PENTATONEの新譜:アラベラさん、モーツァルトのコンチェルトを完遂 [ディスク・レビュー]
PENTATONEは、文字通り"Penta=5,Tone=音”と言う意味で、DSDの5.0マルチチャンネル,サラウンドをトレードマークにしてきたレーベルである。
だが、ここ最近の他のSACDレーベルもそうなのだが、なかなかパッケージ・メディアのSACDマルチチャンネルのフォーマットでリリースすることをしなくなってきた。
いち早く舵をとったのは、ジャレット・サックス率いるChannel Classics。彼らは自身が立ち上げたNativeDSDMusicというDSDオンライン音源配信サイトを持っており、そちらに移行しつつある。ストリーミングではなくダウンロード・コンテンツである。
DSDマルチチャンネルを楽しみたいのなら、そのNativeDSDMusicのダウンロード・コンテンツで楽しんでほしいという意向である。DSD11.2MHzのサラウンドも可能である。
ただ、オンラインのハイレゾ・サラウンドについては、やらないといけないかな、とは思うものの、世の中に視聴環境に絶対的なものがなく、自分のオーディオ機器の世代的なものがあって、二の足を踏んでいる。
なによりも、自分の中にダウンロードではやりたくないんだよね~というのがある。いまさらNASとか使う気にもならず。
やはりストリーミングでサラウンドというのが今後の主流だと思う。
オンライン・コンテンツのサラウンド環境構築は、自分の中で目の上のたんこぶ的な宿題で、なかなかやる気が起きない気が重いミッションなのである。
予算の問題もありますね。いまそのようなオーディオの娯楽にお金をかけている余裕もないというところでしょうか。
PENTATONEもその例に漏れず、SACDマルチチャンネルをリリースしなくなった。ヤノフスキとかユウロフスキとか編成の大きいオーケストラとか、大作の作品のみSACDで、それ以外はCDでリリースするようになってしまった。
あのPENTATONEがである。あのPENTATONEがほとんどCDでリリースするというのも、なんかあまりに悲しすぎるな~と思い、PENTATONEに”社としてのポリシー”、”レーベルとしてのポリシー”をofficial commentとしてほしい旨の問い合わせをおこなった。
丁重に詳しく回答をいただいた。概ねこんな内容であった。
PENTATONEはSACDをやめたわけではないが、仰る通りSACDでのリリースが年々少なってきている。これにはいろいろな理由がある。ひとつは、以前はレコーディング・カンパニーがそのままレコーディング・フォーマットを決めて、リリースしていた。PENTATONEがDSDで録音してSACDでリリースしてきたように。でも最近は、それ以前に他の録音会社で録音された他のフォーマットのものを扱うことも多く、そういう音源はSACDでのリリースが難しい。
第2の理由はSACDのカスタマーのマーケットが小さくなってきていることである。それに応じて、我々はディストリビューターやリテイラーから苦情をもらうことが多くなってきた。
PENTATONEのSACDは高すぎる。他のレーベルのCDは凄く安いのに。なので、このマーケット事情で生き残っていくことがかなり厳しくなってきているのが現状である。
でも我々は、DSDのサラウンドは、編成の大きなオーケストラにはやはり抜群の音響効果をもたらすことから、これからもその路線で進めていく方向である。
いまやユーザーに届ける販路はパッケージメディアはもちろんオンラインコンテンツのいろいろなサービスがあり、伝送フォーマットに拘ることは自らのビジネスの可能性を狭めることになり、いまはむしろ伝送フォーマットに拘らないフレキシブルなレーベルを目指していきたいと思っている。
SACDは、物理パッケージメディアのいちフォーマットに過ぎず、そのマーケット・シェアが小さくなってきていることから、SACDのフォーマットではない規格でリリースすることも今後は多くなると予想している。
もし、DSDコンテンツを楽しみたい場合、NativeDSDMusicのダウンロードコンテンツを推薦する。もちろん我々は、これからもDSDの魅力を世に広めることを最大限に努力するつもりである。
・・・こんな内容である。
ディスク王国、CD王国の日本ではSACDは、高音質ディスクとして、まだ安定した人気、立ち位置を得ているような気がするのだが、海外はなかなか厳しい状況に置かれているんだなと再確認した感じである。
でも日本のSACDは、2chステレオが主ですね。自分は、SACDはやはりマルチチャンネルにその魅力があると思っているので、その旗頭のPENTATONEがこのようなカンパニーポリシー、そして現状分析をおこなっていることは、なかなかショッキングなことでもあった。
2chステレオ再生と5.0マルチチャンネル再生とでは、もう雲泥の差がありますよ。あくまで当社比ですが。。。
でもPENTATONEは、その所属しているアーティストがとても魅力的なアーティストが多いので、伝送フォーマット、技術面に拘らずいろいろな販路で幅広く収益を上げられるメリットがありますね。そういう意味で過去の偶像、イメージにとらわれることなく、その戦略を進めていけばいいのだろうと思います。
なぜ、冒頭にこのような話を持ってきたのか、と言うとアラベラさんの今回の新譜がなんとSACDではなくCDだからなのである。
モーツァルト ヴァイオリン協奏曲第1番、第2番、アダージョ、ロンド
アラベラ・美歩・シュタインバッハー、ルツェルン祝祭弦楽合奏団
アラベラさんは、PENTATONEを引っ張っていく看板スター。いままでもリリースした全アルバムともSACDマルチチャンネルだ。ところが今回CDでのリリースと聞いて、自分は少なからず大ショックを受けて、その事情背景を知りたいと思って、上の内容を調べたのだ。
編成の大きいオーケストラなどサラウンド効果の大きい音源は、まだマルチチャンネルでのリリースのようだが、今回は小編成でのヴァージョンだったのでこういう決断に至ったのであろう。
今回の新譜は、モーツァルトのヴァイオリン・コンチェルトの1番と2番。アラベラさんと長年のパートナー関係にあるルツエルン祝祭弦楽奏団である。
いまから8年前の2013年にリリースしたこのアルバム。
モーツァルト ヴァイオリン協奏曲第3番、第4番、第5番「トルコ風」
アラベラ・美歩・シュタインバッハー、ルツェルン祝祭弦楽合奏団
アーティストにとって、その長い演奏家人生の中で、必ず化ける瞬間というのがあって、アラベラさんにとって、この2013年にリリースしたこのアルバムがまさにその大化けしたきっかけになったアルバムであった。
まさにアラベラさんのディスコグラフィーの中でも燦然と輝く名盤中の名盤である。
これ以前のアルバム、活躍では、どことなくあか抜けない感じの知る人ぞ知るという感じのアーティストであったのだが、このアルバム以降、信じられないくらい洗練され、あか抜けて、美しくなって大スターの道を歩むようになった。
モーツァルトのコンチェルト3,4,5番を収録したものであり、名演奏、名録音であった。
今回の新譜アルバムは、そのときに録音できなかった残りの1番,2番を収録しようという試みである。
この録音がおこなわれたときは、2021年2月に、まさにコロナ禍真っ盛りで、誰もが音楽をやることがチャレンジングだったときに、スイス、バーゼル、パウル・ザッハー・ザールでおこなわれた。
共演は第1弾同様、ダニエル・ドッズ率いるルツェルン祝祭弦楽合奏団(ルツェルン弦楽合奏団、ルツェルン音楽祭弦楽合奏団)。アラベラさんを囲むように同心円状に陣取った形で録音された。
そして、アラベラさんの使用しているヴァイオリン。長年15年に渡って日本財団から供与されていたストラディヴァリウス「Booth」を返却して、今度はスイスの財団から1716年製のストラディヴァリウス「Ex Benno Walter」を供与いただけることが決定したそうだ。
ベンノ・ヴァルター[1847-1901]はリヒャルト・シュトラウスのヴァイオリン協奏曲を献呈されたヴァイオリニストで、アラベラさんが敬愛する作曲家と深く関わる演奏家が所有していた楽器ということで喜びに満ちているとのこと。
今回の録音では、その新しいストラディヴァリウスのパートナーを初めて弾いての参加ということであった。
よかったねー。
今回の新譜はモーツァルトのコンチェルト1番,2番とさらにヴァイオリンとオーケストラのための「アダージョ」そして「ロンド」も収録している。
モーツァルトのコンチェルトは、やはりコンサート向けの曲ですね。あのモーツァルトらしい明るい溌溂とした長調らしい曲調はまさに生演奏向き。お客さんも喜ぶし、主催者側も集客にそんなに不安を感じない演目だと予想する。
ヴァイオリニストにとってもとても大切なレパートリー、ある意味勝負レパートリーではないだろうか、と想像する。
本当に正統派でいい曲だなぁと思います。
自分の意識では、3,4,5番の方が有名でとくに5番の「トルコ風」が一番有名でコンサートでもっとも演奏される曲ではないだろうか。
それに比べ、1,2番はその陰に隠れやすい感じなのだが、今回聴いてみて、いやはやなかなか1,2番もいい曲で驚いた。本当にメロディアスでいい曲。
けっして、3,4,5番に負けず劣らずどころか、彼らにはない旋律の運びの美しさ、明るさなど多々ある。1,2番恐るべし、である。
やはり番号の若い順にモーツァルトの年齢の若い順に作曲していったのであろうから、3,4,5番と後半に行くほど作曲技法に熟練さが増し、凝った曲の構成になっていくと思うのだけれど、1,2番には若いとき特有の天真爛漫な明るさと向かうところ敵なしの伸びやかさがありますね。
聴いていて、とても若さに満ちた明るさがあって、自分はすごい驚いたし、魅せられた。とてもいい曲。
アラベラさんの演奏も8年間のブランクをあけてのモーツァルトへの再挑戦。心なしか積極性というか、力強さ、安定感という点で、進歩があり、だてに8年間の歳月は経っていないなと感じさせるところが多かった。
じつにいいアルバムだと思います。
2013年にリリースしたアルバムについで、今回の新譜で、アラベラさんのモーツァルトのヴァイオリン協奏曲全集、ここについに完遂である。
録音は、エルド・グロート&ジャン・マリー・ヘイセンのまさに黄金コンビ。2chステレオとはいえ、じつにいい録音でございました。
でも当社比では、やはり8年前のアルバムを聴くと、サウンド的には、やはりSACDマルチチャンネル、サラウンドのほうが全然いいな、と思ってしまう。
自分の360度周辺に現れる広大なサウンドステージ、音の厚みと定位感のよさ。サウンド的にはやはり絶対的なアドヴァンテージがある。
もうこういうサラウンド音源がなかなか聴けなくなるのは、なんか本当に寂しいなと思う次第である。
アラベラさん関連で告知のお知らせです。
先だっての6月15日に、サントリーホールで読響と、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を演奏しましたが、その模様を読響プレミアさんのほうで収録しており、その模様が下記の日程で放映されます。
読響プレミア
●2021年10月21日(木)午前2:35~3:35(水曜深夜)予定
●BS日テレ 10月30日(土)朝7:00~8:00予定
アラベラさんのメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲は、自慢ではないですが、7回実演に接しました。自分のこのアラベラさんのメンコンで教科書になっているのが、2015年に放映されたNHKのヘンゲルブロック&NDRとのコンサート。
もうこの映像素材は擦り切れるくらい見て、どのフレーズのときにどう体重移動して、どのフレーズのときにどのようなボウイングをするか徹底的に自分の頭の中に刻み込まれている映像です。
アラベラさんのメンコンはずっとこの映像でイメージトレーニングしてきたので、今回の読響プレミアさんの映像で、じつに7年ぶりにこのメンコン映像素材も新しいヴァージョンが仲間入りすることになります。
7年前とは、また違ったあの頃よりもずっと大人の演奏になったアラベラさんのメンデルスゾーンをライブラリーに加えることができるのはとてもうれしいです。
これはぜひ録画しておきましょう!
2021-10-17 14:27
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