Channel Classicsの新譜:コントラバスとピアノによるオイスター・デュオ [ディスク・レビュー]
世界中のどこのレーベルもそうだけれど、アーティストにとってアルバムをリリースしたら、そのリリースを記念、トリガーにして一気にワールドツアーというように、かならずコンサートツアーがペアで組まれて、それがアーティストにとって大きな収入源になっていた。
そして、その組み合わせにより、メディアの大きな話題になるし、それでアーティスト側も一気に波に乗れるというお決まりのレールが敷かれていた。
でもコロナ禍になってしまい、いっさいコンサートができなくなってしまい、せっかくニューアルバムをリリースしたのに、その勢いの出鼻をくじかれるような感じで、どうも勢いに乗れないというところである。
そしてなによりもレコーディングもなかなかできなくて、新譜のリリースもままならない。
メジャーレーベルでさえも持ちこたえることが大変なのに、マイナーレーベル、インディーズ・レーベルとなると本当に死活問題なのでは、と常日頃、大変心配している。
SACDサラウンド、マルチチャンネル録音の代表格のレーベル、オランダのChannel Classicsもずいぶんその戦略が変わってきたレーベルである。
自分はずいぶん昔からの愛聴していて、じつに録音が素晴らしい、クオリティの高いアルバムを出すレーベルで、よくその昔からの彼らをよく知っているが、最近とみにその戦略が変わってきたことを実感する。
まずコスト削減の一環なのか、所属アーティストにおいて、全員がSACDとしてリリースすることがなくなった。レイチェル・ポッジャーやイヴァン・フィッシャーなどのレーベルの看板アーティストはSACDサラウンドでリリースするがそれ以外の若いアーティストは、もうふつうのCDとしてか、リリースしなくなった。
じつはPENTATONEもそうなのだ。
これは悲しい事実だよなぁ・・・たしかに台所事情の厳しいマイナーレーベルにとって、世の中はパッケージメディアからストリーミング、ダウンロードのオンラインへの流れが進んでいるし、第一SACDは製作費が高いからね。
オンラインに進んでもいいけれど、マルチチャンネルの場合、再生コンテンツプレイヤーや、USB-DACなどのマルチチャンネル・オンライン音源を聴く環境がいまひとつ標準化、整備されていなくて、まだまだという認識。
これはチャンネル・ベースだけでなく、オブジェクトベースでもまだまだ。最近のイマーシブ・オーディオは、ヘッドフォンでの体験をお勧めしているけれど、自分はヘッドフォンは耳を悪くするのでダメだって言っているのに。(笑)
自分にとってロックオンするのは、まだまだ先のようだ。
日本のアーティストのCDは、まだそうでもないけれど、海外アーティストのCDは、従来であればディスクを直接梱包する楕円形の白い袋がついているのだが、コスト削減のためそれさえカットするようになった。
これって結構困るんですよね。ディスクを直接手で触ることになって指紋がべたべたついてしまう。そういうのがないように、あの直接梱包する楕円形の白い袋が大切なのに・・・
彼らの台所事情の苦しさがこういうところからもひたひたと伝わってくる。
Channel Classicsは、彼らがやっているオンラインサイト、Native・DSD・Musicのほうに活動の主軸を移しつつある。2chステレオ音源だけでなく、マルチチャンネル音源も用意されている。DSDのハイサンプリングで完璧だ。
でもこれってダウンロードだと思うんだよね。世の中ストリーミングのほうが主流になっていくので創始者ジャレット・サックスとしては、今後どう舵取りを進めていくのか楽しみだ。
というか、最近Native・DSD・Musicのサイトを全然覗いていないので、最近の彼らの動向を掴んでいません。申し訳ない。
そんなChannel Classicsを取り巻く大変厳しい状況下の中で、超久し振りに彼らの新譜に惹かれ、最近ちょっと自分のツボに嵌っていて、毎日のように繰り返して聴いている愛聴盤がある。
「ストールン・パールズ~ヒナステラ、シューマン、シューベルト、ガーシュウィン、ブロッホ、他」
オイスター・デュオ(コントラバス&ピアノ)
この録音はかなり素晴らしい。CD 2chステレオで聴いている訳だけれど、それでもよくわかるその録音の素晴らしさ、オーディオ的な快楽を味わえる1枚で、Channel Classicsのあの伝統的で特徴ある録音テイストも垣間見えて、とても快感である。
願わくば、これはぜひSACDサラウンドで聴いてみたかったなーと思う1枚である。
なにがそんなに自分を惹きつけるか、というとコントラバスとピアノのデュオという点である。チェロとピアノのデュオ作品は結構聴いたことがあるが、コントラバスというのは、なかなかあまり体験がない。
コントラバスは、チェロの兄貴分のようなもっとも大きな弦楽器で、ダブルベースともいわれ、その音域はチェロのさらに下方の低域を担う。
実際のオーケストラの実演でも弦楽器群ではとても重要な役割を果たす。
この録音を聴いていると、チェロとはまた違った、そのコントラバス独特の音色の彫の深さ、低域のボディ感などが遺憾なく発揮されていて、聴いていてかなり恍惚とする。
コントラバスってこんなに魅力的な音色を出す楽器だったんだ!と驚いてしまう。
実演のオーケストラでもどちらかというと主旋律というよりは内声的な役割処が多いのではないかと思うのだが、このコントラバスに主旋律を歌わせているところが、とても新鮮で魅力的なのである。
ちょっと聴いていて病みつきになる。
コントラバスの魅力を再発見という感じである。
もちろんピアノとのアンサンブルがとても素敵で、室内楽独特の各楽器のこまやかなフレージングやニュアンスが手にとるように感じられるところもとても印象的である。
アルバム・タイトルは「ストールン・パールズ(盗まれた真珠)」で、19世紀から20世紀にかけてアルゼンチン、ドイツ、オーストリア、アメリカ、ロシア、イタリアの様々な「音楽の真珠」を求めて旅するプログラム。
ボッテシーニによるコントラバスのためのオリジナル作品の他、シューマン、シューベルト、ガーシュウィン、ショスタコーヴィチなどの名品をコントラバスで演奏し、ソロ楽器としてのコントラバスの新たな魅力を拡げる内容になっている。
アーティストは、ピアノがアンナ・フェドロヴァ、コントラバスがニコラス・シュワルツ。この2人夫婦である。夫婦でデュオを組んだ最初のレコーディングである。
ピアノのアンナ・フェドロヴァは、日本でも有名であろう。2016年、2017年、2019年と過去3回に渡って来日していて読響や京響、そしてリサイタルとその見事なパフォーマスを披露していて、新鋭のピアニストして名を馳せた。メディアでもインタビューなど受けて特集されていて、自分はよく覚えている。
彼女は、ウクライナ出身のピアニストで、音楽一家で育ち、ポーランドのルービンシュタイン国際ピアノコンクールで優勝するなど数々のコンクールで入賞歴のある気鋭のピアニストである。
あのマルタ・アルゲリッチから絶賛されていて高い評価をもつ逸材なのである。
Channel Classicsからすでに5枚のアルバムをリリースしていて、レイチェル・ポッジャーやイヴァン・フィッシャーの後を継いでこのレーベルの屋台骨を引っ張っていくアーティストだと自分は確信している。
同レーベルに所属しているヴァイオリニストのロザンヌ・フリッペンスと並んでChannel Classics若手有望株である。自分はかなり期待しているピアニストなのである。
残念だったのは、過去来日したとき、実演を体験できなかったことだ。ご多分に漏れずマーラーフェスト2020の準備資金確保のために。。。いまやコロナ禍でいつまた来日してくれるかわからない世相になってしまった。
愚かだった。後悔している。やっぱりクラシックのコンサートって、一公演一公演とも一期一会のつもりで臨まないと、いつかは・・・ではダメだということを身をもって体験した。
旦那さまのニコラス・シュワルツはボストン生まれ、ボストン交響楽団とボストン・ポップス・オーケストラで活動し、2012-13シーズンはベルリン・フィルのカラヤン・アカデミーに参加。2013年以降はアムステルダムの名門ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団のメンバーとして活躍している。
そもそも今回のこの新譜を聴こうと思ったきっかけは、このアンナ・フェドロヴァが結婚した、という事実に驚いてしまったことと、その夫婦デュオを聴いてみたいな、と思ったのが事の始まりであった。
そうしたら、予想だにもしなかったコントラバスの深い音色の魅力にノックアウトされた、という次第である。
夫婦ともオランダに拠点を置いて、オランダレーベルのChannel Classicsで再出発としてその新しい創作活動をやっていくこととなったというところであろう。
ちなみにデュオ名の「オイスター・デュオ」の名前の由来は、2人が出会ったブラジルの海岸で食べた牡蠣からとられているとのこと。牡蠣の繊細で洗練された品質と海のワイルドな味が、コントラバスの豊かな音色のイメージと結び付けられている。
何回も繰り返して聴いてみると、どうしてもコントラバスの魅力的なその深い音色に耳が行ってしまうのだが、ピアノもとても素敵である。どちらかというとピアノは伴奏的な立ち位置のような距離感で、控えめなポジショニングでありながら、しっかりと旦那さまのコントラバスを支えているという感じがとても素敵である。
サウンドのクオリティも相変わらず素晴らしい。Channel Classicsといえば、どうしてもエネルギー感あふれるサウンドで前へ前へと出てくるようなかなり独特なサウンド造りをするレーベルなのだが、そしてそれがジャレット・サックスの録音ポリシーみたいなところもあるのだが、この録音は、そういう面影を残しつつ、もうちょっと進化したような洗練された音造りとなっている。
なによりも前へ前へと出てくるようなところがちょっと影を潜め、全体のバランス感覚がよくて、写真で言えばひとつのフレーム構図にきちんと収まるというような由緒正しい、収まっている感があって上品になった。
あのエネルギー感はどこへ?という感じもする。
思っていた以上に、マイクとのほどよい距離感を感じるオフマイク録音で、空間がしっかり録れている。2017年にオランダのスタジオ・ファン・シュッペンで収録された。
スタジオ収録だともっとデッドな響きで空間、ホール感もあまり感じないものだが、本作はまるでコンサートホールでのセッション録音のように無観客の座席があるかのような空間がしっかりあって、コントラバスの音色もじつに明晰である。
広大な音場に明晰な音像。
が実現できている。
さすがである。
全体にバランスが取れていて、以前ほど前へ前へとくる感じがなくなった、という印象であろうか。
それにしてもコントラバスの音色が魅力的すぎる!!!この深い音色に、低域のボディ感。堪らんなぁ・・・。
録音エンジニアのクレジットを確認してみると、プロデューサー、録音エンジニア、編集、マスタリングともジャレット・サックスではなかった。ジョエム・ジーン氏であった。
ジャレット・サックスのワンマン会社であったChannel Classicsであったが、後継者育成、遺伝子引継ぎに動いているのであろう。
従来のサウンドとちょっと趣が違っていたのもそういうところが要因としてあるに違いない。マスタリング・ルームのスピーカーもStuder A723 Active、そしてアンプがCrane Song Avocet。
やっぱり時代とともに変わっていくんだなと思いました。
Channel Classicsもこれからの荒波を乗り越えていくべく、変わっていこうとしている。
そんなことがよくわかる至高の1枚である。
2021-07-04 10:26
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