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秘密のベールにつつまれた寿福寺 [寺院・仏閣]

今日この日に、この日記を書こうと思った矢先に、とても悲しいニュースが飛び込んできた。歴史小説作家の永井路子さんが、97歳で亡くなられたそうだ。老衰とのこと。


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鎌倉時代をはじめとした中世の歴史研究、歴史学の最前線の成果を取り入れた独自の史観とに裏付けられた明快で親しみやすい作風で人気を集めた。


永井路子さんといえば、自分にとって文句なしにNHK大河ドラマ「草燃える」である。「北条政子」「炎環」「つわものの賦」など永井路子さんの原作を中心に脚本がつくられた。


この時代の歴史描写、歴史人物の取り上げ方は、歌舞伎に代表されるように、平家物語、源義経、源平合戦、そこに源頼朝が絡んでくる・・・判官びいきの源義経を悲劇の主人公として描くことが圧倒的に多かった時代背景の中で、永井路子さんの独自の史観は、あくまで源頼朝と東国武士団の旗揚げであった。


自分がいちばん拘ったところ、いままでに見たことのないような衝撃、格好良さ、いちばん惹かれたそういう視線での物語描写は、永井路子先生がルーツだったのだ。


「草燃える」がなかったら、いまの自分の鎌倉好きはなかったといっていい。永井路子先生の偉大な業績、足跡に敬意を表しながら謹んでご冥福をお祈りしたいと思います。


永井路子さんは、去年の「鎌倉殿の13人」はどのような想いでご覧になっていたのだろうか。


今日この日記を書こうと思ったのとシンクロして、このようなニュースが舞い込んできて、自分はただただ驚くしかない。



鎌倉殿ロスは大きい。鎌倉・鶴岡八幡宮の大河ドラマ館、TwitterやInstagramなどの公式SNSサイトも正式に閉鎖になり、ますます寂しさが募ります。まっ新しい大河ドラマが始まるとともに、だんだん遠くなっていくのはわかってはいたことですが、なかなかそのロスから立ち直れない昨今の自分です。


これはいたしかたがないですね。

それだけインパクトありました。


鎌倉殿のFBコミュニティでは、”皆武衛だ!”というタイトルでオフ会やるらしいですよ。(笑)楽しそうで素晴らしいです。


さて、去年鎌倉殿への巡礼ということで、鎌倉五山を行脚する企画を実行しました。

建長寺、円覚寺、寿福寺、浄智寺、浄妙寺ですね。

いまでも鮮明に覚えています。楽しかったです。


その中で第三位の寿福寺はとても不思議なベールにつつまれた謎めいた雰囲気のある禅寺でした。


寿福寺は、源氏のルーツの地に立つお寺なのである。

寿福寺は、源義朝の邸宅あとに開山として栄西が招かれ、建立されたと伝えれられている。開基は北条政子。


ふだんは一般公開はまったくおこなっておらず、仏殿、境内はつねに閉鎖されたままで、中に入れない。寿福寺の楽しみ方は、参道。この参道の敷石は鎌倉随一の美しい意匠と言われている。


そして北条政子、源実朝のお墓、やぐらを拝みにいくしかない。この2か所しかないのだ。


でも例外がある。それはお正月とGWには特別公開、特別拝観ということで、仏殿、境内の中を公開するようなのだ。


この年2回の特別拝観の期間・時間は下記の通りである。


・1月1日から1月7日 8:00~16:00

・5月第1週(GW期間)8:00~16:00


自分はこの情報をネットで見つけて色めきだった。この情報源は、2022年のお正月に寿福寺の特別公開に行かれた人のブログで、なんと!!!あの仏殿や境内の中の写真も掲載されているのだ。

中はこんなふうになっていたのか!・・・である。興奮を抑えることができなかった。

これはぜひ自分もこの期間に行って、自分のカメラで撮影したい。自分の写真で日記にしたいと思っていた。


この人が行かれたのは、2022年のお正月で、自分がこのブログを発見したのが、1月中旬。もうまずは2022年のGWを狙うしかない。


もう楽しみにしていましたよ。


ところが、GWであるにも関わらず、閉鎖のままでした。GWの一週間ずっと通いましたよ。今日こそ開いているかもしれない。でも期待も虚しく柵はしまったままでした。


そして今年の年初、正月。あらたに期待をしながら新年の初詣をかねて寿福寺にむかいました。もうドッキドッキでしたよ。


1月2日に行ったのですが、なんとまたしても柵は閉じたまま。

もう自分は深い絶望感。


去年のGWから、そして今年の正月と2回連続して特別公開はされないということは、きっとなにかお寺のほうで、予想外のアクシデントがあったのかもしれません。お寺の住職さんが病気になってしまったとか。


2回も連続して特別公開がされないということは、自分はもう寿福寺の特別公開に立ち会うことは、久しくはなさそうだ、という予感がしました。


たぶん、なんかありましたね。


とにかく寿福寺というお寺は、人とのつきあい、俗世との関りを徹底的に避けているような雰囲気で、SNSなんかもちろんやっていないので、お寺からこの期間に特別公開やりますよ~なんていうアナウンスもないし、特別公開の時期なのに、なぜ開いてないのか知りたくても知ることができないのである。


ネットでは一応電話番号が書いてあるのですが、そこに試しにかけてみてもまったく出ません。

あきらかに世捨て人、秘かに源氏のルーツである地、お寺を守っていこうというお寺なのです。


そこで、特別公開2022に行かれた方のブログの写真をお借りして、秘密のベールにつつまれた寿福寺の仏殿、境内の写真を紹介しようと思います。ぜひ自分のカメラで撮影したかったな~。やや無念ではありますが。


まず、今年の年初、1月2日に行ったときの寿福寺の様子から。

こちらは自分のカメラ、写真です。


この日は快晴でした。


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寿福寺と言えばこの参道ですね。

この参道の敷石は鎌倉随一の美しい意匠と言われています。


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そしてこの瞬間がっかりするのです。(笑)

柵が閉まってます。

もう世捨て人の雰囲気たっぷりです。


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さて。。。です。ここから寿福寺の特別公開のときの仏殿、境内の中をご紹介します。こちらの方のブログからお写真をお借りします。



鎌倉の寺院と札所巡り by鎌倉PRESS

寿福寺のお正月期間 特別公開(特別拝観)の様子




いつもは柵が置かれて入れないようになっている寿福寺の仏殿前の門、柵がなく自由に入れるようになっています。


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ホントに~~~。(笑)その場に立ち会ってみたいわ。(笑)


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柵の無い門をくぐり中へと進みます。


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少し苔むした石畳を歩いて本堂へと向かいます。



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何度も訪れている寿福寺、本堂の前に立つのは初めてです。

この本堂、正確には仏殿と言って、鎌倉市指定の文化財にもなっています。


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屋根の上には波模様の鐙瓦が置かれていました。


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軒下の柱の左右には唐獅子が取り付けられていました。


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本堂の屋根を見ると笹竜胆の寺門があります。源家縁の寺院であることがわかります。


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本堂の戸が開いていて、中には賽銭箱も置かれています。

なんか鼻血が出そうです。(笑)もしその場に立ち会っていたなら心臓バクバクでしょうね。



本堂の中を覗いてみました。


おぉぉぉぉおおおおお~~~!!!


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中央に黒い釈迦如来像でしょうか?


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左右に大きな仁王像も置かれています。


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中央上部には「興禅閣」と書かれた扁額が掲げられていました。


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仏殿前の庭の片隅に五輪塔などの石塔が置かれていました。


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顔の識別が出来ない風化した石仏もありました。


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年間で2週間ほどしか公開されない寿福寺の本堂が見られる特別公開、もしお正月、GWに鎌倉に来るようなことがあれば立ち寄ってみてはいかがでしょうか?


滅多に見られない寿福寺の仏殿、機会があればぜひ見に来てください。

以上、寿福寺のお正月期間 特別公開(特別拝観)の様子についてでした。


鼻血ブー。(笑)


これは興奮ものでございますね。

本当に小さな仏殿なのだということがわかりました。


これはぜひ自分のカメラ、写真で日記にしたかったです。今年のGWにも行ってみようと思ってますが、たぶん柵がしまったままだと思います。もういつになったら、日記にできるかわからないため、もう我慢しきれず。。という感じです。


なにせ、秘密のベールにつつまれた寿福寺ですので、この仏殿の中のことを説明している文献は皆無です。黒い釈迦如来像をはじめ、どれがどういうものなのか、誰も説明できない、まったく誰もわからないのではないでしょうか?


だからこの仏殿の説明を試みることも不可能なのだと思います。


源氏ルーツの禅寺、北条政子が建てた寿福寺。誰からも話しかけられることなく、その仏殿の解説も試みることもできず、800年以上もずっとこうやって秘かに鎌倉の地に佇んでいるのです。謎過ぎます。


でも神秘的、ミステリアスです。


今年のGWもぜひ行ってみようと思ってます。

もちろん来年のお正月も。。。


北条政子が建てた寿福寺。北条政子の生涯について歴史的な名著を残してきた永井路子先生。そんな永井路子さんのご逝去の報により、よりその想いが強くなったのである。









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