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アナログをいろいろ聴く [ディスク・レビュー]

新譜を買うたびに、アナログも併売しているものは、なるべく買おうと思っている。こういう場合のアナログはいわゆる限定盤という扱いで、いつアナログのほうが売り切れになるかわからないからである。自分のいままでのアナログ収集はこの限定盤の蒐集がスタイル。現在の新譜を買うのみ。


昔の演奏家の古い時代のLP、オリジナル盤などをいろいろ集めていたら、もういくらお金あっても足りない。そこまではやらないつもり。アナログは腰掛程度なので。


最近買ったアナログは、この3枚。

ずっとそのまま未開封になっていた。1年ぐらい。。。(笑)


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・マルタ・アルゲリッチのラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番のアナログ・プレス

・リサ・バティアシュヴィリのCITY LIGHTS

・ヒラリー・ハーンのドヴォルザーク・ヴァイオリン協奏曲、ヒナステラ・ヴァイオリン協奏曲、サラサーテ


ヒラリー・ハーンのLPは、いわゆる新譜で、CDもいっしょにもちろん買った。


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アルゲリッチとリサさまのLPは、すでにCD新譜として販売されているもののアナログが後発で限定盤として販売になっているものである。


ひさしぶりにターン・テーブルを稼働させたが、針をLPに落とす作業も最初は慣れなく恐怖を感じたものだが、3回目あたりになるとすっかり思い出してきてスムーズになってくる。


大半のLPはすでに先にCDを聴いているので、どうしてもCDとLPの聴き比べになってしまう。


やはり


空間表現、音場のCD、音像、解像感のLP


という感じに聴こえてしまうかな~。


CDのほうが記録媒体の器としてダイナミックレンジが広いので、再生される音場や、空間の拡がりがLPより断然広くて、オーケストラ再生などには断然CDのほうがいいように思う。部屋中にホールの響きが広がっていく感じなど、空間描写、空間表現としてはもう断然にCDのほうがいいかな。あとクリアなS/N感とか定位のよさ。


それに対して、


アナログLPは、解像感が優れている。周波数レンジが優れているので、20KHzで帯域制限しているCDと違って高域はかなり伸びているし、低域も、基本、帯域制限していないので、非常に解像度が優れている。CDだとサウンドの線が太く角がとれた丸っこい音の印象(高域落ち気味)なのに対して、アナログはサウンドの線が細く、非常にシャープ、鋭利・繊細で高解像度な音に聴こえる。研ぎ澄まされている感じの切れ味いい音。さらにあと音全体もすごく濃い。


よくCDとLPのサウンド比較というとLPのほうが音がいいように聴こえると言われるけど、これが原因かな。解像度が高くて濃いんだから、やはりそう聴こえるのだろう。


でもダイナミックレンジはLPは狭い器なので、いわゆる部屋中に広がるとか、空間表現はそんなに得意ではないように思う。


一長一短なんですよね。


あと、自分にとって最大の懸案事項は、やはりA面、B面と裏返さないといけないこと。片面の再生はあっという間に終わる。そうするとすぐに裏返して針落としなどやらないといけない。これはもうアナログなんだよね。この儀式がやはり雰囲気あるから好きだという気持ちもよくわかるけど、やはりずっと座りながら、リモコンで操作できること、あるいは機器のリピート機能をつかって、ずっと再生しっぱなしにできること。あるいはスキップ機能で好きな曲だけを再生できる、これがやはりデジタルなんだよね。


リスニングチェアに座りながら、テレビを見ながら、あるいは読書をしながら、そのままずっと音楽を聴いていたい、いちいち立ったりしたくない。このニーズをデジタルは満たしてくれる。自分はアナログいいと思うけど、ここはどうしても面倒くさく感じてしまう。デジタルの優位性を感じてしまうし、自分にとってはこちらのほうがとても重要だ。


やっぱりずっと音楽を流しっぱなしにするという点ではデジタルだと思う。


アナログLPからCDへの切り替えの時期、LPのA面、B面の違いがわからないと言われたものだった。アーティストたちは、このA面とB面でそれぞれどのような曲の流れのコンセプトでアルバムを作るか、これが結構重要でアルバムつくりの肝になっていたりした。それがCDになったら、ずらっとそのまま連続再生だから、そのアルバムコンセプト自体無意味だと非難されたものだった。


ところがいまや、いまの世代の人たちは、ストリーミングの世代だから、単発で1曲ずつ単位での再生が基本になるから、アルバムというコンセプトすら意味がなくなってきている。アーティストたちが、いかにアルバム単位で、どのような曲をどのように並べて、その全体として、どのようなアルバムコンセプトにするか、そういう仕事すら全部意味のないものにしようとしている。


これが音楽のリスニングスタイル、音楽メディアの変遷だと思っている。



これが自分の見解である。


大方、そんな感じでいつも聴いているし、今回もそんな見解はあまり変わらなかった。


あとはターン・テーブルの高級なものが欲しい。これによって出てくるアナログサウンドはもう断然にレベルが違ってくるに違いない。とくにカートリッジの効果は大きいと思う。


まっアナログは腰掛程度なので、いったいいつになったら、高級なタンテを入手するのかまったく未定である。


●マルタ・アルゲリッチのラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番


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つい最近、一時期心臓の病気でコンサートをキャンセルするなど、すごい心配したけれど、また復帰して頑張ってくれているようでうれしい。安心しました。いつまでも長生きして頑張ってほしいアーティスト。それがリアルタイム世代でお付き合いしてきた我々にとって一番うれしいプレゼントである。


この世代のアーティストでは、アルゲリッチが一番元気で演奏もしっかりしているほうだと思う。同郷のパートナーのバレンボイムがかなり健康上危なくなってきているので、アルゲリッチの相変わらずの元気が唯一の救いである。


日本へのコンサートとしては、5月の別府アルゲリッチ音楽祭がある。

今年はなんとオーケストラに水戸室内管弦楽団を従えて演奏する。


これは行きたいな~と思っていたのだが、チケット発売日がちょうど札幌に滞在していたときで、帰京していたときにはソールドアウトになっていたし、あと本年度は、北海道帰省があって予算的にも苦しかったので、無念だけど今年はあきらめた。ぜひ大成功になることを心からお祈りしています。(でもチケット残ってたら、やっぱり行っちゃうかも?(笑))


今回のラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番は、あのPhilips/DECCAのアルゲリッチの名盤(リッカルド・シャイー指揮、ベルリン放送響)でラフ3だけをアナログとしてリマスタリングしてリリースするという限定盤のようだ。このラフ3のリファレンスとして、自分は長らくアルゲリッチ盤を使ってきたので、それがアナログになるということで、やはりこれはコレクションとして収集しておきたいと思い衝動的に買ってしまった。


なんと6,000円もする大変な貴重盤である。


そして驚くことが、アナログへのマスタリングは、Emil Berliner Studiosがやっている。

シドニー・クレール・メイヤー氏のようだ。


これは嬉しいね~。エミール・ベルリナー・スタジオのマスタリングと聴くだけで、もう嬉しくてたまらいし、アナログLPの古の時代からの確かなマスタリング技術を受け継いでおり、俄然信用もあがってくる。


聴いてみたが、概ね予想通りで、既述のようなCD/LPの聴こえ方の違いはあるが、アナログとしてコレクションしておく、という点では非常に価値のあるLPだと思う。


アルゲリッチが彼女のピアニスト人生の中でラフ3を弾いたのは、このとき1回切り。アルゲリッチらしい猛突進型の強打鍵で、疾走型ではあるものの、ものすごい白熱ぶり、フィナーレでの猛烈なスピード、百獣の王の威厳と激しさと強さ、そして美しさ、すべてを兼ね備えたラフマニノフの3番だと思います。



ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番という曲は、なぜか映像素材ではいい素材が見つかるのだが、CD、音源となると自分にビシッとロックしてくる音源が皆無に近く長らく探し求めてきたのだが、なんとなく自分のイメージに合うかな、と思った最初の出会いがこのアルゲリッチ盤であり、以降後生大事にこの盤を、この曲の基準、リファレンスとしてずっと聴いてきているのだ。


そのアナログ盤のリリースはうれしい。


●リサ・バティアシュヴィリのCITY LIGHTS


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リサさまのCITY LIGHTSは、世界の11の都市にちなんだ小品を連作的に組み上げたアルバム。リサさまゆかりの街だという。


ミュンヘン、パリ、ベルリン、ヘルシンキ、ウィーン、ローマ、ブエノスアイレス、ニューヨーク、ロンドン、ルーマニア、トビリシ。


普通にクラシックの作曲家の作品を取り上げるものではなく、いわゆるコンセプト・アルバムである。


2019年に生誕130年をむかえたチャップリンの音楽と映画に触発されたメドレーを作るというリサ・バティアシュヴィリとニコラス・ラクヴェリのアイデアが、リサさまの生活する主要都市に基づいた自伝的コンセプトへと発展したというのが事の発端である。


今回、クリエイティヴ・ディレクターとして、リサ・バティアシュヴィリとニコロズ・ラクヴェリの2人がクレジットされている。


「リサ・バティアシュヴィリと個人的・音楽的な繋がりがある世界の11都市と、そこに関連する美しいメロディーでその都市を旅し、そしてチャップリンにトリビュートする。」


これがこのアルバムのコンセプト。


ミュンヘン/パリ/ベルリン/ヘルシンキ/ ウィーン/ローマ/ブエノスアイレス/ニューヨーク/ロンドン/ブダペスト/トリビシ


最後のトリビシは、ジョージア国(グルジア)の首都のこと。リサさまは、このトリビシで生まれた。生まれ故郷の街である。 



全体の印象としては、クラシックのアルバムを腰を据えてしっかりと聴こうという感じのアルバムではなく、世界の都市を脳内でイメージしながら、その美しいメロディを聴きながら、リラックスして聴くBGM的な聴き方をするアルバムのような感じがした。



一聴すると、耳あたりの良い曲を集めたムード・ミュージック風のようなアルバムだが、じつに芯の通った個性的で丁寧な仕上がりである。そしてモダンでフックの効いたキャッチーな旋律の小曲をメドレーのように紡いでいくその手法は、優雅な世界旅行をしているような気分に誘われる。


それがリサさまとゆかりのある世界の11都市と1曲1曲関係があるという仕掛け。


ジャケットのリサさまの格好良さも相まって、もう最高に大好きなアルバムである。


最高のBGMである。


脳内にいっぱいアルファ波が出ます。

そして多様性があって、けっして美しい優しいだけの1本調子にならないドラマがあると思う。


アルバムの最初から最後まで、なんか映画を見ているような完結された作品性・ドラマがあります。ずっと聴いているとそのストーリーがよく理解できてくると思います。


クラシックというよりは、イージーリスニングというような聴きやすさ、やさしさがあり、自分は大のお気に入りで、ヘビロテで聴いている。


じつは、このアルバムのアナログLPが限定盤として後日発売になっているのを知った。ぜひこれも記念に買っておこうと思い、入手した。通常のLPサイズと比較すると、若干小さなめなLPで、でも33回転である。


アナログらしいサウンドで、これもいい出来具合である。

大事なコレクションになるであろう。


リサさまは、最近このCITY LIGHTSのツアーに合わせて世界ツアーを始めているようである。CITY LIGHTSは2019年にアルバム制作で、2020年にリリースされた。2020年は世界中はコロナ・パンデミックの真っ最中だったので、アルバム発売だけでツアーができなかった。コロナ禍が落ち着いた今年2023年から、このCITY LIGHTSツアーと称して、世界ツアーを始めたようなのだ。べつにアルバムに収録されている世界11都市と限定されている訳ではなく、たとえば上の写真では韓国ツアーでのサイン会のひとこま。だから需要があればどこの国でもお伺いします、というスタンスなんだろうと思う。


ぜひ日本にも来てほしいです~。



●ヒラリー・ハーンのドヴォルジャーク・ヴァイオリン協奏曲、ヒナステラ・ヴァイオリン協奏曲、サラサーテ


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このアルバムは去年の2022年に新譜としてリリースされたアルバムで、タイミングを逸してしまいきちんとレビューの日記が書けなかった。大変申し訳なく思っています。


ハーンの新譜は、なんと!ドヴォルジャークのヴァイオリン協奏曲である。

これは嬉しいというか、意外というか、よくぞ録音してくれた、という感じである。


ドヴォルジャークのVnコンチェルトは、なかなか演奏される機会の少ないコンチェルトで、生の実演でもそうだが、音源としてもあまり新しい録音というのも見当たらない。それをヒラリー・ハーンのような大物ヴァイオリニストがCDとして出してくれて、もうなにをかいわんやである。大満足である。最高に感謝している。そういう面でもぜひリアルタイムでレビューをリリースするべきであった。


古くは、黒沼ユリ子さんの日記に始まり、2022年7月に小林美樹さん、広上淳一指揮オーケストラ・アンサンブル金沢で生の実演を、金沢で初めて聴き、そして最後の望みは、過去にも音源が少ない、このドヴォルジャークのヴァイオリン協奏曲の新しい録音を手に収めることであった。


これからはこの曲は、ハーンのこのアルバムで予習をすることにする。あとで気づいたのだが、じつはアラベラさんもPENTATONEの昔の音源、いわゆる有名になる前に、このドボコンを録音しているんですよね。自分はこのアルバム持っていますね。こちらはPENTATONEであるからSACDサラウンドで聴けますね。これも後日聴いてみます。


ヒラリー・ハーンのドヴォルジャークのヴァイオリン協奏曲。


ヒラリー・ハーンというヴァイオリニストは、ソナタにしろ、コンチェルトにしろ、いわゆる王道的な作品を発表しながら、現代作品に至るまで広く取り上げてきた現代屈指のヴァイオリニスト。


そんな作品群をずっと聴いてきた自分はヒラリー・ハーンというヴァイオリニストは非常にクセのないスタンダードな演奏をする奏者だと認識しているので、今回のドボコンの録音も極めて正統派の演奏で自分の満足いく内容であった。教科書のような襟を正したような演奏で、区画、音の隈取がしっかりしている、折り目正しい演奏のように感じた。


決して主張しすぎないソリストのパフォーマンスとオーケストラとのバランス感覚。しっかりと堅実でありながら、技巧的な箇所もさりげなく弾いてしまうテクニックの高さ、歯切れのいいボーイングとそれに伴う弾けた音などソリストとしてのテクニックも相変わらず見事なものであった。


本当にパフォーマンス的、そして全体の音楽の造形からしていかにも教科書的でスタンダードなので、間違いなく今後のこの曲の自分の基準、リファレンスになると確信した。


やっぱり新しい録音、新しい演奏は、これからの未来を期待させてくれるし、すべてを解決してくれるような気がする。なんといっても明るいのがいい。


そしてドヴォルジャークのヴァイオリン協奏曲は、非常に民族的で地域に根付いた地域密着型の暖かい優しいメロディで包まれた音楽であること。この曲だけではない。祖国の音楽を大切にしていた彼の音楽には、故郷への想いを呼び起こすような不思議なエネルギーがあるのかもしれない。たった30数分の短いコンチェルトではあるが、そこに由来した確かな名曲だということがわかる。


大変いいコレクションを入手できたと思う。



ドヴォルジャークやサラサーテは、ロシアのチャイコフスキーやムソルグスキー、ノルウェーのグリーグ、フィンランドのシベリウスなどと同じ、後期ロマン派の音楽ナショナリズムの大きな潮流の一部でもあった。


もうひとつカップリングされているヒナステラのコンチェルトは、かなり現代音楽風の独特の語り部。ハーンもこういう世界が得意、指向性があるんだなと思いました。過去の作品でもこの系統の音楽は何回もチャレンジしていた。


20世紀半ばのアルゼンチンのヒナステラは、初期の音楽的影響と現代の発展を融合させて、独自の音楽言語を作り上げた作曲家。


今回のこのヒラリー・ハーンの新譜、”エクリプス”は、ヴァイオリニストにとって音楽的節目となるもので、ハーンは、1年以上の休暇を経て、長年に亘って愛奏してきた作品を初めて録音している。


と、同時に、この全く異なる3つの作品は、ヴァイオリンという楽器だけでなく、それぞれの作曲家が長い間故郷を離れていたにもかかわらず、何らかの音楽的・地理的なつながりを持ち続けていたという考えによって結びついている、という伏線もあるようだ。


パートナーは、指揮にアンドレス・オロスコ=エストラーダ、管弦楽にhr交響楽団(フランクフルト放送交響楽団)。


ヒラリー・ハーンの新譜”エクリプス”は、ドヴォルジャークのヴァイオリン協奏曲を収録しているだけでなく、非常に素晴らしい完成度とコンセプトの作品となっているので、ぜひ入手しておくことをお勧めしたいです。


ヒラリー・ハーン、今年の6月に来日してヴァイオリン・リサイタルを東京オペラシティで開催してくれる。ベートーヴェンの一連の作品のソナタのようで、これはコロナ禍で残念ながら中止になってしまった演奏会のリベンジである。自分も前回も行くつもりであったが中止になってしまい、返金してもらった。今回も、自分はぜひこの公演に馳せ参じようと思っている。


またハーンの神業を観れると思うと楽しみである。

彼女のリサイタルもいろいろ経験してきたが、彼女はときどき信じられないような、一瞬聴衆が凍り付くような神業を連発するときがあるんだよね。思わず会場が息を呑む、というか息が止まる。そんなテクニシャンなのである。


楽しみです。







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