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ロンドンで日本食材を求めて。 [街歩き]

1990年代のロンドンの日本食材屋さんといえば、もう圧倒的にヤオハンであった。ロンドンのみならずイギリスに住んでいる市民であれば本当に誰もが知っていた。それだけ圧倒的な存在だったのだ。


ヤオハンは1993年に開業して、1997年に閉業しているので、2000年代以降の年代の方々には、まったくその存在を知らない人が多いと思うが、我々の世代の1990年代の人にとってのヤオハンは凄いものがあった。


オフィスのイギリス人の同僚からも、ヤオハンにいけば日本の食材は大抵なんでもありますよ、とアドバイスを受けていたし、日本人赴任者からも同様だ。


ヤオハンがつくられて当時評判になった「ヨーロッパ最大」のショッピングセンター。ここの規模のデカさ本当に凄かった。ハンパなかった。


たぶん自分も東京でのスーパーマーケットやデパートを見て回ってきたが、これだけデカかったショッピングセンターはいまだかつてない、というほど広かった。


まさに体育館といっていい。


あの体育館の広さで、食品から、雑貨、書籍を始め、文字通りなんでもありで、キャッチフレーズ通り、「一つ屋根の下に日本がある」のだ。スーパーマーケットの他にフードコート、お弁当屋、ケーキ屋、日本系書店、さらには不動産屋、写真店(その頃はまだデジカメは普及していませんでした)までなんでもあったのだから。まさに日本パラダイムの世界だったといっていい。(日本食のフードコートは、あまり美味しくなかったです。。笑笑)


ネットで写真を探したんだが、いい写真が見つからないんだよね。あれだけ有名な日本専門ショッピングセンターだったのに、なんでこんなに写真が少ないんだろうと思ったのだが、よく考えれば、当時はデジカメがなかった時代でフィルムカメラの時代だからPCとの親和性がなかった時代。撮った写真をPCに取り込むということができなかった時代。


だからなのかな、と思った。


そんな中から敢えて探し出したのが、この写真。

自分とまったく同じ年代に、ヤオハンに行ったことがある方の日記のお写真をお借りした。だから自分が言及しているヤオハンとまったく同じである。


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でも自分の記憶のイメージにあるヤオハンは、こんな小粒な感じじゃなかったんですよね。もっとバカでかい感じ。


まさに体育館で、このように醤油、みりんとかの調味料だったら、もう膨大な数の展示があって、もうありとあらゆる日本食材が、その圧倒的な品ぞろえで、ずらーっと膨大な敷地に陳列されていたのである。


生鮮物からなにから、日本の食材に関するものは全部揃っていた。当時自分はこれはもう日本のスーパーマーケットやデパートどころではない。こんな巨大なショッピングモールは見たことないというくらい凄かった。


最寄り駅は地下鉄ノーザンラインのコリンデールにあって北ロンドンでかなり郊外のほうにある。バスの便も少ないし、幹線道路沿いなのだが、車で買い物に行く分には便は悪くはないのだろうけれど、この場所自体ロンドンの北のはずれに近いので、多くの日本人客を集めるにあまり適しているところとは言えなかった。


それが開業してたった5年目の1997年に経営破綻してしまった理由の一つであろう。


ヤオハンは、当時のロンドン、イギリスに住む日本企業の駐在員家族に依存する商売だったと言っていいと思う。


後から思うと、自分が住んでいた1995年当時がヤオハンの最後の輝きの時期であったと思う。熱海の青果商から出発し、世界中に店舗を構える巨大小売業にまで拡大したヤオハンであったが、1997年に経営破綻してイオングループに吸収された。ロンドン Colindale にあったヤオハンショッピングモールも、その後はOriental Landと名前が変わってしまった。そしてそのOriental Landも倒産。いまやあの区域にあの当時の面影なしのようだ。


日本に帰国した翌年には、ヤオハンが経営破綻したということを耳にしたのだが、あんなバカでかい日本パラダイム世界が倒産してしまうなんて、まったくびっくりしたものである。


ヤオハンにいけば、日本食材ならなんでも売っているという感じだったが、なにせ北ロンドンにあるので、車で行くにしても僻地である。BasingstokeからM3でロンドンに来る経路から外れて、いったん北に向かわないといけない。


自分は、ヤオハンには3~4回行ったのだが、なんか遠いな、そこまで行くの面倒だなと思うようになった。


そのあと発見したのがピカデリーサーカスの日本食材屋さんである。BasingstokeからM3でLondonに行くとWaterlooに出て、そこからすんなりとピカデリーサーカスに出る。そのピカデリーサーカスで日本食材屋さんを見つけることができた。


結局、経路的にすごく便利、自分の経路上にあるお店なので、そのまま寄れるということで、自分はその後、このピカデリーサーカスの日本食材屋さんを自分のお気に入り、アジトに決めた。


そのピカデリーサーカスの日本食材屋さん、ひょっとしてネットで載っていないかな?と淡い期待を寄せながらググってみたら、驚きの結果が待っていた。


ピカデリーサーカスの日本食材屋さんとして複数店あって、それを紹介していこうと思う。


日本人の多い地域に住む人にとっては、その地域にこじんまりとした日本食材店があったりしてそれで十分間に合っているのだが、おそらくそれ以外の人にとっては意外と重要な存在らしいピカデリーサーカス周辺の日本食材店たち。


ピカデリーサーカス周辺には、2013年までロンドン三越があった経緯もあるのか(そうだったんですね、これまた驚きです。)、日本食材店が豊富なのだそうだ。


●ジャパンセンター


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入口はこんなんです。ピカデリーサーカス駅から徒歩0分。日本人ももちろんお客さんとしてターゲットにしていると思いますが、どちらかというと東京にあるご当地ショップと似たような感じで、日本全体を宣伝する役割も担っている感じ。



品揃えはやはりロンドンイチ???


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お魚やデリ、霜降り牛も売ってます。高いけど。


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あとは小さいですが書店コーナーも。雑誌と漫画、旅行ガイドブックが充実してます。高いけど。


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自分が通っていたところはここではないような気がする。



●らいすわいんショップ


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ロンドンではいくつか日本食材を扱うお店があるが、チューブ(地下鉄)ピカデリー・サーカス(Piccadilly Circus)駅そばのRice Wine Shop(らいすわいんショップ)。ちなみに、ウェブサイトもあり、オンラインショッピングで配送もしてもらえます。


ピカデリーサーカス駅から本当にすぐで、出口によっては徒歩3分以内にある。お店自体はそんなに広くないですが、品数はかなり豊富です。



特に、日本のお米に近くてそれなりに値段がリーズナブルな欧州産こしひかり「ゆめにしき」はいつもこちらで買っています(10 kgで15ポンドぐらいです)。


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調味料も一通りそろっていて、しょうゆ、ポン酢、めんつゆ、オタフクソースなどお馴染みのものがあります。


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子供に必須のふりかけやご飯のお供もしっかりあります。


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インスタンスラーメンもあります。写真は出前一丁ですが、他にもいろいろあり、こういうのを買って食べると日本のインスタンスラーメンのクオリティの高さをあらためて実感できます。


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お味噌や豆腐などの冷蔵品も取り扱っています。


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カレールーもとっても貴重です。


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日本のお菓子(ここではハッピーターン)もあり、この手のお菓子は外国人宅に呼ばれた時に持っていくと歓迎されることが多いです。


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その他パスタソースなんかもあり、特にたらこパスタのソースはとても貴重です。ロンドンではたらこ自体を見かけたことがないので、たらこパスタはこのソースなしでは食べられません。その他、このらいすわいんは日本酒が豊富に揃っているので、こちらも手土産として活躍します。


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まず、自分が一番反応したのは、そのグリーン色した店の面構え。

これは・・・たぶん自分が通っていたピカデリーサーカスの日本食材屋さんってここかもしれない。

おそらく95%以上の確率で間違いないと思う。


自分の記憶のイメージとしっかりとPLLロックする感じで、その店面構えの風貌や、グリーン色であること、まさにこんなお店だったのである。たぶん間違いない。


25年以上も前のことだったが、まだやっているとは!!!驚きとしかいいようがない。


自分の記憶では地下1Fにあったお店だったと記憶しているのだが、この地上にあるグリーン色の店の面構えを見て、さらに記憶がグイグイ蘇ってくる。確かに地上1Fにもお店があって、そのお店は地下にも降りて行って地下にも展開している2階建てのお店だったのである。


これはたぶん絶対間違いないと思う。たまたま自分は地下のほうの記憶だけが断片的に残っていただけであって。。。いまスルスル~と記憶が蘇ってきた。地上1Fから地下に降りていく階段を下っているシーンが走馬灯のように蘇ってきた。


たぶん間違いない!この店だよ。


まさかネットでググったら、そのお店に出会えるとは!

ネットの時代、恐るべし!である。


もう大号泣である。


自分の時代では、このグリーンの玄関のところにお勘定するカウンターがあって、その横に日本の雑誌なんかも売っていたように思う。地下のほうにはカップラーメンや、生鮮食品とかお味噌や豆腐などの冷蔵品、お菓子類とにかくなんでも売っていた。


お勘定を済ませ、外に出るときに、このグリーン色の扉、玄関を通っていった記憶があるので、間違いなく自分の記憶イメージ通り。間違いなくこのお店ですね。


もうここピカデリーサーカスのらいすわいんショップに行けば、日本食材はもう十分なくらい完璧に揃っていて買えたので、自分はヤオハンよりもこっちのお店を重宝した。自分の経路上にあるお店だからである。



ピカデリーサーカス駅から本当にすぐで、出口によっては徒歩3分以内にある。お店自体はそんなに広くないですが、品数はかなり豊富です。


この情報も、まさに自分の記憶イメージとぴったし合致する。


しかし驚きました。25年以上も前のことなのに、ちゃんと営業が続いているんですね。

嬉しいのひと言です。


そして25年以上経ったいま、そのお店に出会えるとは!!!またロンドンに再訪できる日がいつか来るかどうかわからないが、ぜひこのらいすわいんショップ、再訪してみたいです。


大号泣することでしょう。


このように海外で毎日の食生活を営んでいくとなると、やはり日本の食材で調理することも必要になってきます。そういうときのために現地での日本食材店はきちんとカバーしておく必要があると思っています。


ブリュッセルに住んでいたときも、堀米ゆず子さんをよく見かけることで有名な日本食材のお店によく通っていましたよ。(笑)


これは経験値としてしみじみ思うことなのだが、海外に旅行するということと、海外に住むということでは、やはり次元が違うように思う。


ハードルはやはり住む方がいろいろ高いというか大変である。

自分が日本に住んでいて至極あたりまえのように出来ていたこと、たとえばちょっと具合が悪くて病院に行くとか、区役所に行って書類記入だとか、そんな日常生活に身近で些細なことは普段まったく気にも留めないというか心配しないじゃないですか。


でも海外に住むということは、そんな普段あたりまえに出来ていることから、それをちゃんとやれることから、もうすでにハンディが始まっているというか、大変なものなのです。自分もイギリスに住んで、区役所になにかの登録に行ったり、文書を提出したりとか、そんな事務仕事、意外や苦労するものなんです。これって日本に居たらあっという間に終わっちゃうことだよね~といつも思っていた。


自分が相手にこれこれこういう感じでお願いね!と区役所のスタッフにお願いして、自分はこれでこの事務作業も終わったと安心していたら、何日経っても音沙汰なし、なにも起こらなかったとかはしょっちゅうの出来事でした。(笑)


そんな日本に居たら、ちょっとついでに用事を足すというレベルな些細なことも、海外に住むと全力でやらないと進まないのです。そこにハンディがあるな~といつも思ってました。


海外赴任者にとって病院は非常に大事なことだと思います。海外で健康保険がどう利くか、海外で働いているなら、海外の医療費、健康保険負担はどうなのか、これをいろいろちゃんと勉強しておく必要がある。イギリスは、いま医療費は無料フリーでしたかね?


こんな日本じゃあたりまえのついでにやることも、見知らぬ海外の土地でやることになるとなかなか大変です。


自分は病院関係は、海外に駐在されている日本人医師による専門病院にお世話になっていました。これは大変助かりました。内科、皮膚科、精神科、眼科など、複数の日本人医師でまわっている日本人駐在者用専門病院みたいなところです。ロンドンの郊外にありました。


日本人医師ですので、日本語で思う存分症状など説明できるし、日本語で適切な指示も受けられる。やっぱり命にかかわることなので、病院関係はきちんと押さえたほうがいいと思います。自分はここは海外で生活するにはかなりキーになるところかな~と思ってます。


一度、歯が猛烈に痛くなったことがあって、仕方がなくイギリス現地の歯医者で治療してもらったこともあります。


やはりこういうのは、海外に住んでいる期間が長くなればなるほど、段々勝手がわかってきて、こういうケースのときはどこに行けばいい、どこにコンタクトすればいい、というのが段々経験値とともに蓄積されていくものなんですね。


自分はもう高齢者ですが、もう一回ぐらい海外で暮らしてみたいと思うこともあります。

特にクラシックに関わりながら。。たとえばベルリンに住めるようになって、ベルリンフィルの定期会員になって、ベルリンフィルハーモニーに定期的に定期公演に通いたい。ベルリン市内のコンサートホール、オペラハウスを自分の好きなときに自由に鑑賞できるようになりたい。それはやはりベルリンに住んでいるからこそ、という感じです。


でもいまや毎月定期通院が必要な持病をいくつも持った体。やはり無理なんじゃないかな~といまは諦めています。自分は今後はやはりあくまで旅行と言う形で関わっていくと思います。


自分は、人生の中ではやはりどんな形にせよ、海外で暮らす経験はぜひしておいたほうがいい、という意見です。その人の人生にとって無形ではあるけれど、その経験は、もうとてつもない自分の財産になると思っています。


だから若い人には、自分の体が健康体のときに、チャンスがあれば思う存分海外で生活することを経験しておくことをお勧めしたいと思っています。


間違いなくかけがえのない人生の財産になります。








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懐かしい郷愁漂う青春の街 後編 [街歩き]

今回、とくに驚いたのは、ロンドンとベイジングストーク(Basingstoke)の位置関係を表すための地図を探しているときに、その近傍の街を思わず認識してしまったことである。


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それがオックスフォード(Oxford)である。


自分はこの25年以上の間、オックスフォードという街を完璧に忘れていた。

あの頃から1回も思い出したことはないのではないだろうか。

それだけ完璧に頭の外に飛んでいた。


でも当時、Basingstokeに住んでいたときに、ロンドンに次いでよく遊びに行っていたのがオックスフォードだったのだ。もう数えきれないくらい。おそらく両手の数(10回)以上は訪れている。


地図を見てもらえばわかるように、オックスフォードはロンドンやBasingstokeとは、めちゃめちゃ近いのである。北側に1時間くらいか。


当時インターネットとかなかった時代だから、特にガイド本で意識でもしない限り、その街に行こうとは意識的に思わなかったのであるが、そもそもなぜオックスフォードを知ったかというと、マイカーでBasingstokeの街中とか、あるいはM3のMotor Highwayをぶっ飛ばしているときに、あの世界標準の道路標識、背景色に青色で、白字の道路標識。それでOxfordという文字を認識したことに始まる。


あれ?あの世界的に有名なオックスフォード大学のあるオックスフォードってこんなに近いの?じゃあちょっと行ってみる??


こんな程度のノリである。


それであっさりオックスフォードの街に到着して、大学はもちろんのこと、街を徘徊してみて、いかにも学生街というカジュアルな感じがして、しかもどこか歴史的な重鎮さという正反対な魅力もあって、自分はすっかり虜になって何回も通ったのである。なにせ車で1時間もかからないから本当にご近所さんなのである。



オックスフォードは、英語圏において最も古い大学であるオックスフォード大学の拠点であることから、大学都市として有名な街である。


オックスフォード大学(University of Oxford)は、現存する大学としては世界で3番目に古く、英語圏では最古の大学である。


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各種の世界大学ランキングで1位の大学に選ばれるなど(例えば「タイムスハイヤーエデュケーション」では2017年から5年連続で1位)、ハーバード大学、ケンブリッジ大学、スタンフォード大学などと並び、常にトップレベルの優秀な大学として評価される世界有数の名門大学なのである。


6人のイギリス国王が学び、日本からも今上天皇さま、皇后雅子さま、秋篠宮文仁親王さまらの皇族が留学している。


そのほかにも、多くの政治家や学者を輩出し、政治家では28人のイギリス首相、30人以上の各国元首、55人のノーベル賞受賞者、150人以上のオリンピックメダリストなどがオックスフォードの出身である。


オックスフォード大学は学科だけでなくカレッジというシステムがありますね。大学の運営は、学科(department)とカレッジ(学寮、college)が並列に行っており、カレッジと学科が複雑に相互依存している感じになります。


カレッジは寮なのです。学寮なのです。


オックスフォード大学のカレッジは39あり、大学への入学はカレッジに認められなければならず、授与される学位も、学科での審査とカレッジの認証によって大学から与えられる。カレッジは、学生を学科に送って講義を受けさせる一方で、3人以下の少人数制の個別指導や、4~15人程度の中規模のクラスを主催し、専門性が強くなると学科に委託する・・・。


日本の大学にあるような学生寮と違って、かなり大学の学業の中のカリキュラムとして組み込まれたシステムなんですね。オックスフォード大学に入学するということは、必ずこのカレッジ、学寮に入らないといけないということなんでしょうね?


自分は、オックスフォードに行くたびにこのオックスフォード大学のキャンパスに勝手に入り込んで散策など楽しんでいました。(笑)キャンパスの芝生に座り込んで、たくさん歩いているカジュアルな学生たちを横目に見ながら、自分はいまあの世界のオックスフォード大学のキャンパスの中にいるんだな、とかよく思っていたです。


あの雲ひとつない晴天の日のキャンパスのあの風景の想い出をネットで探してみましたが、いまひとつ自分の記憶に近いものはなかったです。


敢えて言えばこれかな~。。。でも違うな~。


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それ以来、オックスフォード大学のキャンパス内は、この街に行く度に必ず寄る自分の定番の場所となったのです。


オックスフォードの街並みもすごく素敵なのです。車をどこかに駐車させて、いろいろ歩き回りましたが、本当に素敵な景観で自分はあっという間にファンになってしまいました。なにせ大昔のことですから、ネットで自分の記憶のイメージに合う写真を探すのが大変でなかなかそういう写真はないです。


でも1枚だけ、これは間違いなく記憶にある。

この建物はよく覚えている。間違いない!というのがこれです。


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セントメアリー教会。

オックスフォード大学の創建当初に本部が置かれ、会合や式典が行われた教会です。127段の階段を登って塔の先端まで登ることができます。


オックスフォード大学はすごい広いですが、車でグルグル回っていると、かならずこの教会に出会うんですね。この建物は間違いなく覚えています。


自分の記憶のイメージあるオックスフォードという街は、とてもカジュアルな雰囲気であると同時に、とても歴史ある重鎮さというか重みのある風格があるんですね。


ちょっとこう暗めのくすんだ煉瓦色の建物が多いとか、いかにもイギリスという感じもして、すごく素敵なのです。重ね重ね思いますが、当時はインターネットもなかったし、ガイドブックで事前に気合を入れて、ここの観光スポットに必ず寄るというような根性もなかったですから、ただ街内をふらっと散策して回って雰囲気を楽しむという程度でした。


あえて、記憶のイメージに近いと言ったらこんな写真になるかな・・・???


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同時期に海外で働いていたアムスの同期の友人ともオックスフォードに行ったことがあります。アムスの友人が遊びに来てくれたときに、一緒にオックスフォードまで行こうということになって行ったものです。そのときにはっきり覚えているのは、オックスフォードで有名な本屋さんに入ったことです。


友人はなんでも知っていたので、オックスフォードに来たら、この本屋さんに行かないとダメなんだよ、と言って教えてくれたのです。その本屋さんの中の様子はいまでもはっきり覚えています。


その本屋さんがなんという本屋さんだったか覚えておらず、いまネットで検索してみました。


このBlackwell'sでしたでしょうか・・・


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とにかくオックスフォードに来たら、この本屋さんに来ないと絶対ダメという肝入りだったので。オックスフォードのサイエンスミュージアムの近くにある有名な書店でBlackwell'sという本屋さんです。オックスフォードの本屋さんといえば、このBlackwell'sというネット上の情報です。


二階建ての店内は広く、オックスフォード大学出版のクラシックシリーズなど、文学本がたくさん並んでいます。


書店内の蔵書数はとても豊富で、専門書も多くある。また、オックスフォードゆかりの作家の作品・・・たとえばアリス・イン・ワンダーランドなどは同じストーリーでありながらさまざまな出版社からのものを1冊ずつ取り扱っており、その品質の高さには感嘆とか・・・。


1846年にオープンしたBlackwell'sはイギリスでは歴史あるオックスフォードにある本屋なのです。イギリス国内に50店舗近くあるのですが、その本店がすごいのです。


入り口はいたって普通な本屋さんなのですが、地下に行ってみると物凄く広い!なんと「最も大きな一部屋の本売り場」としてギネス認定されており、そこにある本棚の長さは合わせると5キロにも及ぶとか。


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どうやらBlack Well'sは書店を開いた後どんどん売り場を増築していって、運よく地下に開いているスペースが見つかり、それがこの巨大なギネス記録にもなった本の販売スペースだったようです。実はここオックスフォードの有名なトリニティーカレッジの地下なんだとか。


自分が友人と入った本屋さんはこんなに広いスペースではなくふつうの本屋さんでした。それでもすごく大きな本屋さんでしたが。でもこのギネス認定されている広いスペースはあくまで地下のスペースのことなんですね。あのときは地下には行かなかったような気がします。


だから実際、Blackwell'sに入ったんだろうけど、地下には行かなかったということだったんだと思ってます。


あるいは本店じゃないお店のほうに入ったとか。とにかくオックスフォードというと、このアムスの友人といっしょに入った本屋さんのことをとても鮮明に覚えています。


あとオックスフォードの街には、会社の上司の方もお連れした記憶があります。


もちろんそんな歴史ある重鎮さ漂う街並みなんですが、意外やデパートみたいなところもあって、結構近代的なところもありました。


いまやオックスフォードといえば、ハリーポッター、ハリポタですっかり人気観光都市としてスポット化されていますよね。自分は当時そのハリポタのイメージ、記憶が全くないのです。


調べてみると、ハリーポッター・シリーズの1番最初のシリーズである『ハリー・ポッターと賢者の石』は1997年の作品ですね。自分はそれよりも前の時代になります。だからまったくハリポタの記憶がないんだということがわかりました。


今度いつ行けるかまったくわかりませんが、今度はきちんとオックスフォードの観光スポットはどこなのか、ということをきちんと把握したうえで臨みたいと思います。


オックスフォード以外にも、地図をみて突然思い出した、ずっと忘れかけていた街があります。


それがサザンプトン(Southampton)です。


ロンドンやBasingstokeよりもさらに南下したイギリス南部にあります。

これも車で1時間くらいでしょうか。


ここには、PhilipsのLabがありました。


Philipsは大きなメーカーですが、自分の仕事に関係してくるのは、半導体ICに関するPhilips Semiconductorsのほうの会社です。Philipsとはとても大切なパートナーで、自分のメーカーの製品、セットに搭載するICとして、Philipsはとても重要な候補だったのです。その情報収集という意味合いも含めて、このサザンプトンにあるPhilipsはよく訪れてました。


サザンプトンやさらにその南下したところにあるポーツマスはいわゆるイギリスの港町で、海沿いの街として、とても風情があっていい街だと思いました。忘れられないです。


イギリスの西側の最西端にあるペンコイドという街もテレビの工場があって、そこに出張ということで、日本から上司をお迎えしてお連れしたことがあります。これは車でもう何時間もかかります。懐かしい想い出です。甘酸っぱい想い出のひとつですね。



アムスの同期の友人が遊びに来てくれたときに、ちょうど休日を利用して、私の車で、ロンドンからずっと北上して、イギリスの北部のほうにドライブ旅行に行ったこともあります。どこに行ったのかは、もう覚えていないのですが、1泊で海辺あるいは湖辺のすごく雰囲気のいい風情のある、いかにもイギリスらしいホテルに宿泊して、とても素敵な想い出として記憶に残ってます。


あと、車でイギリス南部の港町まで行って、そこからフェリーに車を乗せて、ドーバー海峡でヨーロッパ大陸に渡り、フランス北部の港街に着いて、そこから車でパリに向かって、パリを楽しんだ後、オランダのほうに行き、オランダの港から再度フェリーでイギリスに戻ったという旅をしたこともあります。


イギリスは右ハンドル右車線ですが、大陸は左ハンドル左車線ですので、なんかよくわからなく混乱して危険なシーンになったことも何回かありました。


ナビなんかなかった時代。よくやったなと思います。とにかくあの頃の自分は無茶苦茶だった。恐れを知らなかったです。かなり若気の至りで無謀で、ガムシャラな人間でした。


なにげなく、昔住んでいた街をFacebookで検索してみたところ、思わず昔とまったく変わらない街景観の写真で思わず感動で泣きそうになったこと。そして地図を確認したところ、あの頃からまったく思い出すことのなかった完璧に忘れていた街のことを思いだしたこと。


基本はマイカーでの移動が前提の生活、旅行でしたが、結構自分は車だけど、イギリス国内だけでも、いろいろなところに行ってたんだな、とあの頃のバイタリティーには驚くばかりです。


ブリュッセルに住んでいたときも、毎週のように週末はアムスの友人宅に車で通っていたし、パリにも車で遊びに行っていた。アムスの友人とは、アムスからスタートして、ヨーロッパ縦断というか、ドイツをずっと南下して、オーストリア、ザルツブルク方面まで車でドライブしたこともあった。とにかく若かった。無茶苦茶だった。よくできたと思いますよ。




思うんですが、のちのクラシックがメイン目的の海外音楽鑑賞旅行をするようになって、初めて電車、列車というのを使うようになったです。仕事で暮らしているときは、移動手段は圧倒的に車がメインであった。出張のときは、原則飛行機とホテルからはタクシーだし。で、ふだんの生活、旅行は、完璧に車。距離がそんなに遠くない旅行はなるべく車で行ってましたね。遠距離の旅行は飛行機ですが。。


だから自分は欧州では列車を使ったことがほとんどなかったので、ヨーロッパ大陸間の列車移動にちょっと苦手意識がありました。でも音楽旅行をたくさん経験するようになって列車移動が楽しくなってきた。列車旅の魅力がわかってきた。


ヨーロッパの列車旅はほんとうに最高に素敵なのですよ。車窓の風景がもう最高なのです。列車旅の素晴らしさがわからないままなんて、旅人生にとってかなり損をしていると思います。そうやって自分は、列車苦手意識が払拭されてきたのです。


反面、仕事で暮らしているときは、圧倒的に車人生だったので、走行距離は相当凄いものだったと思います。その距離が長ければ長いほど、その反動というか当然なのだが、危険なことに会ったこともたくさんあった。これは大きな反省点でもあった。甘酸っぱい想い出である。(笑)


もう日本に住む限りでは、命が惜しいし、車の事故で人生や一生を台無しにしたら、自分がこれまで大切にしてきたものを一気に全部犠牲にしてしまうと思うので、もうこれから先は車は運転しないでしょう。


東京の首都高なんて怖くて運転できないです。(笑)


でも自分の仕事は、この16年間、カービジネス、モビリティ一色の世界に身を置いてきた人生なのでした。(笑)人生って面白いもんです。


ヨーロッパで車でむちゃくちゃやっていたことと同じことをやれ!と言われても、いまじゃとてもじゃないけど、そんな体力もないし、まず方向感覚、アンテナ感度がぜんぜんダメですね。


もうそんなことできないと思います。









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