くエンターテイメントいっぱいのコンサートだった。


ホールの飾りつけも含め、祝祭感たっぷりの素晴らしいコンサートだと思いました。


もう自分は、こういうコンディションで行ったので、最初からこのコンサートの詳しいレビューをするつもりはなく、ただ楽しんでこようと思っていた。


自分のことでいっぱいいっぱいであった。


コンサートレビューは、他に行かれた方や音楽専門誌の音楽評論家のレビューなどを参照なさってください。すみません。。。愛想なくて。(笑)


出演者全員にブラボーを送りたいです。


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死とか、再起不能とかの世界を彷徨うと、人生観変わるんですよね。世の中の事象がみんな浅く感じて、入院中にスマホでSNS TLで流れてくる記事をみても、みんな感動して騒いでいることも、自分にとってなにがそんなに嬉しんだろう?という感じにシラっとしてしまう感覚があって、ものすごく世の中が浅く感じてしまう感覚があります。


修羅場をくぐると、そんなひねくれた感性の持ち主になって、感動の世界とはかけ離れた感覚になって、昔みたいに無邪気に明るく振舞えないというか、そういう気持ちの状態になります。


こういう心の傷は、やはり時間が経って忘れていかないと元に戻らないかな、とも思っていた。


これまた困ったな、と思っていたのである。


でもこの日のコンサートを体験してみて、思ったことは、やはり自分の好きな世界に接すると、そういうことも一気に忘れさせてくれる、元の自分に戻してくれるというか、生き返らせてくれるそういう一番の良薬のような気がしたのである。


2021年10月2日。


この日は自分にとって”復活の日”、”再出発の日”として一生メモリアルな日として心に残っていくことであろう。










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