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甘美でせつない響きの悶え感 [クラシック雑感]

ラフマニノフのパガニーニの主題による狂詩曲、通称パガニーニ・ラプソディの第18変奏曲はなぜあんなに甘美でせつないメロディなのか。


映画音楽のようだと言われ続けてきたラフマニノフの音楽を代表するような美しくてせつない響きのある種の悶え感。


この第18変奏は、映画音楽やCMなどにも多く使用され、世界中で人気を博してきた。


この甘美でせつない響きの悶え感を楽理的に解説してみたい。分析して、なぜ、そのように甘美でせつなく響くのか、を理論的に理解してみたい。ラフマニノフはどのような仕掛けをこの第18変奏に施したのか。


いや、この際だから、第18変奏だけではなく、パガニーニの主題による狂詩曲、この曲全体について解析をしてみたい。


自分は、10年以上も前から、この曲についての自分の定番の理解の仕方を所有しているのだ。この曲は、このように解析されるのだ、このような構成の曲なのだ、という定番の理解を持ち合わせている。


コンサートで聴いたとき、単にいい曲だな、で終わらず、この定型の理解が頭を過るのだ。


クラシックの名曲、全部にこのような解析を施すのは大変なことなので、滅多にやらないけれど、この曲、ラフマニノフ パガニーニの狂詩曲だけは、ひとつの定番のように丸暗記してでもその構成を理解している。


それをこの日記では紹介しよう。


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パガニーニの主題による狂詩曲、ラフマニノフ晩年の傑作である。


ラフマニノフはロシアの大地を思わせるダイナミックな曲調と、憂愁を湛えた旋律で知られる後期ロマン派の作曲家である。そんな彼が天才ヴァイオリニスト パガニーニの24の奇想曲の中の主題をもとに変奏したのがこの曲である。


中でも第18変奏の甘美なメロディは、ハリウッド映画や数々のCMに起用され、アメリカやヨーロッパ諸国で大変な人気を得た。祖国ロシアを離れ、亡命を余儀なくされたラフマニノフが長いスランプを乗り越えて書き上げたこのメロディ。


そこにはどんな想いが込められているのか。


パガニーニの主題の狂詩曲はひとつの主題を手を変え品を変え、バリエーション豊かに変奏していく。通常変奏曲というのは、最初に主題が登場して、そのあと、そのバリエーションが次々と登場するという感じなのだが、この曲は音楽史上稀にみる主題が変奏のあとに登場するというかなり変わった変奏曲なのである。


パガニーニの主題による狂詩曲。


この曲は、その名の通りパガニーニの24の奇想曲の中の第24番の主題をもとにつくった変奏曲である。


シンプル、かつインパクトのあるこの旋律は、リストやブラームスの多くの作曲家に変奏されてきた。中でもラフマニノフはあえて主題から始めないというひときわ変わった変奏を試みた。


そこにはどんな意図があったのか。



ラフマニノフの変奏法自体にはどんな特徴があるのか。


ふつうの変奏曲の手法は、ある主題に対していろいろな味付け、調味料を加えていって変奏していくというやり方である。それに対してラフマニノフは主題を分解していった。


パガニーニの第24番目の主題を、ラフマニノフは、


主題の骨格を成す音、ラ・ミ・ラ・ミ

リズムとしてタン・タ・タ

メロディとしてラ・ド・シ・ラ


この3つに分解したのであった。


第1変奏は、ラとミの2つの音を骨格に作られている。

第4変奏は、ラ・ド・シ・ラの音型を様々に形に変えて奏でる。

第12変奏は、タン・タ・タのリズムを部分的につかった変奏である。


ラフマニノフはこの曲に変奏曲ではなく、あえて狂詩曲、ラプソディと名付けた。それだけラフマニノフはいままでの作曲家の作曲技法とは異なった意欲的な作曲を目指したのである。それは過去の偉大な作曲家を超える自由でアグレッシブな変奏曲を書き上げたというラフマニノフの自信の表れだったのである。


ラフマニノフはパガニーニの主題だけを使っている訳ではない。


第7変奏。これは一聴すると、これ変奏なのか、と思ってしまうほど、全然主題と似ていない旋律なのだが、これは”ディエス・イレ”といってラフマニノフが生涯拘り続けたグレコリオ聖歌の旋律なのである。


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ラフマニノフが生まれたのは1873年。由緒ある地方貴族の出身である。母に習い4歳からピアノを習い始めたラフマニノフ。祖母に連れていかれた大聖堂で聴いた聖歌の響きは、その後、彼にとって忘れられないものとなった。


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聖歌はラフマニノフの音楽にどんな影響を与えているのか。ラフマニノフは幼いころから教会の音楽の中で育ち、その中で鐘や聖歌の響きを自分の中で音楽として本能的に感じてきた人である。そして聖歌に裏打ちされたようなロシアの響きを自分の作品に強く深く託した人でもあった。


ディエス・イレというのは「怒りの日」という意味の旋律である。この聖歌の一部である旋律にラフマニノフは深い愛着を持ち、自作の曲に何度も引用してきたのであった。


24歳のときに作曲した交響曲第1番では、冒頭からディエス・イレが奏でられるのである。その後、ラフマニノフは人生の大きな壁にぶつかりながらも、それを克服し、作曲家、名ピアニストとして確固たる地位を築いていった。しかし1917年ロシア革命勃発。貴族の出身であったラフマニノフはロシアで音楽活動はできないと祖国を後にする。そして亡命後17年を経て書き上げたパガニーニの主題による狂詩曲。この曲に引用されたディエス・イレには特別な想いがある。


ラフマニノフは、この作品を書いて何年後かに、音楽とはなにか、と問いに対して、それはロシアの夕暮れどきのようなものである、と答えている。夕暮れ時にロシアの教会の鐘が響いていく。それが音楽だ。心に音楽は響く。


教会がほぼ弾圧されつつあるロシアには、もうそうした響きはもうない。失われたロシア、ロシア革命で失われてしまったロシアへの心からの哀惜の念であり、怒りなのである。


ディエス・イレは亡命という悲劇の運命を辿ったラフマニノフの人生の根底に流れ続けてきた旋律。そこには革命によって失われた教会の響きへの深い想いが込めらているのかもしれない。


ラフマニノフは主題、主題の変奏だけでなく、自分の中にある拘りのある旋律を取り入れたのである。それが第7変奏である。


そして第18変奏である。


本当にロマンティックで甘美な旋律。


聴いた限りでは、あのラ・ド・シ・ラがどこにも入っていない。変奏とはまったく無関係と思える。これは鏡像形といわれるもので、主題のラ・ド・シ・ラをまるで鏡で映したようにそのメロディを反転させることで、この第18変奏の甘美なメロディを生み出したのである。


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パガニーニの主題を反転させた鏡像形から生まれたこの美しいメロディ。この旋律がこんなにもせつなく響くのは、ラフマニノフはいくつもの巧妙な仕掛けをしているからだった。


これは和音に秘密がある。普通の和音と違い、せつない和音の違いをもたらしているのが、倚音(いおん)という音。本来の和音より1個上の音から始める音のことを倚音とよぶ。この倚音を生み出す不協和音がせつなさをもたらすのである。


倚音というのは本来の和音ではないので、本当の音に行きたいという心理が働くのである。それが悶え感に繋がっている。


”倚音がもたらす悶え感”


さらにはリズムにも秘密がある。


左手には3つのリズム、右手にはリズムが4つのリズム。左右の手でリズムのずれが生じる。このずれの中に心理的な彩というものが生まれる。


ラフマニノフの第18変奏は、このようにあらゆる手法をつかって、いつまでも感情が満たされないという状態を作り続けていて、そこにせつなさが生まれ、ロマンティックな感情が掻き立てられることになっているのである。


新たな音楽表現が模索された20世紀初頭。その中でラフマニノフは最後のロマン派と言われ、あくまでロマン主義的音楽に拘り続けたのである。



晩年、長いスランプを乗り越えて書き上げたパガニーニの主題による狂詩曲。そこには音楽に生きるために離れた故郷ロシアへの変わらぬ愛と最後まで作曲家として生きたいというラフマニノフ自身の願いが込められていたのかもしれない。


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10年以上も前から、この曲の構成をこのように理解してきた。ラフマニノフのパガニーニ・ラプソディはどのような構成なのか、なぜ第18変奏はあんなに甘美でせつなく響くのか。すべてこの解析理論のもとに、頭にインプットしてきた。こういう曲なのだ、という自分の理解である。


自分のこの曲に対するリファレンス、ものさしである。


クラシックミステリー名曲探偵アマデウスFile 66 ラフマニノフ パガニーニの主題の狂詩曲の番組で放映されていた内容である。(笑)


第18変奏のところの解析は、野本由紀夫先生の解説でした。


名曲探偵アマデウスは、本当にたくさんの名曲を取り上げ、解析をしてくれたけれど、自分の中でベスト1で印象にずっと残っているのが、このラフマニノフ パガニーニの主題による狂詩曲だった。


文句なしNo.1。


以後忘れられず、ずっとこの解析理論を自分のリファレンスにしている。


ふつうの変奏曲と違って、変奏の後に主題が登場すること、ラフマニノフの変奏技法が主題を3つの音素に分解することであったこと、単に主題を変奏するだけではなく、自分の心深く根付いている旋律、ディエス・イレ(怒りの日)を引用していること。そして第18変奏のメロディが主題の鏡像形から生まれたこと、甘美でせつない響きにするために数々の仕掛けを施していたこと。


自分は、ラフマニノフ パガニーニの主題の狂詩曲を聴くときは、かならずこの内容が頭をかすめる。そうやって聴くと、ひと味もふた味も違った楽しみ方ができるからである。


名曲探偵アマデウスでは、演奏素材として、ユジャワンの独奏、デュトワ&N響のサントリーホールでの公演が使われていた。


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ユジャワンはいろいろ思うところがあって、いまのセクシードレス路線は、あまり自分の好みではないのだけれど、この映像素材の頃のデビューしたばかりのときが、自分はユジャワンが1番いいときだったのでは、と思っている。


衣装も普通で、ちょっと粗削りなところもあって、中国から出てきたばかりのうぶで素朴という感じがあっていい。自分は、ユジャワンはこの頃が1番いい。


最後に、名曲探偵アマデウスFile66のYouTubeを貼っておきます。ぜひご覧になって、パガニーニの主題による狂詩曲の魅力、構造について理解してみてください。


この曲の聴き方が全然変わってきますよ。









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