アラベラさんのメンデルスゾーン・ヴァイオリン協奏曲 [国内クラシックコンサート・レビュー]
メンデルスゾーン・ヴァイオリン協奏曲は、なぜここまで愛されるのか。プロモーターの方々が、いざ勝負処のここぞ!というときにかならずこの曲を持ってくるのはなぜなのか。
この曲がもつその魔性の魅力みたいなものを突き止められればいいな、と思っていた。
もちろん自分はこの曲が大好きである。昔からもう数えきれないくらいいろいろなヴァイオリニストの実演に接してきたし、そのたびにいい曲だなぁと思うことしきりである。
メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲は、ベートーヴェンの作品、ブラームスの作品と並んで、3大ヴァイオリン協奏曲と呼ばれているほど王道のヴァイオリン・コンチェルトである。
「メンコン」と愛着を持って略して呼ばれることも多く、本当にクラシックファンのみんなから愛されている。ある意味、コンサートの定番中の定番の曲と言っていいだろう。
自分はメンデルスゾーンは、やはり女性ヴァイオリニストが演奏するのがとても似合うのではないかなといつも勝手に思っている。
もちろん男性ヴァイオリニストならではのメンコンの魅力というのもあるのだろうけれど、自分はやっぱりこの曲は、女性ヴァイオリニストがいいな。
女性奏者の華やかな外見にとてもイメージがあうし、優しくて春らしい感じの曲調がとても女性向けで、この曲を演奏するなら、自分はやっぱり女性奏者のほうが断然いい。
男性奏者には、男性でないとその魅力が出せない楽曲はもっと他にありますね。
メンデルスゾーン・ヴァイオリン協奏曲というのは、じつは2曲存在する。ホ短調とニ短調。世間一般に有名なのはホ短調のほう。ニ短調はなかなか世に出るのも遅くて知名度もあまりない。
自分は大昔クラシックを勉強したての頃、ニ短調のほうをメンコンだと思ってしまい、この曲がなぜそんなにスタンダードな名曲なのかよく理解できなかったという失敗をした経験がある。(笑)ニ短調のほうは、いまもあまり演奏される機会が少ないのではないだろうか。
メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲は、30分くらいの演奏時間で、いわゆるコンチェルトの中ではもっとも短い作品と言われている。
第1楽章から第3楽章まで、ほぼノンストップで演奏されるのが特徴。第1楽章にソリストのカデンツァが入るが、これも他のコンチェルトと違っていて、奏者に自作も含めてどのカデンツアを選ばせるかという自由もない。
もうメンデルスゾーンが造ったカンデンツアで決まりなのである。これは奏者によって、いろいろなカデンツアを演奏されると、曲自体に統一感がなくなって、それをメンデルスゾーンが嫌ったためと言われている。
明るい華やかさ、幸福感と憂愁の両面を併せもち、穏やかな情緒とバランスのとれた形式、そして何より美しい旋律で、メンデルスゾーンのみならずドイツ・ロマン派音楽を代表する名作といってもいいだろう。
でも開放的に明るい曲かというとそうでもない。どこか憂愁のイメージも備わっていて、その二面性がとてもうまく融合している曲だと思う。
プロモーターの方々が、ソリストと交渉して曲を決めていく過程で、やはりとてもマニアックなマイナーな曲を選んでしまうと、集客に影響するというか、チケットの売りに影響を及ぼすものなのだろう。
クラシックファンの中にはコアなファン層もいっぱいいるが、やはり大半層は、せっかく高いお金を払うのなら、とても有名な曲を聴いて、それなら確実に満足できるし、幸せな気分になれる。チケットも売れるし、主催者側・そしてファン側の両方において、お互いハッピーエンドで終われる、確かなビジネスとして売りさばける。。。そういう暗黙の了解というものがあるのであろう。
マニアックな演目だと、チケットの売れ行きに確実に影響を及ぼしてきますから。ビジネスとして成り立てていかないといけない主催者側の立場に立てば、その判断も至極当然なことだと思うし、自分がその立場になれば同じ行動をとるかもしれない。
メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲、いわゆるメンコンは、そんなヴァイオリン界のキラーコンテンツなのである。
自分の自慢は、アラベラ・美歩・シュタインバッハーのメンデルスゾーン・ヴァイオリン協奏曲の実演を今回で通算7回も体験している、ということである。
しかもアラベラさんのメンコンはNHKで放映された2015年のときのヘンゲルブロック&NDRとの映像素材をもう擦り切れるぐらい繰り返して観ているので、もう彼女がどのフレーズでどのように体を移動させ、どのタイミングでどういうボウイングするか、もう完璧に頭に入っているのである。
ヴァイオリニストにとって弾くときはその曲によって個人の個性がどうしても出るから、何回体験しても同じタイミングで、同じ所作というように壊れたコンピューターを見ているかのように、自分の頭の中に叩き込まれてるのである。
アラベラさんの来日公演のときは、かならず馳せ参じて体験することにしている自分にとって、そりゃ時折、ブリテンとかのコンチェルトをやってくれたりすると、どんなにいいことか、と思うこともある。
アラベラさんのブリテンのPENTATONE録音は、とてもダイナミックレンジの大きい自分好みの優秀録音なのでこれはぜひ実演に接してみたいな~、じかにその演奏を観るとどんな感じなのかなぁと音源を聴きながら常日頃憧れていたのである。
来日公演が決まって、演目がメンデルスゾーンと分かった時点で、またメンコンなの?という気持ちはやはりどうしてもある。しかも7回目となると。。。それが人情と言うものである。
ファンとしては、せっかくアラベラさんのコンサートに行くなら、世の中にあるいろいろなコンチェルト、リサイタルの曲を満遍なくいろいろ体験したい、と思うものなのである。アラベラさんがあらゆるレパートリーを演奏するところを観たいのである。
でも主催者側からすると、確実なビジネス、商売、そして聴衆の確実な満足感、幸せ感という見地からおのずと定番の曲に決めてしまうのだろうと思う。
そこに”クラシック界におけるメンコン必然の法則”というのが存在するのだと自分は確信している。
アラベラさんは毎年来日してくれるので(プロモーターさん感謝しています。)、また彼女自身も日本は第2の故郷と思っているので、日本でコンサートを行うことは毎年とても楽しみにしている。
彼女は母方の実家が日本なので、その際には実家に寄ることもあるのだろう。
2020年はコロナ禍と、そして彼女自身がお子さんを授かったというタイミングもあって、来日中止となった。今回は2年ぶりで自分はけっこう待ち望んでいて、ひさしぶりにワクワクドキドキしていて楽しみにしていた。
6月14日(月)ミューザ川崎 14:00~
6月15日(火)サントリーホール 19:00~
この2公演を終えてみて、自分が直感で感じたこと。
アラベラさんのメンデルスゾーンは、これで通算7回目となった訳だが、想定内だったかというとまったくそんなことはない。新たな発見、感動があって、そのたびに大感激して涙する。これがクラシックというものではないだろうか?自分が煩悩の末に到達、達観した涅槃の境地であった。
つねに新しい曲を創っていかないといけないロックやポップスと違い、何百年も昔の作曲家の曲を繰り返し演奏、表現し続けていくクラシックの世界では、何千回、何万回、同じ曲を演奏しても、その都度かならず違った感動が創り上げられ、1回たりとも同じになることはまずない。
それが演奏表現の奥深さ、ということなのであろう。みんなそれを目指して頑張っている。なんか解脱の境地というか、涅槃の境地で悟った感があった。
しみじみそういうことなんだろうな・・・と思い直したのである。
アラベラさんは人柄も控えめで、表現に誇張がなく、つねに音楽と真摯に向かい合っているところが素敵である。そしてなによりも自分のペースというのを持っている。繊細な見かけと違って、じつは心が強い、しっかりと自分を持っている人ではないかと思う。
そして好奇心も旺盛で音楽についても議論が弾む。
アラベラさんは、美しさ、技巧、情熱、そしてセンスを兼ね備えたヴァイオリニストである。
演奏スタイルは、エレガントで、ヴァイオリニストとしての立居姿が非常に美しく、教科書のような理想のフォームである。その奏者特有のクセというのが、あまりみあたらない。背筋がピンとしていて、姿勢がよく、その演奏姿はじつに美しい。
運弓もその場面、その場面に応じて、水平に、そして縦にと、とても柔軟な弓運び。
繊細で、”弱音の美しさ”、”弱奏の美”を表現することに、とても秀でているヴァイオリニストだと思っている。
もちろんツボに入ったときの大胆で情熱的な一面も持ち合わせている。
6年前の2015年ヘンゲルブロック&NDRの映像では、弓を払うようにする仕草とか、いろいろ細かな部分において、聴衆に見られていることを意識した、ヴィジュアル指向型の演奏スタイルのところがあった。またそれが容姿と相まって最高に決まっていて格好良かったこともある。
でもいまはそういう意識した所作というのが影を潜め、あざとらしさを出さないように、とても大人びた柔らかい感じの印象になった。
おとなしい、標準に近い、ある意味、以前ほどのギラギラした気負いのようなものが抜けて脱個性的な感じで大人になった。
キャリアを積んでいくとともに、自分を変えていかないといけない、経年に応じた相応のスタイルに徐々に移行することを御自身でも意識しているのではないか。
アラベラさんのメンデルスゾーンは、とても古典的、誇張した表現がなく王道をいく演奏であった。
アラベラさんに至っては、これからも極端な装飾をせず、誇張した表現であることもなく、つねに王道で、ある意味、古典的路線、保守路線を突き進んでほしいと思う。
昔から大切に受け継がれてきているクラシックの大事な部分を、これからもずっと継承していってほしい。
周りに影響、感化されることなく、つねに自分のペースで突き進んでほしいと思う。
今回の演奏を体験して、自分はそのようなことを感じたのである。そこには進化したアラベラさんの姿があって、自分にとって新しい出会いみたいなものであった。
演奏全般的には、いつもと違って、テンポがかなりゆったりで、抑揚やタメを造っていてこれまたいままで体験したことのないアラベラ・メンコンであった。
この日の演奏は、日テレが映像収録していた。これは楽しみである。いままで2015年 ヘンゲルブロック&NDRのNHK放映の録画が自分のリファレンスのようなところがあったので、これにまた新しくアラベラさんのメンコンのライブラリーが追加される。
そこには大きな進化をみることができるであろう。
今回の来日公演はいつもと雰囲気が違っていた。それは自分が感じ取っていたことでもあった。
日本音楽財団から貸与されていたストラディヴァリウス「Booth」を返却することになった。15年間お世話になりました。6月15日のサントリーホールでのメンデルスゾーンが最後であった。
Boothはアラベラさんの顔のような存在でもあったので感慨深いともに自分はショックだった。
演奏家にとって、楽器は体の一部みたいなもので、とてもセンシティブでデリケートなもの。 アラベラさんはデビューが2004年なので、2006年からということは、ほとんどBoothとともに生きたヴァイオリニスト人生だったということです。Boothはつぎは誰のもとに行くのか楽しみでもある。
諏訪内晶子さんも長年愛用してきたストラディヴァリウス「ドルフィン」を返却して、新しいヴァイオリンで再出発した。日本音楽財団にとって長期貸与はその返却をご本人に言い出すことはとても心苦しいものだったことは想像に難くない。
アラベラさんの6月15日サントリーホールでのメンデルスゾーン・ヴァイオリン協奏曲は、そんな自分の身体の一部「Booth」での最後の演奏でもあり、その演奏会に立ち会えたこと、感動できたこと、そしてその演目がメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲であったことは自分にとって一生忘れることはできないであろう。
アラベラさんの新しい楽器パートナーでの再出発を心から願っている。
2021年6月14日(月) 第2回 川崎マチネーシリーズ ミューザ川崎シンフォニーホール 14:00~
2021年6月15日(火) 第643回 名曲シリーズ サントリーホール 19:00~
指揮:セバスティアン・ヴァイグレ (常任指揮者)
ヴァイオリン:アラベラ・美歩・シュタインバッハー
コンサートマスター:林悠介
管弦楽:読売日本交響楽団
ヴェルディ:歌劇<運命の力>序曲
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64
(休憩)
ブラームス:交響曲第1番 ハ短調 作品68
2021-06-18 04:25
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